第59話 薔薇樹竜ロズ戦
謎の黒い不定形生物コバコは、ケイオスの東にいた。見上げた先には、衛竜の薔薇樹竜ロズ。それと取り巻きの爪樹竜デビルズクロウ。コバコには気付いていない。
その時だった。突如、手投げ斧が回転しながら飛来し、爪樹竜の喉を裂いた。
投擲地点には、金髪碧眼の“ジャンヌ”擁する黒鎧を纏った四人の黒狼団ダークウルフがいた。
「いい腕だ“ハルバド”」
「……ああ」
浅黒い肌で筋骨隆々なスキンヘッドの男——ハルバドは無愛想に返事をした。基本的に無口だが、無類の斧好きでそのことに関しては饒舌になる。
「ヒッヒッヒッ、早く殺りましょうヨ、団長ォ」
髪を紫色に染めた虚ろな目をした男、“サイコ”が促す。趣味は読書で酒を飲んでいる時だけ大人しいというあべこべな男だ。他に好きなものは肉の解体。まだ人間は解体したことがないので安心。メインの武器は手甲剣だが、体中に暗器を仕込んでいて組み合わせて使う。
一方、女団長ジャンヌは手慰みに鱗を転がしていた。それには『バラを殺せ』と書かれていた。
「ふっ、ミミズがのたうち回ったみたいで分かりやすい字だな」
「どれどれ、本当だ。考古学者さんが好きそうな読みやすい字だことで」
皮肉を吐いたのは黒狼団のおしゃべり役で明るい赤毛を持つ優男“ヨクス”。歯が妙に白いのと女好きが特徴。
そんな愉快な仲間達を呼び寄せたのがコバコだ。リンドウの指示で黒狼団を探し、指示を書いた鱗を渡したのだ。
リンドウの策では薔薇樹竜をどう止めるかが要の一つだった。情報が最も少ない薔薇は動きが読みにくい。そのため対策が必要で、現状の戦力で一番止められそうなのが衛竜狩りの実績がある黒狼団だったのだ。
おしゃべり役ヨクスが口を開く。
「にしても早くも発見とはついてるねぇ。どうする団長?」
「鱗一枚で命令してくる奴は気に食わんが、当然、狩るぞ。相手も我々を気に入ってくれたようだしな」
薔薇樹竜は、歯をむき出しに狙いを黒狼団に定めていた。
ジャンヌは二振りの剣を抜く。一本は琥珀色の剣“ミズブレード”、もう一本は黒狼獣竜の体から作った漆黒の剣“黒狼竜剣”。数多の竜を屠ってきた愛剣達だ。
「作戦はどうします?」
「虐殺」
「分かりやすくて助かるねぇ」
「散れ」
それを合図に四人の狼達は一斉にばらけた。
竜が両手を翳すと体の棘付きツルが震えだす。それを黒狼達のいる森に振るうと、木々が鋭利な刃物が触れたように細切れにされていく。当たればいかにジャンヌの着る衛竜の鎧でも容易に切断されるだろう。
「これが振動魔法か。マッサージには使えそうもないな」
敵が振動魔法を使うということは、リンドウからコバコ経由の鱗で伝えられていたため焦りはない。
黒狼達は木を縫うように移動して避ける。
まず、攻撃を仕掛けた狼は斧使いハルバドだ。北に位置する彼は腰に数十本も括り付けた斧を二本取り出して投げる。
「ギギィ!」
一度見て学習していた爪樹竜は、一本を叩き落とし、もう一本を避けた。だが、斧に括り付けられていた“蜘蛛竜糸”により翼と腕を絡めとられ、地面に叩き落とされた。
「ギギィィィィ!」
落ちた敵を背中に携えていた巨大な槍斧で切断した。
蜘蛛竜糸は、衛竜である蜘蛛蟲竜の巣から拝借した糸を撚り合わせて作った武器だ。細く見えにくい割に切れにくく、捕縛に使える。ハルバドも重宝しているが、その真の目的は斧の回収だ。
