第76話 潜伏
ファフニール帝国北北東にある広場。衛竜の長亀爬竜レザバクは、帝王竜より頼まれた“些事”を解決しようとしていた。
しかし、その途中、巨蛇爬竜アナコンより“楽園”のことを聞いて方針転換を図り、先に楽園潰しを行うことにした。
広場に竜と竜教教徒を集め終えたレザバクがヒゲをさすりながら壇上に立つ。
『ふむ、そこそこ集まったようじゃの。すでに聞いておると思うが、帝国地下全域に楽園と呼ばれるドブネズミの吹き溜まりが見つかった』
竜教徒に向けて人型の竜が同時通訳する。
『これは由々しき事態である。ファフニール様がお戻りになられる前に膿をすべて取り除かねばならん。よって刻下より楽園潰しを行う』
ざわつく群衆。このような大規模な異変はファフニール帝国ができて以来であり、動揺、期待、不安など様々な感情が場を支配していた。
喧騒の中、一頭の水宝玉色の瞳を持つ竜——リンドウが前に出た。レザバクの元に鼈爬竜の首を投げる。
『土産だ。こいつは、楽園の守護者でかなりの手練れだった。おかげでこちら側の竜が何頭かやられた』
もちろん嘘である。信頼を得るためのペテンだ。レザバクは目を細め、まじまじとリンドウを観察する。
『お主は?』
『ただの名もなき竜だ。俺も楽園潰しに参加させろ』
『ほう、とんだ野心家が居たものよのぅ。望みは?』
『存在を認知してもらいたい。ここでは生きるだけでも苦労するからな。アンタに目をかけて貰えば、少なくとも雑魚竜に難癖をつけられることはなくなると思ってな』
レザバクは、白く長いヒゲをさすりながらリンドウを値踏みする。
『なるほどのぉ。ふむ、参加は許可しよう。じゃが、要求を飲むのはこれからの働き次第じゃの』
『ああ、それでいい』
とりあえず楔は打った。あとは、隙を見て衛竜達の寝首をかくだけだ。
その時、辺りを突風が吹き荒れる。リンドウに影が差した直後、大岩のごとき巨躯に四枚の翼を携えた大竜が降臨した。
――殺鰐爬竜ギュスタブ。衛竜。赤い鱗のワニ型の竜。殺しが大好き――
背後に立つギュスタブは、リンドウの四倍ほどあり、並のものなら威圧感で萎縮してしまうであろう外観だ。
『グッグッグッ! 面白そうなことしてんじゃねぇか』
『うるさいのが来たのぅ』
レザバクはわざとらしく大きなため息を吐いた。
『楽園潰し、オレにもやらせな。地下にいる奴は皆殺しでいいんだろ?』
『そうじゃのう。太陽が真上に昇るまでに地上にいない竜は夕餉にする方向でいくかの』
『おいおい、わざわざ猶予与えんのかよ。逃げたもん勝ちじゃねぇか』
『勘違いするでない。モグラには自ら出て来てもらった方が叩きやすかろう?』
『ハッ、そういうことかい。相変わらず悪りぃ奴だな』
二頭の衛竜は悪徳貴族のように怪しく笑った。
『では、お主は北と西、わしは南と東を担当する。他のものも各自別れよ。四半刻後、音蛇爬竜を使って音と信号で告知、地下から出て来たものを問答無用で殺すのじゃ』
衛竜の会話が途切れたのを見計らいリンドウが信号を飛ばす。
『俺は北側に行かせて貰う。そっちの方が地理に明るいからな』
その高圧的な態度が癇に障ったのかギュスタブが睨みつける。
『おい、チビ。オレの邪魔すんなよ。下手に近づいたら殺すぜ』
空気が張り詰める。殺戮を好むギュスタブは、気まぐれで竜を殺す問題児だ。ファフニール以外の言うことは聞かず、直情的に行動する。リンドウとしては早めに倒しておきたい相手だ。
『しない。ただ、鼠は追い詰められたら噛みつくぞ。気をつけるんだな』
『抜かせ。畜生がオレに傷つけられるかよ』
ギュスタブは笑いながら地面に唾を吐いた後、西へ飛んでいった。
『ほう、ギュスタブに物怖じせんとは、中々の胆力を持っておるのぅ。じゃが、鋭気は実力が伴ってこそよ』
レザバクは、感心と卑下を混ぜた表情でリンドウに訓告した。
『期待に応えられるよう善処する。先に行くぞ』
リンドウは帝国北西方向へ足を早めた。
緊張が解けた他の竜達も散り散りに移動を開始した。




