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【完結】竜殺しのリザードマン 〜竜に支配された世界で自分だけ“竜殺し”の力を手に入れて“劣等竜リザードマン”になった男の逆襲物語〜  作者: 一終一(にのまえしゅういち)
第3章 帝王竜ファフニール編

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第67話 ファフニール帝国

 五年前、ほぼ円形の大陸ムーランディアは、たった六頭の空飛ぶ怪物“王竜”によって崩壊した。


 最も被害に()ったのは、中心にあるルーマ帝国だった。そこは世界の方々(ほうぼう)から多種多様な人間が行き交うことで情報や物資などの流通が早く、経済の中枢(ちゅうすう)であった。


 栄華(えいが)を誇った国だったが、後に破滅の六王と呼ばれる王竜の一頭、帝王竜ファフニールにより(またた)く間に火の海に変えられてしまう。


 国民の実に九割が死ぬか、眷属(けんぞく)竜にされてしまった。残った一割の人間は、王族貴族を中心に竜でも破壊できない地下迷宮(ダンジョン)に逃げることになった。


 そして現在、抜け(がら)になった国の建物はほとんど倒壊し、残っているのは生物の残骸により作られた竜巣(りゅうそう)だけ。今は帝王竜の名をとり、“ファフニール帝国”と呼ばれている。


 各地には塔のような竜巣があり、それらに囲まれた中心には天高く(そび)える白磁(はくじ)のような祭壇(さいだん)があった。一見すれば王族の住まう豪奢(ごうしゃ)な城に見紛(みまが)うだろう。だが、そんな幻想的な建造物ではなく、目を凝らして見れば、数多(あまた)の生物の骨で出来ていると分かる。


 その恐怖と絶望に(いろど)られた塔の天辺(てっぺん)に六枚の大翼を持つ白い竜が鎮座(ちんざ)していた。


 ——帝王竜ファフニール。破滅の六王の一頭。あらゆるものを拒絶しそうな鋭利な鱗に包まれ、吸い込まれそうな真紅の瞳を持つ——


 帝王竜はアクビを一つし、体を丸めて目を閉じた。


 その様子を亀、蛇、トカゲ型など数多の両爬(りょうは)竜に混ざって、遠くから一頭の劣等(れっとう)竜が見上げていた。


(安全地帯で優雅に昼寝か。バカと竜は高いところが好きなようだな)


 偽の翼を(たずさ)えた深緑の体に水宝玉(すいほうぎょく)色の瞳を持つリザードマンの“リンドウ”だ。


 迷宮や森では両爬の力(ハープタイル)の一つ【体色変化】により、漆黒の体と黄金の瞳で行動していた。しかし、人や竜に姿を(さら)しすぎたため少しでも気付かれにくくするよう、今は竜にありがちな深緑色に変えているのだ。


 彼は飛べないが頑丈な偽の翼と、竜の識別や会話に使う“信号”を得たことで、無事、竜巣潜入に成功してファフニールの動向を観察していた。


 相手が王竜とはいえ今までとやることは変わらない。性格、癖、地形、魔法、そういった情報を把握し、隙を見つけて倒すだけだ。


(正面から気付かれずに近づくのは不可能だな。踏むだけでも音が鳴る骨の足場が厄介だ。……となると毒殺か)


 リザードマンの血はあらゆる竜を一瞬で溶かすほどの猛毒なので一番有効な手だろう。


 リンドウの嫌う小汚い殺り方だが、手段は選んでいられない。騎士がやるような生温い決闘ではなく、殺し合いなのだから。知略(ぼう)略なんでもありの殺戮(さつりく)戦争で、最後に(しかばね)の上に立っていたものが勝ちなのだ。


 警戒しながら観察していると、一頭の()ちた翼を持つ眷属(けんぞく)竜が塔を登り始めた。


 帝王竜の食事の時間と直感したリンドウは意識を集中する。


 ボロボロの眷属竜が階段状の塔の上から二段目に着くと蛇型の竜が()いずりながら近づいていた。


 ——猛毒蛇爬(もうどくじゃは)竜キンクーブラ。(えい)竜。四枚の翼と蛇のような細長い体を持つ——


 キンクーブラは、素早く眷属竜の右腕を噛みちぎった。少し咀嚼(そしゃく)した後、丸呑(まるの)みし、帝王竜を一瞥(いちべつ)して元の場所に帰っていく。


(毒味……か)


 竜の食には個性が出やすい。少食だったり大食いだったり、ハラワタから食べたり頭から食べたりなど十竜十色(じゅうりゅうといろ)だ。


 リンドウが今まで見た中で毒味をする竜は初めてだった。


(毒殺も簡単にはいかないか。少し様子見だな)


 塔の二段目にはキンクーブラを含めて四頭の衛竜がおり、攻略は簡単ではない。


 リンドウは、目的を周囲の竜の観察と地形把握(はあく)に切り替え、ひっそりとその場を後にした。



 リンドウは西の外れにある元貧民街へ移動していた。かつて建造物が密集し、陽の当たらない薄暗い路地だらけだったそこも、(わず)かな壁を残すだけの形骸化(けいがいか)された地区になっていた。


