第70話 コロと聖女ドゥエ
円蛙爬竜アメフクラのコロの隠れ家。
リンドウは、竜教ドーラの情報を、小岩みたいな見た目であるコロから聞き終わった。
(面倒だな)
まさかこんな敵地のど真ん中に人間が平然と住んでいるなど考えもしなかった。
犯罪迷宮都市ケイオスでは、運び屋が少なかったせいで外からの情報を得られなかったのもアダとなった。
心臓を撫でられたような気持ち悪さを覚える。わずかな失敗も許されない状況での新情報。肝を冷やさないものは居ないだろう。
暗雲が漂い、内向きな思考に囚われそうになる一方で、情報を得るには人間からが手っ取り早いとも思っていた。何もしなくても竜に殺される。なら、危険を犯してでも希望をつかみ取るべきだ。
『よし、竜教の奴らに服を貰いに行くか』
『案内するべ!』
コロに捕らえられた人間の服を貰うためファフニール帝国南西のドラテオン神殿に向かう。
リンドウは、リザードマンの正体がバレるまで時間はあまりないと予想している。
犯罪迷宮都市ケイオスで大胆に動き過ぎたせいで、少なくともリザードマンは認知されてしまっている。そのため、人伝に竜教信者の耳に入り、竜の元にも届く可能性は高い。
だからなるべく素早く、静かに王竜を倒すためのピースを集めねばならない。
『いやー今日もいい天気だべなぁ』
コロはリンドウの気も知らず、呑気に景色を楽しんでいた。いい天気というには曇天の空で辺りは薄暗かった。竜の価値観では好天なのだろう。深くは考えないようにした。
周囲には様々な竜が徘徊している。地下の楽園の竜達とは違い、哨戒する兵隊のような、どこか緊張感のある動きだ。
そして、遠くで豆粒のように小さく見える帝王竜ファフニールは、中心にあるいつもの骨の塔の上で昼食を取ろうとしていた。
前回と同じように眷属竜が塔の二段目に達すると毒味役の竜が出てきた。今度は、前回と逆側の向かって左から、巨大で滑りのある四足歩行の衛竜が現れて、エサの左腕を毒味し始めた。
——山椒爬竜ハジカミイヲ。衛竜。四枚の翼を持ち、茶褐色でのっぺりとした体をしている——
コロ曰く、衛竜四頭の内、二頭が交互に毒味をしているとのことで、その他の二頭は主に哨戒行動をとっているらしい。リンドウは、しっかりと情報を頭に入れる。
そうこうしているとドラテオン神殿に着いた。重そうな扉を押し開けて中に入ると、ちょうど竜教幹部である長い白髪を持つ聖女ドゥエがいた。白を基調とした宗教服をなびかせながら、こちらを見て目を丸くする。
「き、貴殿は……!?」
見つめる先にいるのはリンドウ——ではなくコロだ。
「円蛙爬竜アメフクラではないか! 雑魚、もとい、か弱いが故に個体数が激減、いやむしろ絶滅したとさえ言われていた珍竜! まさかこんな近くに居ようとは!」
ドゥエは、丸いものに目がなく、見かけると竜教幹部であることを忘れたように子供らしさを見せてはしゃぐ。
瞳を輝かせ、恐る恐る白く細い手を伸ばす。が、触れる直前でコロは一歩後ずさる。彼女は内心傷付いたが、咳払いをして平静を装った。
「それで、彼らは何用で?」
視線の先には、燕尾服を着た老紳士がいた。
(こいつは……)
リンドウは一目で人間ではないと見抜く。人と竜の平熱は極端に違うため姿形を変えていても彼の【蛇眼】は欺けないのだ。
その老紳士型の竜が恭しくこうべを垂れる。
——葉亀爬竜マタマタ。徒竜。枯葉と亀を足したような姿をしている。変身魔法を使う——
マタマタは人と竜の仲介役として神殿に住んでいるのだ。視線をコロに合わせ、信号を飛ばす。
『して、アメフクラ殿。何か用事ですかな?』
『大きめの布が欲しいんだべ』
人間の服が欲しいと言えば怪しまれるので大雑把に布とした。
『布……ですか。用途は?』
『最近、寝る時に腰が痛いんだべ。寝床の骨を崩れないよう纏める物が欲しかったんだべよ。オメェら人間が使ってるのを見て、ついな』
マタマタはそれを聖女ドゥエに翻訳した。聞き終わった彼女の口元が緩む。
「か、可愛すぎる……!」
思わず笑みがこぼれるのを慌てて隠した。
彼女の中では、コロが雑魚ゆえに体も弱いのでそういう提案をしたのだと勘違いしていた。笑いをこらえ切ったドゥエが視線を上げる。
「コホン、宜しい許可します。良ければ私が設置のお手伝いを致しますが?」
『いんや、人の手は借りねぇべ。自分のことは自分でやるべよ』
「硬派……!」
翻訳していないのになぜか意思疎通が出来ていた。好きは言語の壁を越えるのだ。
◇
リンドウ達がマヌケなやり取りを終えた頃、地下水道ではコロに捕まっている裸の男女二人が肌寒い檻の中でじっと座っていた。すると、男が立ち上がり、格子の隙間から辺りをうかがい始めた。
「……今しかねぇな」
落ちていた握り拳大の石を拾い、檻の鍵を必死に叩く。周囲に高音が響くがお構いなしに打ち付ける。
「くそっ、壊れねぇ!」
「や、やめなよ。竜を怒らせたら、どうするの……」
側で身を縮こませて座っている気弱そうな女が諫めた。
「バカ、ここにいても食われるだけだぞ!」
「で、でもまだ食べられてないし、もしかしたらその気はないのかも」
「そんなわけあるか! 化け物どもは俺達を、人間を食うことしか考えてねぇんだよ!」
二人がコロに捕まったのは数日前だ。
何人かの人間が生贄として竜教に誘拐されていたが、隙を突き集団脱走した。他の者が捕まったり食われたりする中で、二人は旧貧民街を北に逃げた。そこをコロに見つかってしまったのだ。
「ちきしょう、壊れろ壊れろ……!」
手の皮が剥け、血が滲んでも辞めない。女は耳を押さえて、隅でうずくまっていた。
男はなおも懸命に叩き続ける。だが、虚しい高音が響き渡るだけだった。
「……グガ?」
不運にもその音を偶然、地上にいた竜が拾っていた。
『何の音だ?』
顔に格子状の傷があるその竜は、気になったら確認せずにはいられず、音の方向へ歩き出した。
こうして、二人に危機が訪れようとしていた。




