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【完結】竜殺しのリザードマン 〜竜に支配された世界で自分だけ“竜殺し”の力を手に入れて“劣等竜リザードマン”になった男の逆襲物語〜  作者: 一終一(にのまえしゅういち)
第2章 懸賞首狩り編

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第58話 天樹竜エンジェルオーキッド戦

 犯罪迷宮都市ケイオスに帰還した(さび)色鎧の姉アップル。大人がやっと入れるくらいの狭い第四出入口から入るが、いつもいる見張りの兵がいない。


「くそっ……」


 もうやられたのかもしれない。アップルは歯噛みしながらギフトの方へ向かった。道中、竜や人の死体を避け、懸賞首狩人(かりゅうど)集会所ギフト本部に着いた。


「誰か居ないか?」


 扉を開けると中はぐちゃぐちゃに荒らされていてそこら中に血痕(けっこん)があった。奥から何かが現れる。


「アップル……アップルかい!?」


「ハーンさん! 良かった無事だったか!」


 ギフトの受付係である彼はボロボロの衣服に擦り傷だらけの体だった。綺麗な黒い髪も乱れている。


「ケイオスが……竜に襲われて……それで、僕だけ隠れて、みんなは……ああ」


 頭を抱えてしゃがむハーンの肩にそっと手を差し伸べる。


「大丈夫、大丈夫だから。隠れるのは恥じゃない。仕方ないんだ。それより、アガウェーが怪我(けが)したんだ! 運ぶのを手伝って欲しい!」


「あ、ああ、わ、分かった!」


 彼はおぼつかない足取りでアップルの後を追った。


 ギフト第四倉庫。扉を開くと妹アガウェーが上半身を箱の隙間に突っ込んで何かを探していた。


「……アガウェーかい? 怪我は大丈夫?」


 ハーンが不思議そうに話し掛けた。


「ちょっと待って、あ、いたいた」


 ネズミを鷲掴(わしづか)みにして立ち上がる。


「それは……ネズミかい? こんな時にどうしたの?」


「あのね、ハーンさんにお願いがあってね。このネズミに——あなたの血を飲ませてもらえないかな?」


 彼の表情は変わらない。


「……今はそんなことしている場合じゃないよ」


 背後にいるアップルが真紅の剣を抜く。


「ハーンさん、貴方は怪し過ぎる。神様から聞いた話では遠征の時、まるで私達の居場所を把握してるように竜の群れがけしかけられていた。そんなことが出来るのは遠征部隊の人間か、ギフトの関係者で、なおかつ竜に内通しているものだけだろう」


 切っ先を向けたまま続ける。


「そして私が拘束された時に起きたケイオス内部での殺人。被害者五人の内一人だけ死体がなくなっていた。それは、きっとケイオス襲撃のために潜ませておいた竜が故意か事故か分からないが食べてしまったんでしょう」


 ハーンは無言で聞いている。


「それに焦った貴方はとっさに私を犯人に仕立て上げることを思い付いた。私の剣をなんらかの方法で偽造、使用して四人を斬り殺したんだ。だが、それがさらに犯人を絞ることになった」


 アップルは手に汗を(にじ)ませながら、さらに続ける。


「あの時、武器が変わっていたのを知っていたのは限られた人間だし、夜中から朝方までに犯行が可能なものは、時間的余裕があり、討伐証明に武器を扱うギフトの関係者、なおかつ私の武器を鑑定していた貴方だけだ」


 アガウェーの表情は(くも)っていた。


「決定的なのは今回の合同討伐。私達は、レフティさんにより突然場所変更を告げられたが、指示したのはハーンさん、貴方からだと聞いていた。恐らく、不穏分子(ふおんぶんし)である神様と黒狼(こくろう)団を遠ざけるためにでしょう」


 一歩ハーンに近づき、続ける。


「神様から話を聞いて、他にも思い当たる(ふし)があった。行方不明者の注意喚起の時に“犯人は人間”と断定したこと。竜かもしれないのに。そして、私が貴方の前でだけ涙や鼻水が止まらなくなったこと。樹竜は植物に似た性質を持っているから粘膜の弱い私はそういった症状が出やすいんだ」


