第7話 小さな勇者3・竜の群れ
ガーラ大迷宮八区と七区の境目付近。十一人の子供達は棒のようになった重い足を必死に動かして進んでいた。相変わらず淡い緑に発光するだけの単調な景色の道が続く。
「もうすぐ七区よ。頑張りましょう」
短い白髪の少女アンが鼓舞するが他の子供は誰も返事をしない。疲れもピークに達し、話す余裕があるものはいなかった。黙々と前の人に付いて行くだけ。
ろくに睡眠をとっていないアンの目元にはクマができていた。もし、七区の避難所が竜に壊滅させられていたら、または誰もいなかったら。肉体の疲れは精神を蝕んでいき嫌な気持ちが増大していく。誰も泣き出さない。それだけが救いだった。
◇
リンドウは子供達に先行するように七区方面へ進んでいた。五月雨式に続く戦闘にさすがの彼も少し疲れていた。
途中、剣で斬ったような跡のある眷属竜の死骸を見かけた。それは人間が近くにいることを示していた。七区の避難所が近いため、そこの避難者が戦った可能性が高い。
(あと一息か……油断はできないが)
コリを取るように肩を回しているとまた死骸を見つけた。死体に張りつく、半球形の水玉のような姿をした赤子ほどの大きさの生物が目につく。
——突然変異体スライム。主にナメクジが竜の血を吸って突然変異した生き物。物を溶かす酸を持つ。迷宮の掃除屋と呼ばれており、ゴミや糞尿の処理に使われる。他にも溶けた骨で時間を計る酸時計として使われたりと迷宮の生活に欠かせないものになっている——
青いスライムはナメクジが竜の血を吸って突然変異したもので何でも溶かして食べるため重宝されている。自ら生物を襲うことも竜に操られることもない。餌がある場所に向かって這いずるのみ。基本は青色ばかりだが黄色や赤色もいる。その場合、元々貝類やヒルだったりもする。
(のん気でいいな)
うねるスライムを横目に見ていると感知網に反応。
(気配……一か所に固まっている。おそらく巣だな)
リンドウは足を早めた。細く長い通路の中程に来た時、奥から初見の竜が姿を現した。
——頭岩凶竜パキケファロ。リンドウよりひと回り大きく、二足歩行で茶褐色の鱗に覆われている。最大の特徴は頭頂部から岩のような骨が突出していて、ハゲワシのようになっている——
「グワ?」
頭岩竜はリンドウを視認すると首を傾げる。仲間か敵か値踏みしているのだ。
脳に刺激。いつもの。無視して、かかってこいと言わんばかりに指で挑発する。
「ファロロロロロ!!!」
敵と認識したのか頭をこちらに向け、咆哮を上げながら突進してくる。
頭岩竜は魔法を使ったのか、突出した頭から無数の棘が生える。まともに当たれば死ぬだろう。ここは細道、横には回避できない。
リンドウはその場で一旦しゃがみ、後ろへ跳んで距離をとった。そのまま動かず悠然と待ち受ける。頭岩竜がリンドウの元いた位置に差しかかると、急に悲鳴を上げた。
「ブガァァァ!」
足を引きずっている。足の甲を白い牙が突き抜けていた。
リンドウは先ほど自分の牙を抜き、地面に刺しておいたのだ。歯はリザードマンの体の中でもっとも硬い部位であるため竜を貫けると踏んで仕掛けたのだ。ちなみに歯は生え変わるため実質使い放題。
他にも策はあったが必要なくなってしまう。リンドウは少しがっかりした。
(反応速度、魔法の発動速度、範囲、魔力量、どれをとってもダメだ。おまけに観察眼もない。つまらんな)
リンドウは足裏の痛みで動きが鈍重になった頭岩竜の首元に素早く潜り込み、喉を食い破った。
(よし、次)
近くにいたスライムに肉を吐き捨て先へと進む。何頭か現れた頭岩竜を息をするかのように軽く叩きのめし隘路 を進んでいると、道の先からかすかに音が聞こえた。
(水の音?)