「……回収回収」
糸を手繰り寄せるだけの地味な作業だが、彼はどこか嬉しそうだった。
一方、南では紫髪サイコが暴れていた。
「ヒッーハッハッ! 死ねっ死ねっ!」
サイコの左腕に装着した“芋貝水竜の針砲”が眷属竜の腹に炸裂した。
高速で射出される極太の針を撃ち込む武器で、射程は短いが並みのクロスボウよりも早くて強い。撃ち込んだ針には“針殺魚水竜の返し”が付いており、一度食い込んだら抜けにくくなっている。
さらに針の根元には薇樹竜のツルが繋がっており、敵の内臓を抉りながらサイコの元へ引き寄せる。
「オラァ!!」
敵を眼前まで引き寄せたサイコは右腕の爆樹竜の棘皮を使った棘付き手甲で相手の顎を粉砕した。加えて彼は敵の内臓を引き摺り出して殺した。
「いい腸持ってんなァ! 縄跳びに使ってやるぜェ! ヒャハハハハハ!」
勘違いされやすいが彼は普段は良い奴で、本と酒を与えておけば暴れることはない。ただし、ジャンヌの主観である。
その紅一点団長ジャンヌは東で築いた雑魚竜の屍の山の上で薔薇樹竜を見上げていた。
「さて、後どれくらいで山の先端が奴に届くかな」
ジョークを飛ばしつつ敵を観察する。竜は相変わらず優雅にその場を飛んだままで、周りには何十頭もの爪樹竜と眷属竜がいる。
敵の攻撃は、爪樹竜一頭に眷属竜五頭の組み合わせをけしかけるのが基本で、隙あらば薔薇樹竜がツルで狙う。決して自分は人間に近付かない堅実な戦い方だ。
「このままではジリ貧だな」
負ける気はしないが、敵の数が減れば逃げられて終了の公算が高い。そんなマヌケな結末を彼女が望むわけはなかった。
じっくり考察していたその時、ツルの攻撃がジャンヌの乗る死山を破壊した。彼女は避けながら、なおも策を練る。今手持ちの手札で出来ることを模索。
が、刹那、茨が地面から突き上げてくる。周りを囲まれ、逃げ場がない。
薔薇樹竜必勝の技“茨の籠”。
ヒサメにも使用したそれは、体から切り離したツルを振動魔法で操り、ミミズのように穴を掘らせ、獲物を囲むように突き上げて檻を作る技だ。
空から直接、投網のように囲む使い方もあるが、薔薇樹竜は獲物の絶望する顔を見て楽しむきらいがあるためほとんどが潜行型を使う。
「ほう、面白い技を使うな」
ジャンヌが笑う。これもコバコからの情報で知っていたため焦燥はない。知ってなくても焦らないが。
「さてと」
急にジャンヌの瞳が猫目のように縦に伸びる。鍛冶師キュクロの作った竜器の一つで鷹獣竜の角膜より作られた、その名も“竜眼”だ。
数年前、人類は竜衣の開発によって身体能力が飛躍的に向上して竜と戦えるようになったが、性能が上がるに連れて視力が追いつかず限界が見えていた。
そんな時、キュクロは竜の瞳に注目し、これを人に使えないかと考えた。幾度もの動物実験を重ね、ついに人間による臨床実験の段階まで進み、キュクロ自身を被験体に使った。
しかし、一度目は失敗に終わり、左目を失った。それでも心は折れず、改良を続けてついに完成したのがジャンヌの着けている世界にたった一つの竜器——竜眼だ。
「ふっ、こいつはいい」
彼女は竜眼により驚異的な速度でツルを観察する。すると、ツルの一部が欠けているのを見つけた。
幾度も攻撃に使用し、加えて振動を与え続けて酷使したせいで部分的に傷んでいたのだ。
「キュクロが作ったにしては面白い竜器だ」
