第55話 皆殺し3・悪党の懺悔
青い鎧の女ヒサメは、たった一人で薔薇樹竜達の猛攻を凌いでいた。
竜の撃つ毒針の雨、竜のツルの斬撃。間断なく降り注ぐそれらのせいで迷宮樹の裏から動けない。
敵本体は上空から降りてくる気配はない。そのお陰で死なずに済んでいるが、こちらも敵も決め手はない。対竜戦でこの膠着状態がヒサメの最も嫌う展開だった。
「困るなぁ。せめて降りてきてよん」
そう思う一方で自分を狙って来てくれるのは助かるとも考えていた。時間を稼げればみんなを逃がせるからだ。
「もういいかなん」
味方の姿が見えなくなって随分経つ。そろそろ引き際か、と踵を返す。
「あっ!」
一歩踏み出そうとした瞬間、全方位を地面から出てきた棘付きのツルに囲まれてしまう。
「うっそ、でしょ……?」
愛剣“氷桜”で斬りかかるもビクともしない。脱出は不可能。
「……失敗したなぁ。運はいい方だと思ってたんだけどねん」
圧倒的な力の前では運など無意味。
それでもヒサメは悪あがきでツルを斬り続ける。だが、所詮は徒竜の剣、衛竜のツルを斬れるわけはないのだ。
「……みんな、ごめんね」
ヒサメは死を悟り、剣を首に当てる。眷属になるくらいなら自死を選ぶ。そして、目を瞑り、ゆっくりと剣を引——。
「えっ」
が、突如として体が浮遊する。
恐る恐る目を開けると、翼のない漆黒の竜に抱え上げられていた。
◇
リンドウの姿は通常のそれとは異なっていた。鱗は全て隙間なく体に張り付き、まるで開く前の松ぼっくりのような細く流線型の姿になっていた。
鱗変化の応用【鱗変化・竜速型】。
移動に特化した変形で、鱗の中に空間を作り軽量化、全身を流線型に整えることで空気抵抗を減らし、さらに血流を早めて筋肉に負荷をかけることで通常の何倍もの速度を得たのだ。
それによりここまで短時間で戻ることができた。
(やはり、偽の情報だったか)
リンドウが出立してから討伐部隊の東から南への進路変更。作為的としか思えない。
戻る途中、黒狼団を見た。奴らも騙されたのだろう。
南に来られると都合の悪い存在の分断。黒幕は確定的だが、その件は姉妹と合流してからでいい。
ヒサメを木の影に下ろして、ケイオスへ行くよう手で指示した。彼女は、動揺しつつも震える唇を開く。
「まさか、アップル達の言っていた……神様?」
若干気恥ずかしいが、リンドウはゆっくり頷いた。
「そっか、助けてくれてありがとう。ここはお願い」
足手纏いと判断したヒサメは素直に従ってケイオスへ向かった。
リンドウは、薔薇樹竜に向き直る。ここに来るまでに逃げ惑う部隊員から断片的に情報を得ていたため、おおよその事態は把握している。敵は、こちらを視認したようだが降りてくる気配はない。
(骸樹竜が戻るまでの時間稼ぎだろうな。我慢比べではこちらが不利)
多少のリスクを負ってでも切り込むべきと判断。リンドウは竜速型のまま周囲の木々を雷のごとく移動する。
「グルァ!?」
あまりの速度に薔薇樹竜は目で追いきれなくなり、おもむろに両腕を広げる。
「グオォ!」
すると、周囲が鳴動する。
薔薇樹竜の固有魔法——“振動魔法”だ。迷宮樹以外の樹木が小刻みに揺れ、ボロボロと朽ちていく。
(地味だが強力な魔法だ。まともに喰らえば脳を揺らされて戦闘不能にされるだろう)
リンドウは敵から少し離れた場所にいた。咀嚼していた木屑を吐き出す。すでに策は実行している。
(こいつと遊んでいる暇はない。一撃で決める)
その時、薔薇樹竜の前方にある木が傾きだした。根元がリンドウによって、ワニの歯型に削られており、自重と振動魔法によって耐えられず倒れ始めたのだ。
軋む音を立てながら完全に倒壊。刹那、倒れた枝の先に仕掛けられていた“爆樹竜の魔臓”が刺激を受けて爆発する。
同じように仕掛けたものが周囲で連鎖的に爆発を始めた。それにより樹竜達の意識が一瞬逸れる。
瞬間、リンドウは爆風と、折れないが曲がる性質の迷宮樹の枝の反動を使って真上へ大跳躍した。
敵が空を飛ぶのならば、さらに上へ跳べばいい。飛行竜を倒す方法の一つとして考えていた策だ。
雲を突き抜けそうなほど高く跳んだリンドウは、狙いを定めるため【滑空】を開始する。指の間、脇腹、尻尾にヒダが現れた。
——ワラストビガエルは指の間のヒダを広げ滑空する——
——トビトカゲ属は副翼と飛膜を使って滑空する——
——エダハヘラオヤモリは滑空はしないが尻尾が木の葉状である——
それらを器用に操り、風に乗って敵の真上へと移動した。
薔薇竜達は森を見下ろし、リンドウを探している。
(その首、貰うぞ!)