(久しいな)


 ここはリンドウの故郷だった。親もなく、その日生きるのもままならなかった日々を思い出す。


(未練はないつもりだったが、懐かしく感じるものだ)


 記憶の残滓(ざんし)が当時の街の風景を補完し、手に取るように地形が分かる。壊れた看板、石畳の落書き、薄汚い井戸。すべてが懐かしい。


 (がら)にもなく感慨(かんがい)にふけっていると、暇を持て余したのか透明の鎧の隙間から黒い不定形の謎生物“コバコ”が顔を出す。


 顔か目か分からない黒い触手を左右に振り、辺りを観察した後、リンドウを見上げる。異常はないかという顔ぶりだ。


 リンドウが首を横に振ると、ヤレヤレと二本の触手で肩をすくめるポーズを取り、中に戻っていった。


 コバコの出番はまだないが、いざとなったら馬車馬(ばしゃうま)のように働かせるつもりだ。相棒は匂いや気配がなく、隠密性に優れているため毒殺をするとなれば必ず役に立つだろう。


 それまでは、大人しく寝ていて貰いたい、が。ここ数日、潜入のためじっとしていた反動なのか、鎧の中で動き回って遊ぶ始末。


 一度鎧を叩くと、一瞬停止するが、すぐに『入ってますよ』と言わんばかりにノックを返してきて遊びを再開するのだ。


(後でゴミ山に捨てるか)


 コバコに(あき)れていたその時、中型の竜が上空を横切った。巻き起こった風が、砂塵(さじん)を巻き上げてリンドウを()ぜる。


 ここは敵地のど真ん中。ハエのように竜が飛び交っているし、ゴキブリのように地を徘徊(はいかい)している。


 下手な行動を取れば怪しまれてしまい、最悪リザードマンの正体が表沙汰(おもてざた)になってしまうだろう。また、周辺に迷宮がなく、逃げ隠れできないため空飛ぶ竜になすすべなく殺されるのは間違いない。(ゆえ)に目立たず、慎重に、だが素早く行動しなければならない。


 リンドウは警戒しながら、記憶のカケラに引っ張られるように貧民街の北に歩を進めた。


(ああ、まだ無事だったか)


 眼前には、小規模な花畑が広がっていた。倒壊した建造物によって荒れてはいたものの、その隙間から色とりどりの草花が懸命に顔を(のぞ)かせていた。


 期待はしていなかったため、無事な光景に驚きつつも胸をなでおろした。


 貧民達にとってここは聖域で、どれだけの大罪を犯そうともこの花畑だけは踏み荒らしてはならないという暗黙の了解があった。誰が初めに作ったのかは定かではないが、皆ルールを律儀(りちぎ)に守り、(すさ)んだ心を(いや)すためか誰もが文句ひとつ言わず花を育てていた。


 リンドウは、まだ(つぼみ)である一輪の花に触れる。


(相変わらずお前は咲かないんだな)


 ムーランディア大陸固有の花“ギャラルホルン”。別名、千年花(せんねんか)。誰も咲いたところを見たことがないという花で、蕾の状態を延々と保ったままだ。


 咲いたのを見たら死ぬだとか、世界が終わるだとか、常に不吉な(うわさ)が絶えない。花言葉も『孤独』『片思い』『夢破れる』『待ち人来ず』などなど消極的なものばかりだ。さらに、抜いても抜いてもいつの間にか生えてくるため厄介(やっかい)ものとして嫌われていた。


 特にこの元ルーマ帝国では、空以外生えていると言われるくらいそこら中に群生(ぐんせい)している。


 しかし、リンドウは嫌いではなかった。


 咲かないということは、咲くという可能性を残しているということ。いつか大輪(たいりん)の花を咲かせるための助走期間と考えればあながち悪くないだろう。


(ふっ、何を考えているんだ俺は)


 自分はそんな夢想家ではないだろうと自嘲(じちょう)する。きっと妻ダリアの影響だ。


(ここは毒だ。俺には心地良すぎる)


 望郷(ぼうきょう)の念はここが死地だと忘れさせてしまう。長く留まれば、判断を鈍らせるだろう。


 そう思い、(きびす)を返そうとした時だった。


『へぇ、花を()でる竜とは珍しいだべな』


 突如(とつじょ)、脳内に素知らぬ声が流れ込んできた。


 リンドウは一瞬動揺するが、すぐに平静を(よそお)い、竜のみ送受信できる信号が飛んできた方を振り返る。視線の先、膝丈(ひざたけ)ほどの高さで、ふっくらと丸い蛙のような竜が(ねば)っこい笑顔をこちらへ向けていた。


『ようこそファフニール帝国へ』


 その台詞にリンドウは警戒心を高めていく。

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