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第6話 小さな勇者2・泥凶竜ミクロ戦

 八区の中枢。少女アンは白髪を額に張り付かせながら、子供達と暗がりを歩いていた。当初と比べて歩く速度は落ち、グズる子供が増えてきた。


「……もう動けない。疲れたよぅ」


 一人の子供がうずくまる。


「……そうね、休憩にしましょう」


 暗がりを何時間も歩いたのだ。よくやった方だろう。


 終わりの見えない旅路。やっぱり留まるべきだったかもとアンの心に不安だけが募っていく。


 ここまで竜の死体しか見ていない。いくらなんでも運が良すぎる。誰かが助けてくれているのだろうか。だとしたら姿を現さないのはなぜなのか。


「やっぱおかしいよな」


 疲れを感じさせない最年長ワッパは、彼女の思考を読んだかのように口を開いた。


「意外。あんたも気付いてたの?」


「んあ?」


「……何の話だっけ?」


「世界中の坂道は上り坂下り坂どっちが多いかって話だよ。みんなまったく同数だって言うんだけどよ、ぜってー上りが多いよな。だって上ってる辛い記憶ばっかだもん」


「……ハァーーーー!」


 アンは『このクソガキ殺すぞ』と思いながら体中の空気を排出する勢いの大きなため息を吐いた。せめて有能な相談相手が欲しかったと彼女は内心嘆いた。


 ワッパ(ゴミ)を見たくないので虚ろな目をした少年バーニッシュに視線を移す。彼は白いウジ虫が腕を這っていくのをぼーっと目で追っていた。



 リンドウは子供達の会話を盗み聞きできる距離で同じく休憩していた。


(子供か……)


 妻ダリアとの間に子供はいなかった。竜から逃れ、生活基盤を確立するだけで手一杯でそんな余裕はなかった。ようやく生活が落ち着いてきたところで今回の襲撃。


 もし、あのまま何もなく平穏に暮らせていたらアンやワッパのような子供がいたかも知れない。自分が父親になるなど想像もつかないが、彼らの会話を聞いていたらほんの少しなってみたいと思った。そんならしくない夢想を思い描いていると、ワッパの声が聞こえてきた。


「なぁ、もし竜が居なくなって外を自由に動き回れたらどうする?」


 アンが答える。


「……そんなことあるわけ……でもそうね、妹に会いたいな」


「妹? 初耳だ」


「言ってなかったからね。アンタ口が軽いし。……妹は私とおんなじ雪のような白い髪でさ。かわいくて、人たらしでみんなの人気者だった。血は繋がってないんだけど仲良くてさ。喧嘩なんて一度もしたことがないくらいにね。そのままずっと一緒に暮らせると思ってた」


 ワッパは黙って聞いている。


「だけど五年前、竜が現れた時に別々の場所にいてさ、離ればなれになったんだよね。探すことも出来ないまま人混みに流されて迷宮に隠れたから生きているのかさえもわからないの」


 アンは視線を落とし、暗い表情をした。


 見かねたワッパが口を開く。


「そっか……じゃあさ、いつか探しに行こう! 俺の親父が今“紅鷲団”の団員でさ、竜を倒すために頑張ってんだ。それでいつか親父達が全ての竜をぶっ倒したらさ、行こうぜ! もしダメでも俺が大人になったら探してきてやるからさ!」


 不器用に言葉を並べ立てるワッパ。


 その優しさにアンは微笑(ほほえ)んだ。


「……ありがと。ワッパがいて良かったよ」


 皮肉ではなく、心からの言葉だった。


「な、なんだよ急に……ちょ、ちょっと見張りの様子見てくる!」


 そう言って、足音が遠ざかっていく。


 リンドウは、二人の青臭い会話にほんの少し心が温まった気がした。そして自分が竜を倒さなければと心を奮い立たせる。瞬刻、異変に目を開ける。


(竜ってのは相当暇なようだな)


 気配を感じる。かなりの数だ。子供に気付かれないようひっそりと抜け出す。いくつかの角を曲がった先にそいつらはいた。


 ——泥凶竜ミクロ。人間の子供くらいの大きさの小型の二足歩行の竜。集団で行動することが多い。泥魔法を使う——


「ギィギィ、ギィギィ」


 泥竜の群れが野生の獣にありがちな不快な甲高い声を上げながら移動していた。


(ここには十頭。だが、周囲にあと四つ群れがいるな……全部で五十頭以上か)


