第69話 竜教ドーラ
竜教ドーラ。まだ竜という存在が神話上の存在だった頃、竜を神として崇めるそれは、どこにでもある胡散臭い小規模な新興宗教だった。
創始者である男“ウーノ・シェルタ・ラズグリズ”は、これまたありがちな詐欺師で、口八丁手八丁で信者を募り、お布施と称して金を巻き上げていた。
さらには女性信者を拐かし、儀式だとか洗礼だとか禊だとか体のいい言葉を使って欲を満たしていた。
だが、そんな生活が長く続くはずもなく、密告者により国軍に目を付けられ、牢獄送りになった。
その後、彼がいかにして脱獄するかを考えていた時、幸か不幸か本物の竜が降臨したのだ。
これを好機と捉えたウーノは、洗脳の解けていない信者をかき集めて扇動し、再び数を増やして大陸北に“宗教迷宮都市”を作った。
だが、人間の懐柔には成功したものの暴れる竜はどうしようもなく、迷宮に閉じこもって以前と同じく細々と信者を弄ぶしかなかった。
このままでは有象無象の人間と共に滅びるだけだと考えた彼は、竜を観察し、研究を始めた。すると、神が味方したのか、否、悪魔が味方し、“変身魔法”を使う竜を発見した。
これに目を付けたウーノは、こんな時だけ回る脳を最大限活用し、思い付いたのが人の言葉が分かる竜と交渉して竜教を認めさせることだった。これまでの人生で培った詐欺の技術を総動員し、幾度もの失敗と犠牲を重ねた先、ついに竜の懐柔に成功する。
そして現在。
ファフニール帝国南西、ドラテオン神殿の豪奢な部屋に彼は居た。
白髪で丸々と太ったウーノは、目玉のように大きな宝石を付けた指輪をすべての指に嵌め、純白で金の竜の意匠が施された祭服を着込んで豪華な椅子に座していた。
「ああ、愉悦」
身体に合わないギチギチの祭服を伸ばし、煌びやかな食事をしながら満足げに独りごちる。
竜に魂を売ったことで、富、名声、女、命の保証などあらゆるものを手に入れた。だがしかし、足りないものもあった。
「ああ、なぜ人は老いるのか」
ワイングラスに映る自身の顔を見ると、肌は乾燥し、シワとクマが深々と刻まれており若さのかけらもない。
齢六十となった体は、日に日に重くなっていくのが分かる。ほぼ球形に近い丸い体のせいで体重的に重いというのもあるが、疲れが取れにくくなっている。
食は若干細くなり、どれだけ睡眠をとっても疲れが完全に取れることはない。一番の問題は性欲は湧くが、体力が続かないということだ。
そんな彼が今、求めるもの。
「血よ、“女神の血”よ。ああ、何処にあるのか」
それは、数滴飲めば不老不死になれるという女神の血液だ。女神の存在は定かではなく比喩的なものかもしれないが、世界のどこかにそれはあるという。信者を使い、全力で探しているものの有力な情報は未だにない。
「ウーノ様!」
嘆きに暮れていたその時、煌びやかな扉が勢いよく開け放たれる。
「ご報告が——」
言い終わる刹那、飛んできたナイフが肩に突き刺さる。
「ひぃぎやぁぁぁぁぁ!」
「黙れ」
痛みにうずくまる男にウーノの無慈悲な言葉がかけられる。
「私は寛大だ。宝石を愛でている最中の邪魔は許そう、湯浴みの最中の邪魔も許そう、性行為の最中も許そう……だがしかし! 神聖なる食事の邪魔だけは許さん!」
食に妙なこだわりのあるウーノが、追加のナイフを投擲しようとした瞬間、長い白髪で碧眼の少女が入室する。
「ウーノ様、申し訳ございません。用件はこちらで聞いておきますゆえ、ご容赦を」
ウーノはナイフを構えたまま少女を見て、ふん、と鼻を鳴らした。
「……下がれ。用件を聞いたらその者は竜様の供物にしろ」
「御意」
少女はこうべを垂れ、ケガ人と共にその場を後にした。
◇
ドラテオン神殿の医務室。
「大丈夫ですかな?」
固い喋り方の白髪碧眼の少女は、ナイフで抉られた男の肩を手当てした。
「え、ええ。介抱していただきありがとうございますドゥエ様……と、メカ様」
聖女“ドゥエ・シェルタ・ラズグリズ”。雪のように白く、腰まである長い美しい髪と澄んだ空のような青い瞳が特徴。
ウーノの義理の娘で、齢十一にして竜教幹部の地位に就いている。丸いものが好きで義父はもちろん、玉樹竜タンブルウィードなど丸い竜は特に好み。
そして、ドゥエの体に付く半透明の竜は避役爬竜の“メカ”。
——避役爬竜レオン。徒竜。体色を変えることで周囲の景色に溶け込む。変形魔法を使う。リンドウの鎧に使われている竜でもある——
メカは竜にしては大人しく、人を襲うこともない。毎日ドゥエに話し掛けられる内に懐いてしまっていた。
その竜が、突出した目だけを不気味にナイフ男に向ける。
「ひっ」
竜教信者歴の浅いナイフ男は、いまだその竜の存在に慣れていない。
メカとしては仲良くしようと見つめたのだが、残念ながら文化の違いによりすれ違いに終わる。
「それで、ご用向きは何だったのですかな?」
「あ、はい、それが予てより問題だった紅鷲団の所在が掴めたのでご報告をと思いまして」
紅鷲団ブラッドイーグル。大陸北東に位置するペルロシア王国に属する軍隊で、最近はファフニール帝国周辺で神出鬼没に竜狩りをしている。
竜教からすれば崇拝する竜を殺す不逞の輩なわけで対処に手を焼いていた。
「それは朗報ですな。よくやってくれましたぞ。えらいえらい」
ドゥエが背伸びをして頭をいい子いい子と撫でる。
「おお、聖女様の御手に触れられるとは、ありがたやーありがたやー」
男は嬉しそうに手を組み、祈りを捧げる。側から見たらマヌケなやり取りを行なっていた時だった。扉がぶしつけに開かれた。
「うっーす! ドゥエさんいますかー?」
繊細さに欠けるその二十代くらいの男は、短い茶髪で鳶色の瞳をしていた。
ドゥエは不快感を示すが、すぐに気を取り直し、男の人相を見て誰なのか思い出そうとする。が、記憶にない。そこで、本日新人が来る予定だったことを思い出す。
「ああ、新人の……貴殿の名はなんと言いましたかな?」
「どもども“エスカー”っていいます! よろしく!」
その男は、リンドウがリザードマンになった集落で死んだはずの狩り仲間であった。