 そして、アップルは語気を強める。


「これら全てのことが貴方こそ黒幕であり、竜であることを裏付けているんだ!」


「……物的証拠もなく憶測だけで僕を疑うのかい?」


「だからこそ、血を飲ませて無実を証明して欲しい……出来ないのなら拘束する」


「……そうかい。分かったよ」


 彼は携帯していたナイフを取り出し、手のひらを切った。


「そのネズミを貸してくれるかい」


 血の流れる手を差し出し、アガウェーの手が触れる距離まで近づいた、瞬間。


 ハーンは手を振り、血を彼女の兜に飛ばす。


「アガウェー!」


 アップルは素早くハーンの背中に斬りかかった。


「大人しくしていれば楽に眷属にシテヤッタモノヲ!」


 刃は届かず、ハーンの体が光り、変形していく。


 天使のような白い翼が四枚。白髪のようなツル、羽毛のような鱗、長い口吻(こうふん)と尻尾。


 ——天樹(てんじゅ)竜エンジェルオーキッド。衛竜。変身魔法を使う——


「やはり……ハーンさん、いや天樹竜! お前をここで討つ! アガウェー行けるか!」


「うん、大丈夫!」


 アガウェーは兜に付いた血を(ぬぐ)い、戦闘態勢に入った。


 先に動いたのはアップルだ。食料棚の上部を足場に斬りかかる。


 倉庫に呼び出したのはネズミを捕まえるためだけではない。巨体である敵の動きを制限するためでもある。


 天樹竜は、彼女を尻尾で叩き落とそうと試みるが、棚が邪魔で上手くいかず翼を一枚落とされた。


「コザカシイ!」


 敵の指がアップルの剣そっくりに変化する。その一振りで棚を切断した。


「そうやって私の武器を偽造したのか……!」


 嫌悪感を示すが油断はなく、落ち着いて回避した。


 一方でアガウェーは棚の隙間にクロスボウを差し込み、隙を(うかが)っていた。狙いを定め、粘着網(ねんちゃくあみ)を射出。


「ナメルナ!」


 竜は、首だけ彼女に向け、風のブレスを放つ。


「うわっ!」


 網、棚、アガウェーをまとめて吹き飛ばした。彼女は棚に押し潰され、砂煙の中に見えなくなった。


「アガウェー!」


 とっさにアップルが助けに行こうとするが、敵が立ちはだかる。


 白いツルの先が蛇に変化した。無数のそれらが中空を爬行(はこう)し、アップルに迫る。


「こんなものっ!」


 彼女は蛇の軌道を読み切り、数本斬り落とす。だが、全てを落とすことはできず、残りは棚の影に隠れてやり過ごした。


 一呼吸置き、敵を(のぞ)こうと顔を出した瞬間、突如として足元に鉄球が転がってくる。


「ッ! 変身かっ!」


 急いで飛び退(すさ)る。が、それはただの木屑(きくず)を変化させたもので本体ではなかった。


「バカメ!」


 棚の隙間から猿型になった竜が襲いかかる。


 その奇策にアップルは一瞬、反応が遅れてしまう。


 だが、伊達にここまで近接戦の死闘を潜り抜けて来たわけではない。


 爪の初撃を腰の短剣で防ぐ。さらに縦横無尽に仕掛けてくる攻撃をこれまでの経験で読み切り、適切に(さば)く。体をどう動かせば最適か覚えているのだ。とはいえ、変則的な攻撃に防戦一方になる。


 周りの酒樽(さかだる)が破壊されて葡萄(ぶどう)酒がぶち撒かれ、腐ったような臭いが漂う。


「キィッーキッキッ!」


 一度止まり、棚の上に乗った猿は高笑いしていた。


 挑発には乗らない。こちらにも策があるのだ。アップルは敵に狙いを定め、腰の(むち)を走らせる。


 猿は回避しようと足に力を込めた。


 しかし、直前に鞭の先に巻き付けてあった煙玉が破裂。煙が辺りを包んだ。


 視界を(ふさ)いだ一方、アップルは瞬時に(かぶと)を“蝙蝠竜兜(こうもりりゅうとう)”に変え、音を頼りに敵の位置を把握。一足飛びに斬り込む。


(とれる!)


