第60話 骸樹竜スナップドラゴン戦1・隙
赤い体に同じく赤い布を被ったリンドウと、ドクロ模様を背中に携えた骸樹竜スナップドラゴンは、幾度も干戈を交えるが、お互い決め手に欠けていた。
その時、リンドウの感知能力に反応。
(……! どうやら上手くいったか)
策の一つが成就しそうだ。その前に敵を引き離さなければならない。
(あわよくば仕留めてやる)
殺せると思っていないが、殺す気でやる。
そう決意して、リンドウは敵のいる空へ一直線に跳んだ。翼なきものが空中に跳ぶということは裸で戦場に赴くようなもの。最も行ってはいけない愚策だが、あえて彼はそれを選択した。
骸樹竜はその無謀な行動に一瞬だけ逡巡するが、すぐに切り替えて魔法で殺しにかかる。
リンドウは右腕を翳す。すると、見る見るうちに腕が太くなり、前腕が六角形の盾型に変化する。
鱗変化の応用、防御特化形態【鱗変化・亀甲型】。
姉妹と出会った時にアップルが使っていた“亀竜盾”を参考に開発したものだ。右腕の鱗の塊を盾型にして圧縮して強度を上げた。重心が偏るため攻撃速度と移動速度が落ちるのが欠点だ。
敵は捻転魔法を発動する。それにより、腕の盾が軋むが、破壊には至らない。
(よし、悪くない)
リンドウはそのまま接敵し、切り裂きにかかる。だが当然、自由に飛べる竜は横に移動してヒラリと簡単にかわす。
無防備になったリンドウは、敵に見えないように口から“爆樹竜の魔臓”を吐き出した。
——一部のカエルは胃袋を吐き出して洗浄出来る——
それの応用で胃の中に仕込んでおいたのだ。手に力を込めて刺激を与えた直後、目の前で爆発。
「グガッ!?」
リンドウは、爆風を使って空中で進行方向を無理矢理変えた。体は右腕を盾にすることで無傷。
竜は一瞬だけ驚きの色を覗かせるが、すぐに回避行動をとる。
(逃がすか!)
そこをカメレオンのごとき長い舌で敵の腕を絡めとった。舌筋を収縮させて距離を詰める。
「グルァ!」
だが、竜は自らの腕を魔法で捻り、元に戻す反動で舌を引き剥がした。敵の腕は捻ったにも関わらず無傷だ。
(ちっ、そんな小技もあるのか)
落下していくリンドウ。
追撃に魔法が来る。が、【脱皮】で皮を盾に逃れた。
敵は爆発を警戒してか、それ以上の追撃はしてこなかった。
(やはり無理か。仕方ない。“ここ”での決着は諦める)
リンドウが転落した先には“ケイオス第四出入口”があった。
そこから丁度よく出てきたのは——人型をした“天樹竜”だった。油断しているそいつの背後から、魔臓があるであろう腹部をひと突き。
「がっ……!」
後ろを振り返ろうとしたところで尻尾を頸部に叩き込んで意識を刈り取る。気絶した天樹竜を担ぎ上げた。
そこに骸樹竜が急降下してくる。
「……グルル」
が、リンドウを襲うわけでもなく、目の前に降り立ち、歯を出して怒りを露わにしたまま動かない。
両者、睨み合ったまま時間だけが過ぎる。
それを見てリンドウは確信する。
(やはりな。こいつの弱点は——“仲間を見捨てられない”ことだ)
骸樹竜の中には明確な優先順位があり、最も優先するのは徒竜以上の仲間を守ること。徒竜以上なのが分かったのは、初めて戦った時リンドウもろとも眷属竜を殺しにかかっていたから。
二番目に優先するのは赤鎧のヴェステンのような目立つ装備を持つ人間を殺すことだ。骸樹竜と合同討伐隊が接触した時、初めにヴェステンやリンクスを狙っていたのが証拠だ。天樹竜が『目立つ色のヤツを狙え』とでも指示したのだろう。
