第54話 皆殺し2・悪党の矜持
赤鎧のヴェステンと黄鎧のリンクスは遠回りしてケイオス南西に着いていた。
「よし、異常なしだ急ぐぞ」
「待ってください、この音……上です!!」
甲高い風切音の後、落雷のごとく紫紺の筋が地面に落ちる。爆音と爆風、砂煙が辺りを包む。
その中心に光る紫水晶のような瞳。背中にドクロ模様を携えた骸樹竜スナップドラゴンだった。
「このクソムシが! 俺達を一人も逃がすつもりはねぇってか!」
「……仕方ないですね、賭けに出ますか。私は西へ、あなたは東へ。どちらが狙われても恨みっこなしです」
「…………」
ヴェステンは苦い顔をしながらも、その提案に無言で頷いた。
「家族を頼む」
「彼女を頼みます」
二人同時の言葉だった。両者鼻で笑う。
「後で会おう」
その言葉と同時、別々の方向へ走り出した。
が、ヴェステンはすぐに振り返り、骸樹竜に石を投げた。それを払いのけた竜は彼に狙いを定める。
「来な。遊んでやるよ」
ヴェステンは初めからリンクスを逃がすつもりだった。
殺伐としたケイオスという檻で唯一身内以外で信じられた人間、それがリンクスだ。唯一無二の悪友。対等な存在。そんな奴を捨て駒になど出来るはずがなかった。
覚悟を決めて敵と対峙するヴェステン。
「グォォ!」
森を怯えさせるような叫びと同時、無数のツルが彼を襲う。
「へっ、縄跳びがご所望かよ。どうせなら火縄にしようぜ!!」
素早く背中の闘牛獣竜の顔骨の盾“竜骨炎盾”を構える。連動するように盾の闘牛の口が開いて火を放つ。
敵のツルが炎に包まれるが、竜は捻転魔法で大気を捻り、かき消した。
その隙にヴェステンは、火と盾で作った刹那の死角を利用して敵の懐に入っていた。愛用している棍棒の“闘牛竜棍”を振り上げ、顎を砕きにかかる。
しかし、ツルを間に挟まれ、緩衝材となり無傷。
「やべ」
ヴェステンの体が少し流れ、がら空きの腹部に攻撃される、瞬間だった。森の奥から短剣が飛来して竜を襲う。
残念なことに剣は当たる前に捻り落とされた。が、そのおかげでヴェステンは距離を置くことに成功していた。
「なんでいんだよ。バカだろ」
視線の先——優男リンクスが笑みを浮かべながら立っていた。
「悪党というのは、間違った道を選ぶのが得意なんですよ」
「ケッ、二人でやっても勝てるかわかんねぇぞ」
「葡萄酒一滴分の可能性ぐらいはあるでしょう?」
笑い合いながら二人は竜に向き直る。敵は相手が増えたことで少し警戒を強めていた。
「狙うは左半身の翼ですかね。誰かが一枚切ってくれたようですから」
左下部の翼がなくなっている。ドライツェンがやったものだ。もう一枚左の翼を落とせば竜は飛べなくなる。
「だな。足引っ張んなよ」
「そちらこそ」
言うが同時、二人は左右に分かれる。竜は両者を一瞥するが、その場から動かない。
「ちっ、舐めやがって! 後悔しろ!」
二人は飛針で牽制するが、ツルで容易に弾かれる。
「これならどうです?」
リンクスは、背中に携えた爪樹竜鱗のブーメランを投げた。
敵本体は微動だにせず、ツルでへし折られるが、武器にくっつけておいた“煙樹竜鱗”が割れて煙幕が広がる。
視界を塞がれた竜は左手を上げ、魔法で煙を捻り飛ばそうと試みる。だが、すぐ右側にヴェステンが接近していた。
「ほらよ! 賊の戦い方を見せてやるぜ!」
棍棒で地面の砂を巻き上げて目潰し。だが、砂も捻られて届かない。その隙に煙の中より現れたリンクスが翼を狩りにかかる。
「クッ!」
しかし、羽ばたきにより塵でも扱うように両者は吹き飛ばされた。受け身を取る二人。
「ちきしょう、あの野郎一歩も動いてねぇぞ」
「ギギィ!」
その時、森の中から爪樹竜が援護に現れ、ヴェステンを襲う。
「うぜぇ、邪魔だ!」
