第64話 小さな王様は神様の存在証明を誓う
ケイオス二層、姉妹の父親ポルスタの部屋。
鍛冶師キュクロと、姉妹の姉アップルが入室した。それを妹アガウェーが迎える。
「あ、キュクロさんとお姉ちゃん! デァトートさんはどうだった?」
「……死んでたよ。誰かに殺されたようだ。相当恨みを買ってたからな」
「……そっか」
肩を落とすアガウェー。嫌な人間だったが、死んだとなると何故だか悲しくなる。それがアガウェーという心根の優しい人間なのだ。
キュクロが薬瓶を取り出す。
「おいポルスタ。薬だ」
「……ああ」
ポルスタは、無理をして竜と戦ったせいで上半身を起こすことすら出来なくなっていた。
「お父さん、飲んで」
アガウェーが薬を少しずつ口に入れていく。
すると、幾ばくもせずに顔色は良くなり、みるみる内にマダラ模様のアザが消えていく。
「す、すごい……!」
その場の全員が驚愕する。
「なんてことだ……鉛のように重かった体が今は羽のように軽いぞ!」
ポルスタはベッドの上に立ち上がり体操を始めた。が、腰が痛くなりすぐに意気消沈した。
「もーお父さん! 病気は治ったけど、若返ったわけじゃないんだから安静にしてなよ!」
「ああ、そうするか……アガウェー、アップル、世話を掛けたな。ありがとう。お前達は私の誇りだ」
二人を抱き寄せる。
「痛いよー」
「私の体調が良くなったら、母さんを探しに行こう。約束だったしな」
その言葉にアガウェーは浮かない顔をした。
「その話は後でね! キュクロさん、もう一つの薬も作ってくれた?」
「おう」
「じゃあ貸して! あたしがシーファンさんに届けるよ! お父さんは養生してね!」
「おい、オレも」
「ダメー! 男子禁制だよー!」
べっ、と舌を出してあしらうアガウェー。アップルと二人、ヴェステンの妻シーファンの元へ行くため部屋を後にした。
◇
いくつか角を曲がった先、一番奥の部屋の前にギフトの職員で茶髪のレフティがいた。
「あ、レフティさん!」
「あら、二人とも無事でなによりだわ」
「うん……その、あのね……リンクスさんのことだけど、最後まで勇敢に戦ってたってヴェステンさんが言ってたよ」
「……そう、伝えてくれてありがとね」
レフティは微笑んだ。それが無理をしていることは明らかだった。
「二人はシーファンさん達に用事でしょう? 行きましょ」
そのしっかりとした口調と足取りに『強い人だ』とアガウェーは思った。
三人で部屋に入る。
「アガウェーお姉ちゃん!」
「やっほー、ニシシちゃん! 病気が治る薬持って来たよー!」
「えー? 効かなかったらぶっ殺すよー?」
相変わらずの言葉遣いにアガウェーは安心した。
「うぇーにがーい」
と言いつつも薬をしっかり飲み干す。すると、体からアザが消えていく。
「すごーい! 治ったー!」
ニシシは、両手を掲げて喜ぶ。
「よかった、良かったよ……!」
母シーファンは娘を思い切り抱きしめた。
「ねぇ、パパはどうしたの?」
シーファンは、泣きそうな顔をするが、すぐに切り替える。
「……遠くに行っちゃってすぐには帰れないんだとさ」
「えー、おさんぽ行きたかったのになー。でも仕方ないよね! 帰ってきたら絶対行こうね!」
「うんそうだね……また三人で行こうさね」
耐えられなくなったシーファンの目から一筋の涙が伝う。
それを見たレフティも涙が溢れそうになり、手で顔を覆い隠す。
「ごめん、用事、あるから、先に帰る……ね」
震える声を残して、彼女は部屋を後にした。
姉妹もシーファン達と少し談笑した後、別れを告げて通路に出た。
「…………」
二人の涙を見てアガウェーは無力感に苛まれていた。
ヴェステン、リンクス、ドライツェン、他にもたくさんの狩人達を助けることができなかった。
何もしてあげられなかった。
そんな自分でも今からできることはないだろうか。
いつの間にか居なくなっていた神様の鱗を見る。そこには文字が刻まれていた。
「……うん、そうしよう」
何かを決意し、目に力を宿す。
「決めた! あたし、ケイオスの王様になる!」
「ついにバカを極めたか」
鼻で笑うアップル。
「ここの人達を安全な場所へ連れて行くことはできないし、置いていくこともできない。だったらあたし達が守るしかないよ!」
「……父さんが怒るぞ」
「覚悟の上だよ」
瞳はいつものおちゃらけた妹のものではなかった。
「そうか。ならケイオス民を説得してみろ。王様ならできるだろ?」
「うん、そのつもり!」
イジワルを言ったアップルだったが、妹ならできると思っていた。いつも周りを明るくするアガウェーなら今の絶望に包まれるケイオスを照らしてくれると。
◇
