第44話 遠征6・錬金術
ヴェステン達の前に酸樹竜が斃れる。
「しゃあああ!!」
激闘を制し、思わず雄叫びを上げた一行。
「やりましたねヴェステンさん!」
「……ああ、犠牲はデカかったがな」
残ったのはヴェステンとリンクス、その他六名。あとは殺された。みな複雑な心境だ。
「それじゃあヒサメさんに合図を」
部隊員が動こうとした瞬間、ヴェステンが制する。
「待て、その前にお前達に話がある」
「何でしょうか?」
「遠征メンバーにお前達を選んだ理由に心当たりはないか?」
「……いえ?」
不思議そうな顔をする部隊員。
「……お前ら、リンクス共に情報を売ってんな?」
「……えっと、ヴェステンさん何の話を? 早く帰りま——」
ヴェステンがクロスボウを使って部下の胸に矢を放った。
「ガハッ、な、にを」
「ギフトの懸賞首制度でよぉ、何で眷属竜が討伐数にカウントされねぇか知ってるか? 雑魚だからって理由だけじゃないんだぜ? ——竜血を使って仲間内で錬金術させないためなんだよ!」
竜血は竜の体外に出て長時間経過したり、水などで薄まったりすると無毒化する。だが、“琥珀竜鱗”などに入れて適切に保存すれば数日は効果を持続できる。
眷属竜を討伐数にカウントしないのは、そういうものを使って密かに眷属竜を作り、水増しさせないためでもあったのだ。
「そ、それがどうしたっていうん——う、うがががが!」
「新鮮な血だ。回るのは早いだろうぜ」
ヴェステンは、先ほど殺した酸樹竜の血を矢に付けて仲間に放ったのだ。早くも竜化が始まる。
「こうやるのが一番“事故死”に見せかけられるんだよ。お前らが裏切るようなマネをするから悪いんだぜ? 自業自得だ」
「ヴェステンてめぇ!」
「このクズがっ! 行方不明者もてめぇの仕業だな!」
「ぶっ殺してやる!」
他の隊員五人が武器を構える。しかし——突如として隊員達の背中に矢が突き刺さった。
「がっ、なっ!」
背後にはクロスボウを構えたリンクス。
「やれやれ、ネタバラシが雑すぎますよヴェステンさん」
「いいだろ、悪党ってのは勝利宣言したくなるもんなんだよ」
リンクスとヴェステン、二人は組んでいたのだ。
まず、お互いが対立する組織を作ることで一方を悪に仕立て、仲間の結束を高める。と同時に不満を抱き、相手側に情報を流したり寝返ろうとする者をあぶり出す。一石二鳥のシステムだ。
「お前らと過ごした時間。楽しかったぜ」
「このゴミがぁぁぁ!」
首が転がる。リンクスの槍により落とされた。はたから見れば竜に変異しかけの仲間を慈悲の心で救ったように見えるだろう。これが“事故死”だ。
「眷属を作って自ら殺すのは素晴らしいですね。即席で英雄になれる」
リンクスはいつもの優しかった顔を歪め、悪魔のような笑みを浮かべながら槍を振って血を飛ばす。
双方の部隊員は死に絶えて二人だけとなった。
「さて、お嬢さん方はどうしますか?」
ヒサメとフラズグズル姉妹のことだ。
「あいつらはまだ生かしておく。俺らの目的と被らないからな。まぁ、真実を知るようなら錬金術の材料になってもらうだけだぜ」
「ですね。承知しました」
「よし、後は“天樹竜の花粉管”だけだ。これで病を治す薬ができる。そしたら娘を治してケイオスなんて腐った場所おさらばだぜ」
手を突き出したヴェステンに、リンクスは同じく腕を差し出して答える。両者の腕が交差し、カチン、と鎧が触れ合う甲高い音が響いた。
「さぁ帰りましょうか。仲間の死を無駄にしないよう我々は生きねばなりません」
その白々しい言葉にヴェステンは鼻で笑った。
◇
リンドウは巨樹竜を倒した後すぐに王竜の巣を探していた。
巨大樹の森は竜にとって移動や防衛がやりやすいので、立地の良さから王竜クラスが陣取って居てもおかしくないと考えている。
しばらく探していると巨大樹の上に明らかに異質なものが鎮座していた。
(あれは……)
巨大な球体の竜巣だ。例のごとくツルの間から飛び出る人骨が禍々しさを演出していた。
慎重に中を覗く。中心には骨が堆く積まれた玉座のようなものがある。周囲には何頭かの徒竜。
リンドウの勘が王竜の巣だと告げている。
しかし、肝心の王竜の姿はない。玉座には葉やゴミが積もっていて、ここ最近使用された形跡はなかった。
(巣を放棄したのか? ……そういえば衛竜が単独行動していたのも気になるな)
リンドウが敗北した衛竜の骸樹竜スナップドラゴンの近くに王竜らしき姿はなかった。衛竜は普通、王竜の護衛についているはず。
(分からんな)
謎は深まるばかりだが、巣を放っておくわけにいかないので潰すことにした。四半刻も経たずにそこにいた竜をすべて殺害。
そして、火を放った後、姉妹の元へ戻りケイオスへの帰路に着いた。