 負ける気はしないが、数が多いだけに殺り損ねて子供の方に逃げられると困る。


 ——闇討ち。


 真っ先に浮かんだ殺し方だ。あまり好きではないが背に腹は変えられない。少し後退して待ち伏せ場所を見つける。


 リンドウは【吸着歩法】を使い天井に張り付いた。


 ——ヤモリは手足の細かい毛を使うことで壁や天井に張り付くことができる——


 さらに【体色変化】により体の色を背景に溶け込ませる。


  ——カメレオンは体温調整や敵から身を守るなどの理由から自由自在とはいかないが、体表の色を変化できる——


 リンドウの場合、今のところ元の色の深緑の他に黒系、茶系に自由に変化できる。移動中も隠れるために使っていた力だ。迷宮は薄暗いので黒系を中心に背景に近い色を選んでいる。


 壁の色に近い黒に変化したリンドウが張り付いたのは十字の通路の上。


 竜同士が連携を取るために使う信号は、相手に向かって能動的に飛ばさないとダメだということは事前に確認済み。つまり、目視や臭いで見つかっていなければリンドウが天井に隠れているとは分からない。


 そっと息を潜め、群れの最後尾が十字の真ん中に入った瞬間。天井から尻尾だけを張り付けたまま逆さまの状態で大口を開け、一頭の泥竜の首根っこを噛み砕く。そのまま死体を(くわ)えて横の通路へ。


 残りの群れは仲間の信号が消えたのを感知したのか背後を振り返る。そこには血溜まりのみ。


「ギィ?」


 血を囲むように車座になり不思議そうに何かを話している。


 リンドウはすでに違う群れに移動していた。一撃離脱で敵を撹乱する戦法だ。他も同じように隠れて少しずつ数を減らしていった。音でおびき寄せたり、コウモリを捕まえて暴れさせ視線を誘導したりしながら敵を半数まで減らした。


(チッ、そっちに行くな)


 群れの一つが子供達の方へ向かっていた。どうしてこうも起きて欲しくないことは必ず起きるのか。悪態をつきながらも足は止めない。


 群れに追いつくと角から様子を伺う。残り四頭。リンドウが思っていたより一頭少なかった。


(感知ミスか? それとも)


 気掛かりであったが今は保留。リンドウは素早く四頭を暗殺して他の群れへ向かった。他も難なく潰し、最後の一頭になる。そいつとは正面で対峙する。


 前述の通り闇討ちは好きではない。だから最後くらいは正々堂々戦おうと決めていた。体裁としては一応、敵の能力を見るためでもある。


「ギィィィ!!」


 怒っているがリンドウの半分ほどの大きさのため怖くない。泥竜ミクロは息を大きく吸い込み、泥弾を吐いた。リズム良く三発。


 難なくかわすリンドウ。壁に着弾した泥は破裂し粘土のようになって張り付いた。


(泥で動きを封じ、その間に攻撃して眷属を増やす戦法か)


 リザードマンのリンドウにはなんてことないが、人間には脅威だろう。おまけにこいつらは集団で行動している。木っ端の兵士ではおそらく勝てない。小さくても竜。侮ってはいけないのだ。


 リンドウは泥を回避しながら距離を詰めて軸足を支点に回転、尻尾で首をへし折った。


(周囲に敵影なし。戻るか)


 消えた竜が気になったが、子供達の位置が変わっていないことから問題なしと判断して寝床へと帰った。



 アンは物音に目を覚ました。音のする方に目を凝らすと、相変わらず光のない目をしたバーニッシュがこちらに歩いてきた。


「どこ行ってたの? おしっこ?」


 彼は首が落ちるのではないかというくらいガクンっと勢いよく頷いた。


「勝手に動いちゃダメよ。危ないんだから」


 アンは彼の頭を優しく撫でた後、見張りの交代までもう一度浅い眠りにつくことにした。彼女は見逃したが、バーニッシュの腕に引っかき傷ができていた。血は出ていない。彼は傷を隠すように袖を引っ張った。

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