「キキィィ!!」


 肉を断つ感触、そして血が吹き出る。煙が晴れるとそこには猿の死体が転がっていた。


「勝った……!」


 アップルは大きく息を吐く。


「お姉ちゃん! やった! 勝ったんだね!」


「ああ、作戦通りだ」


 アップルは剣を納刀(のうとう)した。


 それを見て背後の“偽物”のアガウェーは怪しく笑う。『さようなら、オネエチャン』と心の中で(つぶや)き、偽アガウェーが手を変化させる。


 先ほど天樹竜は、煙の中で耳を蝙蝠(こうもり)に変化させてアップルの動きを音で読み、ネズミを盾にして斬られたフリをしたのだ。


 猿の死体はネズミを変身させたものだ。死体は魔法の効果を受けるため、変化を可能にした。まんまとアップルの策を逆手に取ったのだった。


 偽アガウェーは勝利を確信してトドメを刺すべく腕を振り上げる。


「待っていたよそれを」


 アップルが(つぶや)くと同時、真後ろから本物のアガウェーが酒樽をぶん投げた。


「しまっ——」


 人型では尻尾も翼もツルもない。


 敵の思考が遅れる。加えてアップルの勝利を確信したような台詞が何か策があるのではと、さらに思考を遅らせる。


 それでも、すんでのところで竜の爪を使い、酒樽を破壊する。しかし、その中身は葡萄(ぶどう)酒ではなく、油樹竜鱗(ゆじゅりゅうりん)から抽出した“油”だった。


 さっき破壊した酒樽の中身はそのまま葡萄酒だったせいで無意識のうちに酒だと思い込まされていたのだ。


 助かるには避けるべきだった。が、時すでに遅し。


「終わりだ!」


 アップルは(わず)かに抜いた剣にナイフを叩きつけ、火花を散らす。それが天樹竜に引火し、全身を(またた)く間に炎が包む。


「グワアアアアアア!!」


 喉が焼け、息が出来ない。目が焼け、前が見えない。


 このままでは殺される。そう考えた竜は、とっさに起死回生の変身を思いつく。


 体を収縮させてネズミに変身し、残った葡萄酒の入った酒樽へ飛び込んだ。おかげで消火に成功し、ネズミのまま出入口を抜け、逃げおおせた。


 姉妹は竜を追わなかった。


「よし、一先(ひとま)ず勝利だな。私は奴の動きをコウモリの兜で把握しておくからアガウェーは先に行ってくれ」


「りょーかい! お姉ちゃんも急いでね」


 アガウェーは、以前特訓に使ったヴェステン管理の修練場がある第三出入口へと向かった。



「グガ……」


 天樹竜は竜型に戻り、体を引きずりながら通路を歩いていた。


 表面上は翼や傷が治っているように見えるが、内側のダメージは残ったままだ。変身魔法は見た目を(つくろ)うことしか出来ないし、衛竜だろうが王竜だろうが体の再生には一日かかってしまう。


「アンナコムスメニ……」


 天樹竜の戦闘力は衛竜の中では高くない。高ければとうの昔にケイオスを支配出来ていただろう。それを見越してリンドウは姉妹に策を授けて(たく)したのだ。


「ゴフッ……!」


 天樹竜は、血を吐きながらも第四出入口に着いたが、ここは狭くて竜体では通れない。


 仕方なく人型——ハーンの姿に変わる。


「ここまで来れば大丈夫だろう。外なら奴らに遅れは取らない」


 陽の光が(まぶ)しい。


 自らの手で必ず姉妹を殺すつもりだ。だが今は回復が先決。


 再び竜の姿に戻ろうした、その時だった。腹部に激痛が走る。


「がっ……!」


 背後から背中を何かに貫かれていた。振り返ろうと首を横に向けるが、うなじに衝撃が走り、意識が飛ぶ。


 ぼやける視界の中、最後に見たのは黄金の瞳を持つ翼のない竜だった。

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