第53話 皆殺し1・マダラの男の戦い
待ち伏せされていた竜の群れにより、合同討伐のメンバーが阿鼻叫喚の中、フラズグズル姉妹はケイオスのある北方向へ逃げていた。
「急げアガウェー!」
「ま、待って!」
あの場にいても二人とも時間稼ぎにもならず死ぬだけだろう。ならば、戻って援軍——リンドウを呼びに行くしかないと考え、全力で駆けていた。
神様とは連絡を取れていないが、ケイオス付近に居るはず。そう信じるしかない状況。頭を空っぽにしてただひたすら足を動かす。だが、それを許さないとでも言うように不快な羽音。
「デビビ!」
進路を塞ぐように爪樹竜が現れた。
「くそっ! だが一頭だけなら!」
アップルは足に力を込め跳躍、いきなり首を狙う。しかし、そう易々と狩らせてはくれない。敵は鉤爪だらけの腕で彼女の必殺の一撃を防御。
「ちっ!」
咄嗟に空中で姿勢を変え、鉤爪を足場に竜を飛び越えた。着地と同時、自分の目を腕で塞ぎ、敵が振り向いた瞬間、“光茸竜鱗”を投げつける。
「グギィ!」
眩い光が辺りを包み、敵の眼を一時的に潰す。
「アガウェー!!」
「任せて!」
爪樹竜が衝立のようになり、目をやられなかったアガウェーはクロスボウを構える。
一瞬で狙いを定め、引き金に指を掛けたが——刹那、彼女は怖気を感じて咄嗟に後ろへ飛んだ。
瞬間、かまいたちのような鋭い何かが目の前を通り過ぎた。その跡には抉れた地面。
視線を軌跡の先にやると背中にドクロを携えた竜がいた。
「ッ! 骸樹竜! もう追いついて……!」
アガウェーが焦る中、アップルは自分が囮になって妹を逃がす算段を立てていた。
(くっ、逃げ切れない……だが、アガウェーだけでも!)
そんな彼女の思惑をよそに竜は違う方向を見ている。視線の先、樹上に灰色系のマダラの鎧を着た猫背の男が立っていた。
「げへへ、この程度で翼を獲れるとは案外衛竜も大したことないのかぁ?」
よく見ると骸樹竜は四枚の翼の内、一枚だけ千切れていた。翼を捥いだ男はドライツェンだった。
「ドライさん!」
「……あっしはコイツと遊んでから逃げっから、あんたらはとっとと行きな。この前の詫びだぜ」
「っ……! ごめん……!」
「……すまない!」
会話する余裕もなく、姉妹はその一言にあらゆる感情を込め、その場を後に全力で駆ける。
竜の視線はドライツェンを捉えたままだ。
「さぁて、あっしがここで衛竜を狩れば一気に幹部に出世だぜ。げひひ」
ドライツェンは突進してくる骸樹竜を躱す。
「おおっと、せっかちなお人だねぇ! だが、逃げ足だけは一流のあっしを猪突猛進じゃ殺れないぜぇ!」
周囲の木々を猿のように跳び回りながら作戦を立てる。
まず、翼を全て捥いで飛べなくする。その後、首をサクッと落として終わり。首が無理ならヴェステンを呼んでみんなでボコって終わり。以上。
「完璧な作戦だな! 少なくとも兄貴には褒めてもらえるぜ。げへへ」
敵は視界を潰された爪樹竜を庇うように位置し、ドライツェンを睨みつけている。動き回る彼を視線が完璧に捉えていた。
ドライツェンは、裏を突くのは難しいと判断し、姉妹と同じ策を使うことにした。
「こいつで行くぜぇ!」
竜の横にある木を蹴って接敵、こちらに向いたところで光茸樹竜の鱗をぶん投げる。
発光。目を眇める敵をよそに背中の翼を狙う。
『まずは一枚』。ドライツェンが、そう心中で呟く、が。
敵の羽ばたき一閃、突風が巻き起こり、吹き飛ばされる。
「ぬぉ!」
ドライツェンは地面に叩きつけられ、急いで体勢を立て直すが、地中から出てきた敵のツルに足を絡め取られる。
「ぐぁ! コイツ、いつの間に!」
ドライツェンが木々を飛び回っている時にツルを地面に仕込んでいたのだ。
彼は思い切り地面に叩きつけられ、息を吐く。
「ぐはぁ!」
さらに、骸樹竜の近くへ引き寄せられ、禍々しい手で鷲掴みにされる。
「ちぃ……図体のデカい奴は技が大味って相場は決まってんのに、こんな小技も使えるとはよぉ」
徐々に力が込められていき、骨が軋む。ドライツェンはジタバタと暴れる。
「ひ、ひぃぃ! いでぇよぉ! 殺さないでくれぇぇ! ……なーんてな」
ドライツェンは最後の力を振り絞り、持っていた爆樹竜の魔臓に力を込める。
「すまねぇヴェステンの兄貴。後は任せるっす」
直後、発光。轟音を立て、周囲が消し飛んだ。