二層と三層を繋ぐ通路前の広場。アガウェーは箱が無造作に積まれた急造の壇上に立った。
「皆さんにご報告があります。ケイオスの統括者デァトートさんが亡くなりました」
辺りがざわつく。
「嘘だろ……」
「俺達どうなるんだ」
「もう、ケイオスは終わりだな……」
デァトートは圧政を敷いていたとはいえ、頼るものがいたのも事実だ。やはり、統治者がいなくなった今、市民の不安は拭えない。
「だから、代理の人間を立てなければなりません。——そこであたしが立候補します」
その突拍子もない発言にざわめく広場。
「子供には無理だろ!」
「キュクロさんがやったらどうなんだ!」
「そうだそうだ!」
急に白羽の矢を立てられたキュクロが前に出る。
「オレは向いてない。根っこではデァトートと同じ思想だからな。犯罪の温床になる。せいぜい色違いの轍を踏むだけだろうよ」
「そんな……」
「他にいないのか!」
誰も立候補しない。責任を負えるほどの器量を持った者はこの場にはいなかった。
そこにとある家族が前に出る。
「アタシはアガウェーちゃんに賛成だよ。女の方が強いからね」
「さんせーさんせー! アガウェーお姉ちゃんならできるよ!」
ヴェステンの妻シーファンと娘ニシシだ。
「右に同じ。ギフト職員として近くで見てきたけど信頼できるわ。ちょっぴり危ういけどね。他の職員も同じ気持ちよ」
リンクスの恋人であり、ギフト職員のレフティも援護する。
さらに姉妹の父ポルスタが杖をつきながらやって来た。
「私も愛すべきバカ娘を支持する。私は命を救ってもらった。ただの親バカかも知れないが一人の人間を救える者に託すのも悪くないと思わないか?」
続くように姉アップルが口を開く。
「私も同じだ。隣で見てきたものとして信頼できる。まぁ、正直頭が良くない愚妹だが、みんなを笑顔にする力は持っているよ」
その言葉の数々に同調するかのごとく他にもアガウェーを支持する声が上がる。小さな光は、小さな花を咲かせ、やがて満開の花畑となった。
それを見聞きしながら、アガウェーは顔を上げる。
「あたしはまだ色々と経験不足で無知で無能かも知れません。だけど、みんなを見捨てることは絶対にしないと誓います。困った人が居たら手を差し伸べ、竜が出現したなら最前線でみんなを守ります」
全員と目を合わせるように眺める。
「だから、あたしについてきて……ううん、手を貸して欲しい」
アガウェーは深々と頭を下げた。
「おう、任せとけ!」
「しゃーねぇなぁ!」
「一緒に頑張ろうぜ!」
そこかしこから歓声が上がる。もはや反対するものは誰もいなかった。
「それから、皆さんに知っておいて欲しいことがあります。ケイオスを救ってくれた影の立役者のことです。その方がいなければケイオスは無くなり、あたしもここに立つことはなかったでしょう」
アガウェーは少しだけ目蓋を下げて続ける。
「事情があってここには居ません。けれど約束してくれました。必ず人類を救うと。その神様、いえケイオスの英雄はきっと成し遂げてくれるはずです。あたし達は、それまで助け合ってここを守り抜けばいいのです。そうしたら遠くない未来に自由に外を出歩ける日が来ます」
彼女は瞳に希望の光を宿す。
「これだけ聞けば夢物語としか思えないかも知れません。ですが、あたしはその方からいくつもの奇跡を見せて貰いました。だから、あたしも見習って、みんなに希望を与える人になります。それがなによりも“神様の存在証明”になると思うから」
そこまで話し、アガウェーは切り替えるように手を叩く。
「さぁて、堅苦しいのは終わり。あたしに合わないもんね! よーしみんな、ケイオスを立て直すよ! あたしに付いてこーい!」
「調子に乗んな!」
アップルの拳骨が落ちた。
周囲を笑いが包む。
その光景を眺めながらキュクロは思う。絶望の中、こんなに笑顔に溢れる場所に出来るなんて彼女以外不可能だろう。
だからこそ王様に向いているのだ。きっと、今までのケイオスとは違うものを見せてくれるはずだ。
そして今なら信じることができる。リンドウが二人と出会い、助けたのも運命だったのだろうと。
「頼んだぜ。小さな王様」
誰にも聞こえないようキュクロは呟いた。
喧騒の中、アガウェーは持っていた鱗を見つめる。いつのまにか消えていたリンドウが残したものだ。
そこには託宣が書かれていた。
『ケイオスを守れ』と。
——ねぇ、神様。あたし言われた通り頑張るから。
——神様もきっと世界を救ってね。
——助けてくれてありがとう。
——あたしの、あたし達の英雄。
アガウェーは、待ち続ける。
いつかこの眼前の笑顔の民衆のように世界中が平和になることを信じて。




