第62話 悲しい結末
リンドウと骸樹竜が戦っている広間の奥の部屋で、人間体になった天樹竜のハーンが意識を取り戻した。
「ここは……」
体を動かそうとするが、四肢の腱は切断され、樹竜のツルで縛られており身動きが取れない。魔臓もやられていて竜形態になれない。
「起きたんだね。ハーンさん」
目の前でフラズグズル姉妹が箱に腰掛けていた。
「ああ、僕は負けたんだね」
ハーンは全てを悟った。自分が置かれている人質という立場も。
妹アガウェーが立ち上がり近づく。
「ハーンさんが竜だって信じられなかった」
「キミはバカだからね。御しやすかったよ」
唇を噛むアガウェー。
「……ねぇ、竜は何のために大陸に来たの?」
「さぁね。王竜様に付いて来ただけだから」
「……ねぇ、どうして竜は人を食べるの?」
「本能さ。肉があったら食べる。その肉が美味かったからまた食べる。それだけだよ」
アガウェーはクロスボウを構える。
「おい、アガウェー! よせ!」
姉アップルが叫ぶ。
「どうしてっ! こうやってお喋りできるのに人と竜は仲良くできないの!?」
「捕食者と被捕食者が対等になることはあり得ないよ。一時的ならあるいは有るかもね。だが、所詮は仮初め。薄氷の上のそれは容易に破られて元に戻る。この世に恒久のものがあるか? いや、ない」
「それでも! それでもっ……! 何か方法があるはずだよ!」
「アガウェー、忘れたのかい? キミはすでに何十頭も僕の仲間を殺しているんだよ。キミのどんな言葉も届かない」
「そんな……そうだけど……!」
「さぁ、殺せ。体が再生したらこんな拘束容易く破壊できるよ。そうなったら今度こそキミ達を喰い殺す」
「…………」
アガウェーは動かない。
「無理か……なら面白い話をしてやるよ。——ハーンという人間の男の話だ」
天樹竜は物語を語るように話し始めた。
「一年前、アマゾ大森林の西側周辺で仲間が狩られていると知ってね。眷属竜の帰巣本能を使ってケイオスを突き止めた。初めは中の奴らをすぐに皆殺しにして終わると思っていた。だけど、何度か竜をけしかけてもここの連中は強くて倒せなかったんだ。理由を知りたくて僕は人間に変身して潜入調査することにした。——そしてギフトを知った」
嬉々として続ける。
「面白いよね。竜に懸賞をかけることで人間の心を掴み操る。竜を倒して金を得る。それが嬉しくてまた竜を狩る。それが自信になって強くなる。そしていつの間にか自分は正義のために戦っていると勘違いする。まったく、反吐が出たよ」
嬉々として続ける。
「今すぐにでも目の前の奴らを噛み殺してやりたかったけど、僕は戦闘能力が低いから返り討ちにあうのは目に見えていた。だから行方不明の樹王竜様に代わり、仲間の衛竜達と話し合って策を練った」
嬉々として続ける。
「たどり着いたのがギフト職員になりすまして内外から少しずつ潰していくことだった。そこで狙ったのが最も情報が得やすく、操作しやすい受付係——そう、ハーンという男だ」
嬉々として続ける。
「僕は変身魔法を行使するためにその人間を生きたまま食べる。そうした方が正確に模倣できるからね」
嬉々として続ける。
「恐怖に慄く彼の骨を砕き、肉を咀嚼し、断末魔を調味料に味わうのは至高だったよ。中でも内臓は格別だったね。程よく弾力があって色んな液が混ざり合ってさ、飽きさせないんだよ。人間って凄いんだ。それでもまだ生きてるんだから」
「もうやめて!」
「やめないね! 家畜の言うことを聞くマヌケはいないっっ!!」
天樹竜は更に口を開き、話そうとする。
それを見たアガウェーは歯を噛み締め、引き金に手を掛ける。
「……ハーンさん——好きだったよ」
天樹竜は目を閉じ、死を覚悟した。
「やめろ! アガウェーッッ!!」
アップルの制止も聞かず、クロスボウから矢が放たれる。
目を閉じたまま笑みを崩さない天樹竜。
だが、いつまでたっても痛みはない。
恐る恐る瞼を開く。
矢は——天井に刺さっていた。
「あたしは殺さないよ。だって会話ができるんだよ。理解できるんだよ。笑い合えるんだよっっ! だったら仲良くすることだってできるはずだよ! 諦めたくないよ!」
涙を流し、悲しげに笑う。
だが、天樹竜は表情一つ変えない。
「……子供だね。アガウェーは」
その諦観を込めた言葉を呟いた直後、ハーンが吐血して腹部が発光する。
彼は魔臓を優先的に回復していた。だが、完全回復しているわけではなく、無理矢理魔法を行使すれば命に関わる状態だ。
「な! くそっ!」
アップルは剣を突き立てるべく駆ける。
が、間に合わず竜の体から天使の形をした花が一斉に飛び立つ。
それら全てに伝言が仕込まれていた。
——なぁ、×××。
——僕はもう助からない。だから見捨てて逃げて欲しい。
——人間を倒すのは力を溜めてからでいい。今は耐えろ。
——大丈夫、お前は強いんだからきっと勝てる。
——それからお前は仲間を過保護に扱いすぎだ。もっと信じろよ。
——じゃあな。みんなを頼んだよ。
その想いの言葉を乗せて天使は飛んでいく。
正確に、迷うことなく。
導かれるようにヒラヒラと舞っていく。
その願いは通路の先の骸樹竜の元へと向かっていく。
そして、竜形態に戻った天樹竜本体は、すでに事切れていた。
「ハーンさん……なんで、どうしてっ!」
アガウェーは膝から崩折れ、声を上げて泣いた。
アップルは、そんな妹の肩を抱き寄せて悲しげに眉を潜める。
二人はリンドウが来るまで、いつまでも動くことができなかった。
——その後、ケイオスに入り込んだ竜は、懸賞首狩人達と、竜殺しのリザードマンによって殲滅された。
多大な犠牲を払ったものの、衛竜を三頭倒したことで人類はほんの少しだけ平和に近付いたのだった。
こうしてケイオス襲撃騒動は収束した。




