第61話 骸樹竜スナップドラゴン戦2・一騎打ち
ケイオス迷宮内第三出入口前修練場。小さな森の箱庭とでもいうべきそこは、木々が林立しており、真ん中には太古の先住民が暮らしていたとされる蔦の巻きついた石造りの建物が寂しげに佇んでいる。
そんな場所でリンドウと骸樹竜スナップドラゴンが決着をつけるべく対峙していた。
『一つ、問おう。なぜ貴様は人に与する』
『俺が人間だからだ』
『人の意識があると? ならば復讐か』
『ああ、それでいい。死にゆくお前にはすべてが真実だ』
殺す相手と長話はしない。敵に情報や時間を与えてしまうからだ。殺しに特化した時のリンドウは恐ろしく頭が冴える。
(遊びはいらない。全開で行く)
リンドウの体が一瞬で宝石のような輝く真紅に染まり、鱗がささくれ立つ。
体中の鱗という鱗に血を流し、竜を殺すためだけに特化した鱗変化応用、超攻撃型形態【鱗変化・竜鏖型】。
血により、体の一部が触れるだけでどんな硬い竜も消し飛ばせる。さらに【鱗手裏剣】で遠距離血液攻撃も可能。だが、血の消費が普段より多くなるため、わずかな傷でも命取りとなる諸刃の剣だ。
『容姿を変える魔法か、いや固定観念はいかんな。貴様に常識は通じまい』
禍々しい暗黒の魔力を纏う骸樹竜。幾人もの人間を殺し、迷宮都市も潰した凶悪な竜だ。油断はしない。
両者準備が整い、にらみ合う。悠然と佇む木から落ちた葉が、彼我の間に落ちたと同時に二頭が動く。
距離を詰めようとするリンドウに対し、敵は予備動作がほぼなく、一瞬で炎のブレスを吐く。
リンドウは回避のため跳び上がり、両手いっぱいの鱗を投擲。
敵は炎のブレスを“捻転魔法”で捻って竜巻へ変えて盾とした。
だが、鱗には赤い鱗の他に、黒くて見えにくいものを混ぜており、いくつか腕に直撃して一部を消し飛ばす。
『私の硬質な体を……面白い』
骸樹竜は、傷を負っても怯むどころか楽しんでいる。そして、この一撃でリンドウの血の特性を理解した。
『接近戦は分が悪そうだな』
敵は竜巻を紐のように捻り、炎蛇にして爬行させる。
リンドウは迷宮樹を盾にかわす。その間に敵は羽ばたき、飛びあがった。
この逃亡のない死闘は“上”をとる戦いである。
なぜならリンドウが上に行けば、たとえ致命傷を負っても血の雨が降ることになり、骸樹竜は大ダメージを受けてしまう。逆に骸樹竜が上を取ればダメージを受けないし、翼やブレスがある分、有利に立ち回れる。
故に戦場は上へ上へと流れていく。が、ここは迷宮、空はない。天井付近で戦況が大きく動くのは間違いない。
そうなると不利になるのは骸樹竜。リンドウは天井を走れるし、粘着する長い舌もある。
樹冠と天井を足場に縦横無尽に動き回られれば、小回りの効かない敵が追い詰められるだろう。つまり最上部に達する前に動かねばならないのは骸樹竜だ。
両者は中腹で付かず離れずの距離を保ちながら、血の鱗と炎蛇の攻防を続けていた。
当然、先に変化を付けたのは骸樹竜だ。
攻防のさなか、魔法で空間の真ん中にある“建造物”を持ち上げていた。リンドウの血が竜にしか効かないのは、木が溶けないのを見て確認済み。そのため、同じく血で溶けない建物で攻防を兼ねるつもりだ。
『さぁ、どうする?』
嬉々として腕を振り、石造りの建造物を飛ばす。リンドウに巨大な塊が迫る。
(ここは上へ——否!)
