第65話 追うもの達3・テイル、マジョ、黒狼団
ガーラ大迷宮アマゾ大森林方面出入口。
黒髪を後ろで団子状にした運び屋テイル・フェアリーと、顔の右半分にヤケドを負い、染めた黒髪を持つ女マジョは、ようやくガーラを抜けて外に出ていた。
二人は翼のない劣等竜リザードマンに助けられ、その正体を知るべく行方を追っていた。
「やっと出れたな。荷物があると時間が掛かって仕方ないな」
“荷物”に視線を向けるテイル。
「そうね。弓なんて前時代的なもの邪魔よね」
マジョは彼の持つ琥珀色の弓を見て、皮肉を涼しい顔で受け流す。
「さて、目的地はケイオスでいいんだよな?」
「ええ」
「言っとくが女には危険な場所だぞ。裸にひん剥かれても知らないからな」
「大丈夫よ。そのための竜器でしょ?」
彼女は魔女らしく黒一色の竜器に包まれた手をワキワキさせる。
「あの聞き分けなさそうなおっさんが、あっさり竜器をくれるとはね」
リンドウに武器と防具をくれた鍛冶屋ドゥワフのことである。
「ふふ、中年男性の扱いには慣れてるのよ」
「誇って言うことかね」
テイルは木にもたれて地図を広げ、何か走り書きをする。
「それ、いつも何を書いてるの?」
「地形の細かい情報だよ。地図ってのはナマモノで、常に流動的に変化する。数ヶ月前のが使い物にならないなんてザラだ。だからこうやって新しいのを描いて売って金を得るのさ」
テイルは運び屋をしながら地図を売って小銭を稼いでいる。一部界隈で人気だったりするのだ。
「ふーん。その隅に描いてる変なハエの絵はなに?」
「妖精だ。俺が描いた地図だっていう証さ。かわいいだろ?」
「気持ち悪いわね」
その無慈悲な一言も意に介さないテイル。
「どうでも良いけど、あんた運び屋なんてよくやろうと思うわね」
「夢があってね。それを叶えるための副業みたいなもんさ」
「夢?」
「九つの宝を探している」
「九つの宝……ジークフリートの?」
「よく知ってるな。竜すら殺すと云われた伝説の戦士ジークフリートが迷宮に隠した財宝。その正体は黄金とも、国家を転覆させる機密とも、はたまたただの日記ともいわれている。冒険家なら誰もが憧れるものだ」
「くだらないわね。そんなもの、争いの火種にしかならないわ」
「宗教家が神に縋るように冒険家は宝に縋る。それだけだ」
「生きる意味であり目的であるってことかしら」
「そんなとこだな」
「色々と考えているのね。少しアンタに興味が湧いたわ」
「ふっ、惚れたか?」
「夢追い人に惚れるほど安い女じゃないわ」
そう言って踵を返す姿は、どこか気品を感じさせた。
「お前に夢はないのか?」
「“まだ”秘密」
流し目で指を唇に当てながら妖艶に笑うマジョ。
テイルもこの時、ほんの少しだけ彼女に興味を抱いたのであった。
◇
黒狼団ダークウルフ一行は、犯罪迷宮都市ケイオス三層の書庫にいた。
結局、リザードマンとは入れ違いになってしまって会えずじまい。薔薇樹竜を倒すパシリに使われて終わった黒狼団達だった。
「探し物は見つかったかサイコ」
「ありませんね。“爬王物語”の原典は。どれもこれも意訳や超訳、脚色されたものばかり。せめて写本があれば良かったのですが」
サイコは竜と戦っていた時とは別人のように大人しく、理知的な振る舞いだ。紫に染めた髪も心なしか元気がないように見える。酒を飲んでいるとこうなるアベコベな男なのだ。
「ホントにそれがリザードマンの正体に繋がるのかねぇ」
と、炎のような赤毛のおしゃべり役ヨクスが答えた。
「突然、物語の中の存在でしかなかった翼のない竜と似たものが出てきて人々を助ける。偶然と片付けるのは少々引っかかりませんか?」
サイコは、そこが気になり、ケイオスに書庫があると知って調査に来たのだ。
「仮説ですが、本からトカゲが出てきたのではなく、原本の元になった現実の出来事が現代になり再び起きた。なんてどうです? そっちの方が現実味があるでしょう?」
「面白いね。時代は繰り返すってか。劇作家にでもなったらどうだい?」
ヨクスは肘を付きアクビをした。
それを見た金髪碧眼の女団長ジャンヌが問いかける。
「ふ、本は嫌いかヨクス」
「そうだねぇ。他人の恋路を聞くより眠くなるよ」
