第49話 爆樹竜ダイナマイトツリー戦2・ハナビ
「はぁはぁ……!」
無酸素運動の続く現状、アップルは体力の限界が近づいていた。罠は使い切り、武器も今持っているのが最後だ。
「あっ!」
アガウェーの最後のクロスボウの弦が切れた。
コバコも疲れたのか動きが鈍い。
「どらぁぁぁぁ!」
気力だけで立っているアップルが敵の腹部を貫く。
「くっ!」
握力も限界で、剣を引き抜こうとするが引っ掛かって抜けない。
爆樹竜はヒサメの剣が突き刺さったまま、うつ伏せに倒れる。
「くそっ、剣が!」
焦る彼女に新たな竜の牙が迫る。寸前で自前の柘榴竜剣ガーネットを抜いて防御した。
コバコは背後の竜で手一杯だ。
足に力が入らず押し込まれていく。
「ぐっ、カミサ……」
神様のことが頭をよぎる。しかし、すぐにかぶりを振って追い払う。いつまでも神様が助けてくれるはずもない。自分達でやらなければ意味がない。
まだ腕も足も動く。気持ちも死んでいない。
「竜なんかにっ、殺されてたまるかぁぁぁぁぁぁ!」
感覚のほとんどない両手に無理矢理力を込めて紅い剣先を腹に突き立てた。
「ギィ!」
それでも止まらない竜は彼女を捕らえようと両腕を振り上げる。
それを戻ったコバコが数本の触手を突き刺して防ぐ。
だが、竜はまだ止まらない。
「あたし達は負けないっ! でやあああ!!」
アガウェーが樹上から飛び降りて竜の頭に短剣を突き刺した。
「ギッギギィ!」
爆樹竜は事切れたが、魔臓を破壊し損ねたようで、体が膨らみ出す。
「ダメだ! 爆発するぞ逃げろ!」
アップルは、妹の手を引いて迷宮樹の裏に隠れる。
直後、竜は轟音を上げて大爆発した。血肉に臓腑、棘に骨、アップルの剣などあらゆるものが四方八方に飛び散って森を破壊していく。
二人は抱き合って爆発が収まるのを待つ。
音が止む。焼け焦げた嫌な臭いに鼻を塞ぎながら恐る恐る爆心地を覗く。爆煙が薄くなり晴れた視界には、一頭も敵の姿がなかった。
「あれ? 終わったの?」
「最後の一頭だったようだな……つまり、私達の——勝ちだ!!」
「やったぁぁ!」
二人はハイタッチして抱き合った。コバコも二人に巻きつく。
「後は巣を叩くだけだ! 行くぞアガウェー!」
「あ、待って!」
爆樹竜の残骸の中から光る何かを見つけて拾う。
「金の種発見だよ!」
姉妹の求める薬の材料の一つだ。
「おお! ついてるぞ! よし、後は最後の仕事を終わらせよう!」
遠くから黄色い歓声が上がる。
それを聞きながら二人は竜巣へ駆けた。
◇
姉妹が急いで巣に戻ると周囲に生きた竜は居らず、死体にはどこから湧いたのか赤いスライムが群がっていた。
「まだ中にいるかも知れない。気を付けよう」
「うん」
警戒しながら巣に近付いて穴を覗く。樹木の青臭いにおいと死肉の臭いが混ざり不快にさせる。
その時だった。
「上だ!」
天井付近から異質な爆樹竜が降ってくる。
「首が二つ……劣等竜か!?」
リンドウのように翼がなかったり、この爆樹竜のように双頭であったりして一般的ではない竜を総称して劣等竜という。呼び名の通り劣等種で弱い個体がほとんどだが、稀に名前に似合わぬ強個体が生まれることがある。
この双頭の爆樹竜も強個体の一頭だ。
「ギギ、ギギィ!」
双頭の怪物は、相対した者に絶望を与えるには十分な見た目だった。
しかし、二人は動じない。
「これじゃ魔臓の位置が分からないし、二つあるとしたら威力も二倍、いやそれ以上だろう。下手を打てば巣ごと吹き飛ばされるぞ」
「そっか」
「どうする? 剣でやるか?」
「えへ、やめとくっ」
やりとりに余裕のある二人。なぜなら、残り一頭ならわざわざ魔臓を狙う必要はないからだ。むしろ爆発してくれた方が巣が破壊出来て助かったりする。
姉妹はクロスボウを構える。
「じゃあな。爆樹竜。今思えば結構楽しかったよ」
二人は同時に矢を放ち、敵の双頭を貫く。
「ギギギギィィ!!」
キュクロから貰った火薬を置き、急いで巣から脱出。ほどなくして轟音を上げ、色とりどりの火花が飛び散る。
「わぁ、きれー!」
「キュクロさんが作った“ハナビ”というものらしい。本来は連絡のために色づけされたらしいが、まぁいいだろ」
それを見上げながら帰路に着く。
こうして爆樹竜の巣は崩壊し、薬を完成させる素材はヴェステン、リンクスと並び、残り一つとなった。
◇
一方、リンドウは爆樹竜巣の遥か東側で竜の死体の山に腰を掛けていた。
いつもの漆黒の体ではなく、赤い色をしていた。さらに鱗は針のむしろのように尖っている。姉妹と別行動の間もずっと修行をしていたリンドウは、ついに新技を完成させたのだ。
もちろん竜特有の“信号”も身に付けた。
目の前に半殺し状態の眷属竜を置いて対話を試みる。
『よう、元気か? 右手を上げてみろ』
『フザケルナ、コロシテヤル』
『昔の、竜になる前の記憶はあるか?』
『シルカ、ワレハモトカラリュウダ、リュウサマコソガゼッタイ』
『王竜がどこにいるか分かるか?』
『ダマレ、コロシテヤル』
『そうか。苦しませて悪かったな』
リンドウは敵の首を斬り飛ばした。
他の竜にも試したが、どれも似たような返答で敵に関する重要な情報は得られなかった。だが、信号を得たことで敵の、“王竜の巣”へ潜入できるようになった。あとは、翼さえ完成すれば見た目も完璧だ。
(それにしても、この数の竜……)
リンドウは山積みにされた竜の屍を見る。姉妹の作戦開始を狙ったかのような大量の竜の押し掛けがあったのだ。
(確定だな。誰かが竜を操り、姉妹を殺そうとしている)
あるいは姉妹だけではないかも知れない。そして、大量の竜を操れるとしたら人では不可能、つまり竜だけだ。ケイオスの内部に情報を流している内通者がいるか、変身系魔法で誰かに化けている竜がいるはず。
思考の隙間を突くように姉妹が居た方にハナビが見える。感知能力で二人の安否を確認した。
(無事に終わったようだな)
結局助けに行くことはなかった。自分の戦いで余裕がなかったのもあるが、二人と一匹を信頼していたのが大きい。
コバコはもちろん、姉妹とこれまで過ごした数日は信用を得るには十分な期間だった。
それにあれだけ罠を仕掛け、万全の体制だったのだ。この程度の“些事”を乗り越えられなければ、どの道リンドウが居なくなったら死ぬだろう。
(お守りも簡単じゃないな)
助けるだけでなく、成長を見守るだけの選択もしなければならず、やきもきと気を揉んでいた。とはいえ内心安堵していたのは間違いない。
リンドウは、姉妹が帰った後も竜達に神の裁きを下していった。
結局、夕暮れまで戦ったが、かつてリンドウが敗北した衛竜は姿を現さなかった。
しかし、すぐにその理由が判明する。
『森の東の迷宮都市が骸樹竜スナップドラゴンにより壊滅した』という一報によって。