ジャンヌは狙いを定め、綻びを琥珀色の剣ミズブレードで叩き斬って脱出した。
わずかにシワを寄せる薔薇樹竜ロズ。
「オモチャを壊されて不機嫌そうだな。案ずるな。すぐに貴様も壊してやる」
ジャンヌは、そう言いながら背後から迫る眷属竜二頭を瞬殺した。竜が羽ばたいた時に舞う砂埃を竜眼で捉えたのだ。
間を置かず、情熱的に舞う踊り子のように動いて雑魚竜を屠っていく。
二刀流は派手さはあるが実用性があると言われれば疑問が残る剣術であり、しばしば議論を呼んでいる。
その最たる使い手であるジャンヌは格好の批判の的であり、口だけが達者な貴族や年だけ無駄に食った剣術家にいびられていた。そんな奴らに彼女は決まってこう言う『極めてから言え』と。
「うーん、いつ見ても美しい」
おしゃべり役ヨクスは少し離れた場所で剣舞を舞い踊るジャンヌを惚れ惚れと見入っていた。彼女と目が合い、竜を引き連れて向かってきた。
「おや、こっちに来られると困るなぁ、いや抱きついてくれるならやぶさかではないけどねぇ」
彼が悩んでいるとジャンヌが横を通り過ぎ様に一言。
「来い」
「喜んで」
二人は森の中へ消えた。
その間、ハルバドとサイコが場をかき乱す。
「グルル……!」
なかなか狼達を仕留め切れないことに業を煮やした敵が動いた。玉響、薔薇樹竜の胸部が淡青に光る。
「ヒャハハハ! やばそうだなァ!」
楽しそうにサイコは森の奥へ逃げた。直後、勢い良く吐き出された氷のブレスが正面の森を凍らせていく。
ここまで敵が使用しなかったのは、前述の“茨の籠”を使いづらくなり狩りを楽しめないからである。地面が凍り、ツルを出しにくくなるのだ。
薔薇樹竜は出来上がった氷の剣山を満足げに眺める。その時、双剣の剣士が氷山の一角に現れた。
「グガガァ!」
待ってましたと言わんばかりに叫び、振動を得たツルで殺しにかかる。
双剣の黒狼は、その攻撃を華麗に捌きつつ、氷を伝って薔薇樹竜へ近づく。そして一際高い氷山の頂上から敵に向かって大跳躍した。
薔薇樹竜はその暴挙に不敵に笑い、黒狼に狙いを定める。
が、次の瞬間。首に激痛が走り、視界がブレる。
「足場を作ってくれるとはありがたい。礼に貴様の体を余すことなく竜器に使ってやろう」
いつの間にか真横にいたジャンヌによって薔薇樹竜の首が切断されていた。
「ズァ……!」
何が起きたか。それは、まず、ジャンヌは森の中に身を隠した時、ヨクスに剣を渡して入れ替わっていた。
黒狼団は皆、黒い竜鎧装備なので初見では見分けがつきにくいのだ。竜にとって人間はみな同じ肉塊に見えるので尚更だ。
そして次に敵のブレスの後、入れ替わったヨクスが氷山の上にあえて姿を晒して敵の視線を全て集めた。
その隙にサイコが“操寄蟲竜の傀儡針”で爪樹竜を操作した。その針を脳にぶっ刺すとわずかながらに竜を操れる。ただし、上手く操れるのは世界でサイコただ一人。
ジャンヌはその操作された竜に乗って背後から近づき、他の爪樹竜を足場にして大将首を落としたのだ。取り巻きで守りを固める薔薇樹竜の慎重さが仇となった。
「じゃあな。感謝しよう。これでまた勲章が増えて王族貴族の小言が減る」
その勝利宣言に反抗もできずに竜は切断面から血を吹き出しながら墜落していく。
ジャンヌはそれを踏み台に爪樹竜に接敵、首を刎ねていく。
「残党狩りだ。一頭も逃すな」
「仰せのままに」
容赦はしない、それが黒狼団なのだ。