彼は、上が有利な戦いであるにも関わらず、迫るそれを避けるのに“あえて”下をくぐり抜けることを選択した。
『血迷ったか』
竜の言葉と同時、魔法で石が砕けて瓦礫が降り注ぐ。
(ここを凌げば!)
リンドウが下を選んだのは、上へ山なりに飛ばしておいた鱗から意識を逸らさせるため。
回避しながらそれが落下してくるのを待つ。
時は満ち、敵の頭上で鱗が割れ、血の雨が降り注いだ。
『温いな』
耳の良い骸樹竜は、そのリンドウの策を音で感知しており、一瞥もせず瓦礫の傘で防御した。
『終わりだ』
策を読み、上を完全に取った骸樹竜が畳みかける。傘にしていた瓦礫を魔法で飛ばした。さらに割れた建造物の中からドクロと魚を掛け合わせたような魔法体が出現し、空中を泳いでリンドウに迫る。
(それならば!)
リンドウは四方八方すべて囲まれるも、焦ることなく空中で体を捻り横軸回転を始めた。
巨樹竜戦でも使った【デスロール】だ。
——ワニは獲物に噛み付いた時、デスロールと呼ばれる回転行動を行う——
その応用で空中で高速回転をして体中の鱗を飛ばしたことにより、全方位すべての魔法体を切り落とした。
『面白い、が!』
敵は次の一手をすでに打ち始めており、捻って圧縮した大気を投げつけて仕留めようとしていた。
『ッ!』
刹那、骸樹竜の背中に激痛が走る。確認すると、翼の一枚が溶けていた。
『なっ、一体どこからだ!?』
焦燥。天井を見上げると赤色の固めた泡があった。
能力【泡巣】。
——アオガエル科のカエルの大多数は自らの粘液を固めて泡状の塊を作り、卵塊を保護する——
リンドウは泡巣に血を混ぜて作成し、粘性を持ったそれを時間差で落下するようにしていた。
その作成時に一緒に投げていた鱗を骸樹竜は攻撃のすべてと思い込み、一瞥もせずに瓦礫の傘で防御したのだ。
敵は攻撃を受ける時、視線が動いていないのに気づいたリンドウは、耳で頼っている可能性を考え、この策を思いついた。
時間差攻撃にして二重の罠だ。
敵が動いてしまえば失敗するが、それにも仕掛けがあった。まず、骸樹竜は初めにリンドウの血の特性を知り、遠距離で戦うことを選んだ。
敵は遠距離で魔法を使う時、ほとんどの場面で“静止した状態”から腕を翳して放っていた。ブレスも同様だ。
リンドウが建物の下をくぐるのを選んだ理由は、この癖を見抜いていたのもあったのだ。あえて魔法を使わせることで動きを止めた。
彼の一挙手一投足すべてが布石だったのだ。
『クッ!』
骸樹竜は、すでに二枚しかなかった翼の一枚を捥がれたため飛行の維持は叶わない。無論、魔法で浮くこともできない。竜の飛行は翼が生命線なのだ。
自由落下で落ちる竜。
リンドウが上になり、敵を見下す。上を取るのに自らが行く必要はない。相手を落とせばいいのだ。
『この程度、造作もない!』
竜は、下の血溜まりに落ちていくが、大気を捻り、血を吹き飛ばして難を逃れる。
しかし、その一手の遅れがリンドウに接敵を許すには充分な時間だった。瓦礫を蹴り、竜の真横へ。
(これで詰みだ!)