リンドウが目立つ体色にしたり、布を被っていたのは、この説を立証するためだ。結果、敵を誘き寄せることができた。
骸樹竜の本来の目的は誘い出した人間を殺すこと。ギフトの主力であるヴェステンやリンクス、フラズグズル姉妹などを始末することでケイオス制圧をやりやすくするためだ。
しかし、前述の優先順位により行動の歪さを生み出した。
リンドウが気付いたきっかけは、薔薇樹竜との戦闘時、割り込んできた骸樹竜にリンドウの毒吐きが眼に簡単に直撃を許したこと。
それと雑魚ごときに翼をもがれたこと。初めはヴェステンを狙っていたが、姉妹に仲間がやられそうなのを見て攻撃相手を変更、その時に翼を斬られたのだ。
いずれも他の竜を守る時に見せた動き。仲間を守るという行動が先に出てしまい、防御が間に合わなかったのだ。
その違和感をリンドウは見逃さず、策を立てた。
敵の仲間を目の前で捕縛することでこちらに手を出させなくする。
姉妹には、匂い付けのための“臭樹竜鱗”入りのワイン樽を天樹竜に浴びせろと頼んでおいた。そのおかげで敵がケイオスから出る頃合いも把握できたのだ。
姉妹や黒狼団や自分がやられたり、タイミングが違えば失敗する綱渡りの策。だが、何とかここまで成功した。あとは——。
『俺の言葉が分かるか』
リンドウは修行の成果もあり、竜の信号を覚えていた。言葉を竜語に変換して信号を飛ばした。
骸樹竜は目をわずかに見開いて信号を返す。
『貴様どういうつもりだ』
『仲間は預かった。妙な動きをすればこいつを殺す。お前が取れる選択肢は二つ。一つは仲間を見捨てること』
“自害させる”という選択肢はない。
それを提案すれば今すぐリンドウを殺しにかかってくるだろう。仲間を助けられず自死を選ぶくらいなら相手もろとも殺す。当然その思考にたどり着くはずだ。
こちらとしてもそれは避けたい。ならば。
『もう一つは、俺の指定する場所で“一騎打ち”をすることだ。お前が勝てば仲間を解放する』
希望を与えることで行動を操る。
骸樹竜は一瞬思考する。
『解放するという保証は?』
『ない。信じられないというならそれでいい。俺はこいつを殺して去るだけだ。衛竜を一頭殺せるだけでも十分だからな』
両者の実力は拮抗している。翼の有利は森の地形で相殺され、両者決め手に欠けているのが現状。
敵も数度の戦闘でそれを把握しているため、取る選択肢は自ずと一つ。それが罠であろうとも。
『……一騎打ち、いいだろう。場所は?』
『ついて来い』
ここまでは計画通り。
リンドウの策は最終段階に移行しようとしていた。
◇
ケイオス内部第三出入口前修練場。
アップルが武器を新調した時に使った場所だ。巨木が林立し、天井も高くないそこはリンドウが竜と戦うには打って付けだ。
待っていたフラズグズル姉妹が人型の天樹竜を預かる。
「神様、気を付けて」
リンドウは深く頷き、大人しく待っている敵へ向き直る。
目の合った骸樹竜が信号を飛ばしてくる。
『私の隙を見つけ、奇策を見いだした貴様の手腕は認めよう。だが、一つだけ失敗だったな。一騎打ちならばこちらも望むところ。何も憂うことなく敵に集中できるのだからな。それに私は——』
紫水晶のような瞳を光らせながら、残る二枚の翼を広げて立ち上がる。
『好きなのだよ。殺しが』
瞬間、可視化出来るほどの禍々しい漆黒の魔力が体中から溢れ出す。
それは、リンドウが今まで戦った相手との格の違いを示していた。
そして、骸樹竜との最後の戦いが始まる。