誘われるように音の方向へ行くと、三階層分吹き抜けになった円柱状の空間にでた。
リンドウのいる三階部分には対岸の出入口へ真っ直ぐ伸びる空中通路がある。二階も三階と同じく空中通路があり、二つの階は立体交差している。なので空間を真上から見れば円の中に十字があるように見える。底部に当たる一階には地底湖があり、岩肌から流れる滝により水面を打つ音が辺り一帯に反響していた。
地底湖の畔には十頭の竜がいた。十頭の内八頭は頭岩竜だが、他の二頭はリンドウの知らない竜だった。
——尾鎚凶竜アンキロ。四足歩行で全身が棘に覆われている。尻尾の先は丸く膨らんでおり、一際鋭い棘が生えている。その尻尾を鞭のようにしならせ、ぶつけて攻撃するのが最大の特徴——
リンドウは三角形の全ての角を丸く削った形の鱗——【鱗手裏剣】を指間に挟む。狙うは目か翼膜。それ以外は弾かれるだろう。
リンドウは躊躇なく空中に飛び出した。何度か前転し、勢いをつけ鉛直方向へ投擲。鱗は風切り音を立てながら竜達の元へ飛んでいく。
「キロ!」
「キロキロ!」
音に反応して尾鎚竜二頭は鱗を叩き落とした。一方で頭岩竜は反応できず目や翼を切り刻まれていた。
(まぁまぁの結果だな)
リンドウは集団の中心に轟音を立てて降り立った。少し足が痺れる。だが、間髪を入れず再び鱗を投げつけた。あまり剥がすとスースーするので早めに決着をつけたいところだ。
「ファロ!?」
怯んでいる頭岩竜に目掛けて走り寄り、切断、噛み切り、打擲と多彩な殺し方で蹂躙していく。
「ブアアアアアアロ!」
真後ろから最後の頭岩竜が雄叫びとともに突進してくる。全方位見えるリンドウにとって真後ろだろうが死角たり得ず、体を捻り“裏拳”を叩き込んだ。
(浅いか……)
人の頃の癖がでてしまった。人の頃なら裏拳で顎を打ち砕いていたが、今はリザードマン。人とリザードマンでは有効な攻撃部位が違う。人は拳や肘など骨張った部位で攻撃したりするが、リザードマンは爪、尻尾、牙などを中心に使う。
案の定、頭岩竜を仕留めきれてはおらず、瞳をギョロリとリンドウに向け、再び頭を振り上げ頭突きの動作をとる。
「ブガァ!」
それを軽くいなし、竜のガラ空きになった首をリンドウが素早く喰いちぎる。噴き出した鮮血がリンドウを赤く染める。
(後で水浴びしないとな)
軽口を叩きながら、次の敵を視認。残りは尾鎚竜二頭。二頭は背中の針を逆立て、投げ縄を投げる際の予備動作のように尻尾を立てて回転させている。
尾鎚竜の尻尾が淡い黄色に光る。魔法で強化したようだ。充分に遠心力を得た棘尻尾がゴムのように伸びてリンドウへと飛来する。
それを弾かず回避する。下手に防御すると防いだところを支点に尻尾の先が体に当たる可能性が高いので回避一択だ。紙一重で躱しつつ距離を徐々に詰め二頭の真ん中へ。
二頭が同時に尻尾を放ってきた瞬間、リンドウは上へ跳躍する。標的を失った二頭の尻尾が互いに絡みつき解けなくなった。どうにかしようと引っ張り合うが余計に絡んで焦燥している。
可哀想なのでリンドウはとっとと殺してあげることにした。爪を一体の頭に突き刺し破壊、もう一体は助走をつけて足の爪で“蹴り”裂いた。
(ふぅ)
特に労することなく全滅。とはいえ疲労による判断ミスがあった。気を付けなければならない。リンドウが一息つこうとした矢先、殺気を感じる。
(…………!)
気配を察して上を見上げると新たな頭岩竜四頭が頭を下に向けてコマのように回転しながら突撃してきていた。そのさらに上には知らない赤い竜が一頭悠然と飛んでいる。
——火凶竜ケラト。赤黒い体と、鼻先に天を衝くような角が生えている。火魔法を使う——
(ようやく面白くなってきたな)
リンドウは口角を上げ、抉るように落下してくる頭岩竜を横っ跳びで回避する。
様子を見ていた火竜の口内が淡い赤色に発光する。直後、口から大火球が放たれリンドウを襲う。それを跳ぶように前転して回避する。
(うっ!?)
違和感を覚え、尻尾の先を確認すると火が点いていた。急いで地底湖に尻尾をつけ鎮火。リンドウはまだ尻尾を制御しきれていない。それは、やはり人の頃の記憶のせいである。人には尻尾がないのだから。
(危うくヤモリの黒焼きだったな)
黒い冗句を挟みつつ倒し方を考える。
それを許さないかのように頭岩竜が砂埃を巻き上げながら周囲をグルグルと旋回してリンドウへ迫りくる。上からは火竜の火の玉がポンポン吐き出されている。
(まるで大道芸だな。これで三日は食べていけるんじゃないか?)
冗談を心中で呟きながらも足は止めない。間髪を容れない攻撃により地面が砂煙で覆い尽くされそうになったその時、リンドウは湖に石を投げ、敵の視線をそちらに誘導。その隙に【体色変化】で体を土色にして相手の視界から消えた。
砂に紛れたリンドウは、息を潜めて目をつぶる。獣の瞳は光を反射しやすいためだ。代わりに【蛇眼】を使う。
——ヘビは、ピット器官というものを持ち、熱感知能力を持っている——
その感知器官は目と鼻の間に付いている。故に、目を塞がれても“視える”のだ。リンドウは【蛇眼】を使い、熱を発するものを色分けして感知できる。初めは白黒だったが現段階では温かい順に白、赤、緑、青、黒の五色で視える。
目標を見失った頭岩竜は一旦動きを止めていた。それを待っていたように、砂煙程度なら透過して敵を捉えられるリンドウは、敵に向け雷のごとく走り出した。すれ違いざまに一閃。
「ファロア!」
「ロロアァ!!」
頭岩竜達は何が起きたのか理解できないまま首を斬られ落命していく。そして砂が晴れた時にはリンドウの周りに四つの肉塊が転がっていた。
これで残るは火竜一頭だ。