第63話 哀れな死神
犯罪迷宮都市ケイオス二層。そこに鍛冶師キュクロと戦闘員が集合していた。
「ケイオス内部すべての竜の排除確認しました!」
「そうか。みんな良くやってくれた」
キュクロは胸を撫で下ろした。
「しかし、なんだったんでしょう。竜が竜を殺してましたよね」
「俺も見たぞ。尻尾が半分なかった」
「いや、尻尾はあったぞ。翼がなかったんだよ」
「色は緑だった」「いや、黒だろ」「赤」「青!」
もちろんリンドウのことで骸樹竜を倒した後、姉妹と共にケイオスの掃除を始めたのだ。あれだけ苦労した竜も彼にかかればほとんど瞬殺。
キュクロは複雑な気持ちだった。が、切り替える。
「オレは野暮用があるからここは任せたぞ」
◇
地下三層。ケイオスの王デァトートは破壊された竜器を着替えるべく自室へ戻っていた。
竜鎧を脱いだその時、背中に激痛が走る。
「…………!」
目の前の壁に矢が刺さる。腹背から出血。背後から矢を撃ち込まれたのだ。
振り返ると一人の男がクロスボウを持って立っていた。
「ふっ、貴様かキュクロ」
デァトートは出血したまま何事もなかったように椅子に腰を掛ける。
「私を殺す理由はなんだ? 少々恨みを買いすぎたか?」
「いずれ殺すつもりだったさ。今回の襲撃が後押しした。てめぇ、こうなること分かってただろ?」
「……正確には、ただの願望だよ。ケイオスが破壊されて欲しいというな。残念だが失敗に終わったがね」
大きく息を吐く。
「私は不治の病に冒されているのだよ。迷宮病とは別のな。どうにか抗おうと名医という名医を訪ね、治療出来るかを問うた。しかし、誰も首を縦に振らなかった」
キュクロは黙って聞き続ける。
「そんな時、世界のどこかにあるという恒久の平和を約束された楽園に湧く“病を根治する泉”の噂を聞いた。その泉を探す資金繰りのために薬物製造、人身売買、殺人など、やれる犯罪は全て網羅した。それでも見つからず、挙げ句の果てにヘマをして捕まり、死刑囚になってしまった」
デァトートは平然と話し続ける。
「未練はあったが、獄中での死を受け入れ始めた時、竜が現れた。騒動の最中、賊と共に牢から逃げ出し、ケイオスを作ったのだ。作る過程で竜器の技術が確立し、私の病の進行を遅らせることに成功した。だが、同時に竜の圧倒的強さを目の当たりにして人類に未来はないと悟った私は、ギフトという時限式の爆弾を仕掛けることにしたのだ」
そこまで話し、デァトートは口角を上げる。
「私は自己顕示欲が強くてね。常に人の上に立っていたい人間なのだよ。そんな人間が自分に限界を感じ諦めるしかない場合、とる行動は何か? ——破壊だよ」
口から血が伝う。
「私は私が死んだ後も世界が続くのが許せない。だが、それを止めることは叶わない。ならばせめて手の届く奴らを巻き添えにしてやろうと考えたのだ」
悪魔のように笑う。
「分かるか? 懸命に建てた砂の城は破壊する時が一番楽しいものなのだよ」
その自分勝手な話にキュクロは眉間にシワを寄せる。
「その割には嬉々としてここを守っていたのはなんでだ? 放っておいた方が全滅も早かったろう」
「余興と保険だよ。もし、私が何もせずケイオスの者達が竜に勝てば排斥されるのは間違いないからな。結局、貴様に殺されるのだから意味はなかったがね」
「そうか……てめぇのことがよく分かったよ。真性のクズで助かるね。殺すのに躊躇わずに済む」
「私を殺した先に何があるというのだね? 頭をすげ替えたところで行き着く先は竜の餌。むしろ時期を早めるだけだろう」
「オレは希望を見つけたのさ。カミサマという名の希望をね」
デァトートは目を丸くする。
「ふはははははは! 面白い冗句だ。生涯でこんなに面白いと思ったことはないな。吟遊詩人にでもなったらどうだ?」
「確かに神なんててめぇと対極の存在信じねぇよな。だが、地上に降りて来て泥臭く戦う神を見たら信じてみたくなるってもんだ」
「ふっ、冥土の土産がこんな与太話とは。くだらんな」
「そうかい。地獄の奴らによろしくな」
デァトートはおもむろに目を閉じた。
それを見たキュクロは心臓に目掛け、ゆっくりと引き金を引いた。
◇
キュクロが事を終え、通路を歩いていると角からアップルが暗い顔をしながら現れた。
「見たか?」
「いや、聞いてはいたよ」
「軽蔑したか?」
「……いや」
アップルは言葉が見つからない。
「オレは今まで直接的にも間接的にも人を殺して来た。ここで生き残るためにな。今更一人や二人殺したって変わらない」
彼女は黙ったままだ。
「ただ、てめぇらが気に食わないってんなら、喜んで首を差し出すさ。殺人者なんていないに越したことはないからな」
「……私には、いや私達にはキュクロさんが必要だ。力も経験も不足している。貴方の罪を許すとか許さないとか決めることはできない。神父ではないからな」
キュクロに一歩近づく。
「だから、私はこの罪を共に背負うことにするよ。誰にも話さず墓場まで持っていく。もし、糾弾されることがあるなら共に裁かれると誓う」
「大胆な告白だな」
「なっ! ちがっ……!」
キュクロは彼女にデコピンをした。
「てめぇら姉妹はオレの光だ。黒い存在の自分を灰色くらいには照らしてくれる。感謝するよ。ありがとな」
頬を掻いて照れるアップル。
「この選択が間違いかは分からないけれど、受け止めて懸命に生きよう。そうしたら天国に行けなくても地獄に落ちることはないかもしれない。……それに私達には神様という希望がある、だろ?」
「そうだな。てめぇらが信じるんだ。オレも信じて見るさ」




