第45話 歓喜と急転
犯罪迷宮都市ケイオス内、懸賞首狩人集会所ギフト。遠征より帰還した六人をギフトの面々が一斉に立ち上がって迎える。
「これって酸樹竜と巨樹竜の素材か!?」
「本当にやりやがったのか!」
「二頭同時に狩ったのか!? 前代未聞だろ!?」
野次馬達が好き勝手に喋り出し、場は熱気に包まれた。
「下がれ下がれ、ウジ虫共!」
薄い赤髪の大男ヴェステンが一喝すると、野次馬は興奮しながらも徐々に大人しくなった。
「ったくよぉ、死んじまった奴らもいるんだぜ? まずやることあんだろ……そう、酒だ! 酒持ってこぉい!! ウハハハハハハ!!」
部隊長である金髪美男リンクスと、ポニーテールで青眼美女のヒサメは、やれやれと肩を竦める。ヴェステンが部隊員を殺した事情を知らないヒサメは、これが彼の弔い方なのだろうと納得していた。
「そうだーあたしにも酒持ってこーい!!」
フラズグズル姉妹の妹アガウェーは遠征の後だというのに元気モリモリだった。
「こら、お前は飲むな」
反対に今すぐにでも泥のように眠りたい姉アップルは妹を諌める。
「えー! いーじゃーん!」
口を尖らせて抗議するが、アップルに睨まれると渋々諦めた。
「愚妹の底無しの体力には恐れ入るよ。私は先に休むからな。騒ぐのも程々にしろよ、あと変な奴には付いていかないようにな」
「はいはーい、おやすみお姉ちゃん!」
疲れ切っているアップルはゾンビのようにフラフラと歩き、ギフトを後にした。
その後、どんちゃん騒ぎが続く。
すると突然、ギフトの扉が破壊されそうなほど勢いよく開いた。
「ゴラァァ! あんたぁぁぁ!」
「ひぃ、し、シーファン!」
ヴェステンの妻で恰幅のいい女シーファンが鬼のような形相で現れた。
「帰ったら、アタシんとこに報告しろっていつも言ってんだろ!」
「す、すぐに女の下に帰るなんて手下に示しがつかねぇだろ。俺にもメンツがあるんだよ」
「メンツだかパンツだかなんてどうでもいいんだよ! 次、いの一番にアタシに報告しなかったら竜の餌にしちまうからね!」
「わ、分かったよぉ……」
ヴェステンは乾いた洗濯物みたいに縮んだ。
シーファンは虫を見るような目で彼を見下した後、踵を返す。出口の扉に手を掛けた所で止まり、一言。
「ああそれと、無事で良かったよ」
ヴェステンの顔がパァッと明るくなった。単純な奴なのである。そして、嵐のような女シーファンは去っていった。
それを眺めていた優男リンクスと、ギフト職員の茶髪の女レフティは隣同士座り、仲睦まじく会話していた。
「ヴェステンさんもいろいろと大変ね」
「あれも一応リーダーだからね。いろんな柵があるのさ」
「私がシーファンさんみたいになったらどうする?」
「想像出来ないね。なるのかい?」
「女は子供が産まれたら変わるというし、分からないわよ?」
「それならそれで君の新たな一面が見れて嬉しいよ」
「ふぅん、ホントかしらねぇ」
「やけに突っかかるね。もう酔ったのかい?」
「ほぼ一週間放置されたんだもの。意地悪したくなるわ」
「あはは、ごめんごめん。薬が出来たら竜狩りは控えるから許して欲しい」
リンクスは自分の派閥の仲間の病を治すという建前で行動している。しかし、本当はヴェステンの娘の病を治すためだ。
あと材料一つで薬が完成する。そうなったら彼の娘を治し、その家族とレフティと共にケイオスを出る。
リンクスは、この罪人だらけの腐った場所はきっかけ一つで崩壊してもおかしくないと考えていた。
元商人の勘がそう告げている。彼は商家の出で、父から教わった話術と兵役の時に覚えた槍術を使ってケイオスで成り上がった。
そして上に立って分かったことは、ケイオスという場所は“偶然”少ない有能な人材が集まって支えられていると知った。
優秀な竜器を作るキュクロ、娼婦や荒くれ者を束ねるヴェステン、経済を管理する自分。それらを総括するデァトート。
誰が欠けても間違いなく終わる。それが自分であってはならない。だからヴェステンを言葉巧みに口説き落とし、泥舟から脱出する計画を練ったのだった。
「…………」
あれこれ考えていると、自然にレフティと目が合った。
彼女と二人きりでの脱出は考えていない。女一人守りながらこの荒廃した世界を生き抜く自信がないからだ。
それが出来るのは英雄だけ。
だが、そんな現実主義的な思考の一方で理想を追う自分もいる。ヴェステンという強者と共に逃げれば盲目的に助かると考えていたりするのだ。本当は理解している。どこにも逃げ場などないことを。
「どうかしたの?」
レフティの手がリンクスの手に重なる。その温もりに安心を覚えた。
「いや、君といたら、つい心が安らいでさ」
今は無事に遠征から帰還したことを喜ぼう。リンクスは考えるのを辞めて酒を呷った。
◇
「うぉい、酒がねぇぞぉぉ!」
酒樽を傾けて中身がなくなったのを嘆く、へべれけのヴェステン。
ギフトの受付係の男ハーンはそれを見て動く。
「取ってくるよ」
「あたしも行くー!」
アガウェーは、とてとて、と彼の後ろについて行った。
二人はギフト第四倉庫に到着した。倉庫には、箱や樽が所狭しと並んでいる。隙間にはネズミ対策に毒団子が転がっていた。
アガウェーが並んでいる樽の蓋を順番に開けていく。
「おやおや? 入ってるお酒の量が違うような?」
「僕が飲んだのさ。なんてね、蒸発したんだよ。樽は隙間があるし余計にね。あと蓋を開けると味が落ちるよ」
「あ、ごめんなさい」
「まぁ、酒の味なんて賊もどきには分からないから気にすることはないさ。酔えればいいからね」
二人は協力して樽を持ち上げる。身体強化用肌着の竜衣を着ているので軽々と持ちあがった。
「そういえば最近南西のガーラ大迷宮が竜に襲われたらしいんだよね。その時に翼のない劣等竜が共食いしてるのを目撃した人がいたんだって」
「……へ、へぇ」
アガウェーには、心当たりが一つ。
「森の竜巣も何者かに破壊されているし、もしかしたらその竜の仕業かなと思うんだよね。アガウェーは見ていないかい?」
「し、知らぬ存ぜぬ」
アガウェーの出来る精一杯の誤魔化しである。
「そうかい。そういうことにしとこうか」
ハーンは笑ってそれ以上の追求はしなかった。
◇
次の日の朝。姉アップルは部屋の外の喧騒に目を覚ました。
足音が聞こえ、扉が強引に開かれる。見たこともない屈強な男達が彼女を見下ろし、予想だにしない言葉を口にする。
「アップル・フラズグズル。お前を殺人容疑で拘束する」