『まだだ!』
リンドウの一撃が当たる瞬間、敵は自身の体を魔法で極限まで捻った。紙縒のごとく細く伸ばし、致命傷となる臓器へのダメージを避ける。さらに反撃として左腕で吹き飛ばそうとしていた。
それをリンドウは、体を捩って回避しながら、尻尾を叩き込む。
敵も懸命に回避しようとするが、尾の先がわずかに膨らんでいることに気づく。
『な、まさか——』
尻尾に仕込んでおいた“音樹竜鱗”が割れて超高音が鳴る。
——一部のトカゲは尻尾に栄養を貯めることができる。そのため尾が膨らむ——
尻尾内に空間を作って栄養の代わりに竜鱗を仕込んでおいたのだ。もちろん、リンドウの血は竜鱗を溶かすので、触れないよう別の素材で包んでおいた。
「ガァァァ!!」
骸樹竜は、脳を揺らすような気持ちの悪い感覚に思わず叫びを上げる。平衡感覚が失われ、魔法を使う余裕もなく巨躯が傾く。
敵の体は、音樹竜鱗が割れた時に尻尾の肉片もろとも飛び散った血でいくつも穴が空き、さらにリンドウの追撃で四肢はほぼ薄皮一枚で繋がっているのみだった。
一方で距離を取ったリンドウは平気な表情で樹上にいた。彼は戦う前から鱗で耳を塞ぎ、音から自身を守っていたのだ。竜と対話するのに聴力は必要なく、信号があれば良い。だからこそ違和感を覚えさせることなく取れた策だ。
さらに尻尾の膨らみに関しても布石があった。薔薇樹竜との戦いの最中に使った【滑空】の時だ。木の葉状に広げた尻尾を骸樹竜に目撃されていたため、敵は“尻尾の形は変化するもの”ということを無意識の内に刷り込まされていた。
だから、尻尾が多少歪でも違和感として認識されなかったのだ。それでも歴戦の勘でギリギリに気付いたようだが、すべては手遅れ。
『グガ、すべては貴様の手のウエカ……』
この修練場に誘い込まれた時点で勝敗は決していた。リンドウはあらゆる事態を想定して準備していたのだ。盤上の駒が遊戯者に勝てるはずもなかった。
竜が地面に倒れ、砂埃が上がる。
『だが、まだ』
せめて、天樹竜だけでも救おうと最後の力を振り絞り、這いずるように通路へ駆ける。四肢がもげ、内臓を落としても止まらない。
だが、それを阻むように通路手前に張られていた糸に触れ、爆樹竜の魔臓の爆弾が爆発。その場に叩きつけられた。
『悪いが対策済みだ』
リンドウがゆっくりと後ろを歩いていた。有無を言わさず仲間を奪還しようとするのを想定して姉妹に罠を仕掛けさせていたのだ。
『グガ、コレサエモ……』
体が半壊し、ついに動けなくなった竜。そこにリンドウが近づく。
『お前は俺と似ている。搦め手を使わなければ勝てなかっただろう』
戦闘狂でありながら仲間を大切にするという側面を持つ両者。
勝敗を分けたのは、骸樹竜が仲間を守ることに注力したのに対して、リンドウは仲間と共に戦おうとしたことだ。アップルとアガウェーが天樹竜を倒せると信じて託した。そして結果、策は成就した。
妻ダリアと英雄になるという約束をしていなければ、敵の行動の違和感に気付けなかっただろう。
——英雄は感情的行動と合理的行動を両立させなければならない。
仲間を守ることと敵を倒すこと。どちらも両立させようと踠くリンドウと骸樹竜。似ているからこそ次の一手を読み切ることができたのだ。
(お前はいなくなっても俺を助けてくれるんだな)
亡き妻を思い、柄にもなく表情に影を落として笑う。そして、骸樹竜に向き直る。
『俺が竜だったならお前と友になれたかもな』
それは自分が人間であると言い聞かせる言葉でもあった。
骸樹竜はそれを理解したのか分からないがほんの少しだけ口角を上げ、何かを追い求めるように通路に手を伸ばす。
『にげ……ろ』
その時だった。
通路の先から一匹の天使の形をした蝶のような何かが、花びらが舞うように近づいてきて竜の指先に止まる。それを見て一瞬、目に光を取り戻した骸樹竜だったが、やがて目を閉じて事切れた。
天使の形をしたそれは、いつまでもその場から動くことはなかった。