「女にモテないぞ」
「男も女もちょっと隙があるくらいがモテるのさ」
「私は真面目な男が好きだがな」
「サイコ、ありったけの本を持ってこい!」
単純な奴である。
すぐにヨクスの前に本が積まれた。始めは勢い良くページが捲られていたが、所詮は付け焼き刃。すぐに熱は冷め、ナメクジよりも遅くなる。
それを見たサイコはため息を吐く。
「ヨクスさん、哲学者の言葉にこんなものがあります『言葉だけで信頼は得られない』です。言葉だけでなく行動で示さないとモテませんよ。さぁ、本を読むのです」
「ハァ……今だけ竜になりたい」
そう言って、頬を机に付けたまま本をめくる。
「……これも九個、これは作者に九がつく、なんか九に関する本が多くないか?」
眠気まなこのヨクスは役に立っている感じを出そうと話題を捻り出した。
「九という数字はムーランディア大陸では特別な意味を持ちます。幸福の数字だとか逆に不幸の数字とも。なぜそうなったか。一説ではこの大陸が九つの世界と繋がっていて、その強固さから絆、あるいは呪縛を示すという意味で使われ出したとか」
「繋がってるって言っても大陸周辺は霧に包まれてて、他に陸地があるなんて聞いたこともない。信憑性に疑問が残るけどねぇ」
「ですが、竜は霧の外から来たとされています。となると大陸や島があると思いますよ」
「そんなもんかねぇ」
気だるげなヨクスは目を閉じる。自分の仕事は終わったとでも言いたげだ。
サイコはそれを見て肩を竦め、ジャンヌに視線を移す。
「ジャンヌさんの武器も集めると願いが叶うという九の武具の一つでしたよね。失礼ですがその剣はどこで?」
ジャンヌの持つ琥珀色の剣ミズブレードを見る。
「国の宝物庫にあったものを国王を蹴っ飛ばして奪った。飾っておくには惜しい代物だからな」
「いやはや、ジャンヌさんらしい。良ければ剣に書かれている文字を見せてくれませんか?」
彼女は腰からミズブレードを鞘ごと抜き、机を滑らせた。
サイコはその剣身に書かれた古代語に目を通す。
「訳すと“消えゆく定めの女神は次の朝には朽ちていく”という感じですかね」
「どういう意図があるのかねぇ。娼婦なら次の朝には消えてるけどねぇ」
まだ生きていたヨクスが、くだらない発言をした。
「分かりませんね。もしかしたらなにかの手がかりになるかもしれません。一応、頭の隅には入れておいてください」
「もう抜けたよ」
ヨクスの頭は機能が停止していた。
それから、一同は何時間も書庫に籠って調べ続けた。浅黒肌でスキンヘッドのハルバドは、途中から斧の本を読むようになり、ヨクスは魂の抜けたような顔になっていた。
「僕はもう少しここで調べてみますので団長達はリザードマンを追ってください」
と、空気を読むようにサイコが言った。
「いや、私達も残ろう。もう一度竜器を整備しておきたい。せっかく衛竜の素材を大量に手に入れたからな。キュクロを働かせよう。それと、ついでにここの連中に恩を売っておこうか」
少しの間、治安維持をするという意味だ。
「おやおや、初めからそのつもりだったんでしょ? 素直じゃないねぇ」
ヨクスが余計な茶々を挟む。
「ふん、くだらん邪推をするな。行くぞ」
黒狼団四人全員が席を立ったところで、ちょうど誰かが入室してきた。
深海のような暗い青髪ポニーテールで青い瞳の女ヒサメだ。
「やぁ、女団長ジャンヌさん」
「盗み聞きか。趣味が悪いな」
ジャンヌの正体を知る者は少ない。女、若い、天才剣士どれを取っても嫉妬や怨恨の対象になり面倒なため隠しているのだ。
そんな秘密をヒサメは会話を盗み聞きして、ある程度の真実を知ったのである。
「私を黒狼団に入れてくれないかなん?」
「断る。雑魚はいらん」
「入れてくれたら面白い話を聞かせてあげるのになぁ?」
ヒサメが懐から溶けた竜の鱗を取り出した。
「それはなんだ?」
「仲間じゃない人には教えないよん」
暫し、にらみ合う。
「……ふん、いいだろう。入れてやる。だが、つまらん話だったら命はないと思え」
「ではでは、お聞かせしましょう。“神様と竜を溶かす血”についての物語を」
ヒサメは第三出入口で見た光景について、おとぎ話のように語り始めた。