棍棒でぶち殺そうとした瞬間、ヴェステンの左腕が飛ぶ。骸樹竜が急速に速度を上げて爪で切り裂いたのだ。
「チィィ! コイツッ!」
すぐに脇差しで左腕を根本から切り、眷属化を防ぐ。残った竜衣を縛って止血。
竜を視界に捉えると、翼の右前部の一枚が千切れていた。リンクスがどさくさに紛れてブーメランで削いでおいたのだ。
「ハズレの翼一枚は削れましたが、一気にピンチですねぇ。逃げますか? 一流の狩人は引き際を心得ているものですよ」
「なら二流でいいぜ。ここで引くほどできちゃいねぇ」
鼻から逃げる気も逃げられる気もしない無駄なやり取りだが、両人ともに楽しんでいた。それに片腕を落とされたくらいでヴェステンの燃え盛る闘志は消えない。
「やはり、半端な攻撃は通用しませんね。それに今の速度……我々は遊ばれているようです」
「慢心してくれんならありがてぇ。その隙を突いてやるぜ」
二人はとある道具を見せ合い、意思疎通を図る。
「あれで行くぜ」
「ま、妥当ですね」
同時に駆ける。
リンクスはすぐにクロスボウで粘着網を放った。敵の頭上で花のように開き、中には跳樹竜の鱗で出来た“跳ねる球”が入っていた。
竜は慌てることなく羽ばたきと魔法で全て吹き飛ばす。
飛ばされた球の一つがヴェステンに向かう。
「オラァ!」
対角にいた彼が棍棒でそれを打ち返した。
球が竜の前面にある地面に刺しっぱなしにしておいた“竜骨炎盾”に直撃する。と同時、盾の口が開き、中の光茸竜鱗が作動して眩い光を放つ。
「ガァ!?」
虚を突かれた竜は反射的に目を閉じた。
これが最後の好機と二人は同時に切り込む。両人は“爆樹竜の魔臓”を持っていた。
自爆特攻だ。
これで翼だけでも潰せたらフラズグズル姉妹やヒサメが倒してくれると信じての未来に託す一撃。竜狩り達の信頼関係が二人にこの選択を取らせたのだ。
しかし、両者には知らないことが三つあった。
一つは、竜は慢心していたのではなく二人が逃げないようギリギリの戦いを演出していたこと。
もう一つは、ドライツェンにより一度爆樹竜の魔臓を見られているということ。
最後の一つは、骸樹竜は目より“耳”で獲物の位置を把握していること。
「死にやがれ!」
ヴェステン達は敵まで後一歩というところで手に力を込める。
だが竜は、ほんのわずかな魔臓を押した音を聞いただけで位置を把握、捻転魔法を使った。
「なっ!」
「バカなっ!」
二人が持っていた魔臓が大気ごと捻られ、そのまま圧縮、不発に終わった。
焦る二人を尻目に竜の脚の筋肉が膨らみ、爆発的な速度を生み出して視界から消えた。
「なっ——」
気付くとリンクスの体は上下に両断されていた。上半身が地面に落ちる。
「がはっ……!」
「リンクス!」
死の間際、思い出が走馬灯のように浮かんでは消えていく。
リンクスはヴェステンと戦う選択をしたことを後悔していない。彼を見殺しにしたらケイオス脱出が叶わなくなる。なによりケイオスで、恋人レフティを除いて信用できる唯一の存在であり、見捨てるという選択は取りたくなかった。
薄れる意識の中、最後に脳裏に浮かんだのは、最愛の彼女だった。
「レフティ……生きて……くれ」
リンクスの瞳から光が消えた。
「てめぇぇぇぇ!!」
頭に血が上ったヴェステンが棍棒で竜の頭を狙う。
だがそれは悪手。大振りでなんのフェイントもない一撃は、振り下ろされる前に腹をツルで突かれることで容易に防がれた。
「くそっ……たれ」
そのまま吹き飛ばされた先は断崖絶壁だった。重力に従い落ちていく。
骸樹竜は崖上から、転落する彼を追撃するように手を翳し、魔法を放とうとしていた。が、直前に爆発音を聞き、視線を空の向こうへ移す。竜は、なにを思ったのか目線の先へ飛び去っていった。
ヴェステンはそのまま崖下の森に消えた。