左手の漆黒に染まる鉤爪の凶刃を敵の項へ振り下ろす。だがしかし、視界の横を紫の閃光が走り、攻撃を防がれた。
(な!? こいつ!)
右前部と左後部の翼が二枚なくなっている骸樹竜が現れた。チャンスが一転、空中で無防備を晒すことになる。
敵が左手を翳し、魔法を放とうとする。
(させるか!)
リンドウは捩り潰される前に口から毒を射出した。
「グガァ!」
毒は骸樹竜の目に命中。敵はとっさにリンドウを尻尾で弾き飛ばす。
彼は隕石のごとく落下していき、近くにあった滝壺へ着水した。水中で体勢を整え、能力【遊泳】により優雅に泳ぐ。
——ウミイグアナは泳ぎが上手い——
敵の火の玉ブレスの追撃を水底に潜ってかわし、一時撤退した。
しばらく泳いだ後、敵の気配がなくなったのを確認して陸に上がる。
(くそっ、最大の好機が……)
すべてが後手後手だ。しかし、骸樹竜の行動に一筋の光明を見出していた。
(動きが雑過ぎる……もしや……いや、まだ確定には早いか)
もう少し情報がいる。
(姉妹と合流して情報を得るのが先決か)
リンドウはケイオスの方向へ急いだ。
◇
姉妹はケイオスの南南東にいた。
帰路を急いでいたその時、草むらから何かが飛び出してくる。二人は咄嗟に身構える。
出てきたのは憔悴しきった竜器を付けていない大人の男だった。
「あ、あ……あんたらは……」
「落ち着け、ほら水だ」
男はアップルが差し出した水袋をひっ掴み、勢いよく中身を飲み干す。
「た、大変だケイオスに竜が現れたんだ……」
「な、何だって!?」
「すでに一層深くまで潜入している……早く、ヴェステンさん達を……」
そこまで話し、白目を剥く。
「あががががが!」
男が急に苦しみ出した。よく見ると背中に傷を負っていた。
「竜化が始まってるよお姉ちゃん!」
「分かってる!」
剣を持つ手が震える。眷属化前の人間など殺したことがないのだ。
竜になるまで待つべきか待たざるべきか。
迷っていたその時、ナイフが飛来し、男の頭部に突き刺さる。
「バカヤロウ。竜の血が入ったら助からねぇって知ってんだろ? とっとと殺してやるのが慈悲ってもんだ」
現れたのは左腕がなく、腹に穴の空いたヴェステンだった。
「ヴェステンさん! その体……!」
「ちょいとヘマをしてな。最期にお前らに会えるとは、ついてんのかついてないのか分かんねぇな」
「お、おい喋るな。今手当を」
アップルが近付くが、首を振って遮る。
「聞け。俺はもう死ぬ。だからよ、最期に懺悔と願いを聞いてくれ」
返事を待たずに続ける。
「少し前に行方不明事件があっただろ? あれの犯人は俺とリンクスだ」
「な!?」
「だがアップル、お前を犯人に仕立てたのは俺達じゃない」
「……他に? 一体誰が?」
「さっきの男がケイオス襲撃がどうとか言ってたろ? 侵攻が早すぎるんだよ。誰かが手引きしてない限りはな」
「つまり私を嵌めた犯人が襲撃も手引きしたと?」
「恐らくな。……こうなることは薄々気付いてた。ケイオスの周囲で竜狩りなんてしてたらそこに人間がいるってバレるだろ。庭の草が丸く禿げていたら誰でもそこにヤギがいるって分かるもんだ。竜が来るなんて時間の問題だったのさ。だから早く薬を作ってここからおさらばするつもりだった。が、このザマだ」
「く、何でそんなことを私達に……」
「お前らのこと気に入ってたんだぜ? そりゃあ初めはガキのくせに簡単に竜を倒して気に食わなかったけどよ、実力を何度も見せられたら認めるしかないぜ。まぁ、神がどうとか言ってたのは気味が悪かったがな」
目を瞑り、わずかに口角を上げる。
「さぁて、そろそろヤベェ、願いってのはよ……家族を頼む。それと、リンクスの女にアイツは勇敢に戦ったって伝えてくれ」
「……分かった。必ず伝える!」
「ああ眠い……もう行け。遺言伝えるまで死ぬんじゃねぇぞ」
「だけど……!」
「へっ、優しさはいらねぇ。俺は悪党だぜ? 誰にも哀れまれず死ぬのがお似合いだ」
「……ごめんヴェステンさん。後で必ず迎えに来るから!」
姉妹は名残惜しみながらもケイオスへ向けて走り出した。
それを見届けたヴェステンは満足気に笑い、そっと息を引き取った。




