第74話 雑魚狩り1・極彩蛙爬竜ヤドク戦
地下楽園に着いた家守爬竜ゲッコーが警戒しながら歩みを進めていると、首を上下にビヨンビヨン動かす亀型の素知らぬ竜が姿を現した。
『お、新入りかぁ!? 楽園へようこそ!?』
『楽園? てめぇらこんな地下で何してやがる。ファフニール様の許可取ってんのか?』
『取ってないぜぇ? いいから、お前も一緒に遊ぼ——』
首が飛んだ。
ゲッコーの茶色い体は鋭利な刃に包まれており、それをすれ違いざまに当てたのだ。自身の体か物体を刃に変える“刃魔法”だ。
背後からゲッコーの味方の巨蛇爬竜アナコンが這い寄ってくる。
『おいおい、殺していいのかぁ?』
『構わない。ファフニール様の許可なく楽園なんて作る方が悪い。ま、八つ当たりも入ってるがな』
仲間探しでイライラさせられた腹いせだ。二頭は、悪魔のごとく笑い合う。
「ぐ、グォォォォォォ!(に、逃げろ!)」
様子を見ていた他の竜が吠えて仲間に危険を知らせた。その叫びに楽園の竜達は蜘蛛の子を散らしたように一斉に逃げ出した。
『逃がすかよ』
ゲッコーは、狭い通路をうまく飛翔して首を刎ねていく。
『ぐへへ、食っていいよなぁ?』
蛇型のアナコンも同じく暴れ、竜をほぼ丸呑みにしていく。
小一時間狩り続け、気付けば楽園はがらんどうになっていた。ゲッコーは何事もなかったように涼しい顔で腕を組んで考える。
『何頭か仕留め損なったか。まだまだ居そうだし、俺達だけじゃキツイな』
『どうするぅ?』
膨れた腹に満足げなアナコンが首をもたげて問うた。
『ファフニール様に報告だな。恐らく楽園潰しが始まるだろう。今のうちに顔を売っておけば俺達の立場も良くなるはずだ』
『いいねぇ。んじゃ報告してくるよぉ』
『俺はヤドク共を連れて西を潰していく』
二頭は一度地上へ戻った。
数刻後。帝国北西にて。
ゲッコーは、仲間の到着を待っていた。待つのが嫌いな彼は足を貧乏ゆすりさせながらイライラしていた。
その時、背後から数十頭のカラフルなカエル型の竜が現れる。
——極彩蛙爬竜ヤドク。徒竜。イチゴ柄、縞模様、まだら模様など様々な柄と色を持つ蛙型の竜——
『おう、ヤドク共来たか。ちょっと掃除に付き合えよ』
『断る』
『命令すんな』
『死ね』
見た目のかわいさとは裏腹に口の悪いヤドク達であった。
『ファフニール様の命令だぞ』
正確にはまだ許可を得ていないが、ヤドク達はバカだから問題ないだろう。
『よし、やろう』
『当然だな』
『ファフニール様バンザイ!』
単純な奴ら、と、ゲッコーは大きく息を吐いた。
そして竜達は、ゾロゾロと北の楽園から西へ移動した。途中、帝王竜に報告に行っていた巨蛇爬竜アナコンと合流する。
『ファフニール様に報告したか?』
『いんやぁ、居なかったからレザバク様に言っといたぞぉ。後から合流するから先に楽園を潰しとけだとさぁ』
『居なかった? 珍しいな』
ゲッコーは、中央の塔を眺める。たしかに姿が見えない。
『まぁいい。俺らだけでも十分だしな……よし、着いたぞ。手筈通りに行く。ヤドク達は西から攻めろ、俺とアナコンは東からだ。挟むぞ』
『うーい』
まだら模様のアナコンが尻尾を上げて気だるげに返事をした。
『うるせぇ』
『命令すんな』
『勝手にやるぜ』
ヤドク隊は文句を垂れつつも西へ向かった。それを見送ったゲッコーは東側から例のごとく穴を掘り、楽園へ向かう。
◇
『ヒャハハハ! 死ねぇ!』
『ファフニール様の邪魔をするものは消えろぉ!』
ヤドク隊は西から回って、ゲッコーから逃げてくる竜を殺していた。小型だが、実力は申し分ない彼らに次々となすすべなくやられていく。
その時、ゴッゴッ、と一定間隔に壁を叩く音が耳に届く。
『なんだぁ?』
ヤドクの一頭がゆっくりと壁に耳をそばだてた瞬間だった。壁が勢いよく破壊され、“リンドウ”の貫手がヤドクの腹を貫いた。
「ゲ、ゲゴォ……」
ヤドクは断末魔の叫びを上げるまもなく、事切れた。リンドウの【蛇眼】は使用し続けたおかげで成長し、薄い壁なら透過できるようになっていた。
残りのヤドク達が警戒しながら穴の空いた壁を覗くが、リンドウはすでにいなかった。彼は敵の数も魔法も未知数なので慎重に一撃離脱戦法を取ることにしたのだ。
その後も神出鬼没に現れてはヤドクを減らしていく。
『チキショオ! どうなってる!?』
『第三ヤドク隊の信号途絶!』
『落ち着け。固まって戦えばどうということはない』
縞模様の体が特徴の第四ヤドク隊隊長が部隊をなだめる。固まりつつ移動を開始。程なくして、通路にリンドウの尻尾の先が見える。
『!! 頭隠して尻隠さずだぜぇぇぇ!』
『ヴァカ、よせ!』
一頭のヤドクが飛びかかる。
『なっ!?』
完全に捕らえたと思ったそれは尻尾ではなく、尻尾の脱皮殻だった。
両爬の力の一つ、【脱皮】の応用“部位脱皮”を使ったのだ。手先や尻尾など一部のみを脱皮する技で、こうすることで他の大部分の皮は残り、一日一回しか使えない脱皮の節約にもなるのだ。
「ゲコッ……?」
完全に虚を突かれたヤドク。気付かぬ内に首が飛んでいた。
『ヴァカ野郎が……だが!』
首を切った後、リンドウの腕に粘液がこびり付いていた。
(……! これは)
驚くリンドウ。ヤドクの“粘液魔法”だ。隊長がこうなった時のために部下の一頭に粘着させておいたのだ。
リンドウがそれを振り払おうと腕を振るが剥がれず、死体が重石のようになってしまう。
『好機!』
ヤドク隊長の広範囲信号と同時、隊が動き出した。小型の竜である彼らは、体格を生かして縦横無尽に地下水道を跳ね回る。
『早いな。猫よりは』
『ふん、粋がるなよ雑魚竜風情が!』
ヤドクが四方八方から飛びかかる。対してリンドウは、動かない。そのまま敵の餌食になるかと思われた瞬間、鱗が棘状に変化する。
鱗変化応用【鱗変化・反撃型】。敵の攻撃に反応して鱗が自動で棘状に変化する技。
「ゲコァ!」
「ゲギョ!」
「ゲア!」
飛び掛かってきた全てのヤドクの体を貫いた。棘状の鱗が収縮し、元に戻るとヤドクの死骸から血が噴き出し、血の雨が降った。
間を置かず、粘着している左腕を鉤爪ごと部位脱皮して粘液の拘束を解くと、まだ息のある敵に血入りの唾を吐きかけて頭を消しとばした。
一頭だけになった縞模様のヤドク隊長は、目を見開き、慄いていた。
『ヴァカな……オマエ本当に徒竜か……!?』
『見た目に騙されないことだ』
直後、敵の体は真っ二つになった。
静寂がリンドウを包む。
(カエルはあらかた片付いたか)
ふぅ、と息を吐き、琥珀色の鉤爪を拾って装着し直した。
ひとまず人心地がついたと思った、が。壁を突き破って大蛇型の竜——巨蛇爬竜アナコンが襲い来る。




