第39話 遠征1・紅茸樹竜ベニテング戦
行軍が始まると皆黙々と木から木を飛び移り、東へと進んでいた。
その少し離れた場所をリザードマンのリンドウは移動していた。人にも竜にも見つからないよう動くのは常人には難しいが、隠密と感知能力が充実している彼にとっては造作もないことだ。
(何も問題がなければいいが、まず無理だろうな)
アマゾ大森林の東側は危険な竜が多いという。いくら猛者が集まろうが所詮は人間、圧倒的な力を持つ竜には勝てない。自分が影ながら助けるしかない。
リンドウは気を引き締め、遠征の行動方針をおさらいする。
基本は姉妹の部隊に追随していく形だが、余裕があれば他の部隊の援護もするつもりだ。コバコは姉妹にくっ付いている。雑魚竜ぐらいはなんとかなるだろう。
あとは、想定外のことが起こらないのを祈るばかりだ。神が神頼み。なんとも滑稽な話である。
それから数刻後、単調だった緑の景色が変わる。色とりどりかつ大小様々な茸が群生するキノコ地帯に入った。
岩のように大きなキノコを踏むと寝具に乗った時のように足が沈む。転倒の恐れがあるので注意が必要だ。さらに下を見ると足の生えたキノコが歩いていた。
——突然変異体マタンゴ。キノコが竜の血を吸って変化した生物。危険はなく、木の根元から木の根元に移動するだけの毎日を過ごしている——
害はないので無視していいが、リンドウにとっては感知能力にいちいち引っかかるため少し厄介だ。
蹴っ飛ばしたい衝動を抑えて移動していると感知に明らかにマタンゴではない大きな反応。
(一頭ではないな……これは!?)
一頭どころか十、二十と次々に反応が増えていく。それらがまっすぐこちらに向かってきている。このままでは姉妹達と戦闘になるのは避けられない。
(チッ、殺るしかないか)
警戒心を高め、移動速度を上げる。
すぐに敵を発見したリンドウは一際高い大樹に登り、陰から見下ろすように竜の群れを覗く。大群すべて全身赤い体に白の斑点のついた鼻の長い竜だった。
——紅茸樹竜ベニテング。徒竜。二足歩行で天狗のような鼻を持つ。徒竜の中でも上位の強さを誇る——
(まずは牽制だな)
リンドウは自身の鱗を剥がし投擲。線を描きながら目標の頭へ。
しかし、敵は右腕を翳し、余裕で防御。上々の反応だ。リンドウは敵が弱くはないと判断した。
「テケテケテケ!」
不快な鳴き声のあと、二頭の竜が一直線にリンドウの元へ飛翔。
(今の一投だけでこちらの位置をほぼ正確に把握した……か)
考察する間もなく接敵、大振りの一撃がリンドウを襲う。それをしゃがんで躱し、左手の黒に染まった鉤爪ヘルタロンを振り上げ、竜の腕を切り飛ばした。
(軽い……!)
紙を切ったような手応えのなさ。落ちた腕を見るとすぐに溶けていた。
(魔法体か)
魔法で作った人形ということだ。
敵の集団をよく観察すると、例外なくすべて同じ大きさ、斑点の位置まで同じ。リンドウですら見分けがつかない。つまりそれは全て同一の個体を示唆していた。
(分身系の魔法か。こっちの位置を瞬時に突き止めたのは視界を共有しているからだろう)
分身ときたら狙うは本体。定石で考えるなら殿か中心にいるはずだ。大将がやられたら元も子もないためだ。
リンドウは敵を初めに感知した時を思い出す。一頭を中心に渦を描くように増殖していた。つまり、真ん中に陣取るタイプの可能性が高い。
「テケケケケケ!」
次々と攻撃してくる魔法体を倒しながら下にいる群れの中心を見ると、キノコ型の突然変異体マタンゴが、ちょこまかと歩いていた。しかし、一ヶ所だけ歩いていない場所を発見。
(そこか。隠れんぼは終わりだ)
それは、巨大キノコの傘の下。リンドウは一足飛びに着地し、傘の陰を覗く。
そこには、三頭の紅茸樹竜がいた。そいつらは、ウロウロと歩き回る邪魔な突然変異体マタンゴを処理していた。そのためこの周辺だけ不自然にマタンゴが居なかったのだ。
リンドウは、一番奥の竜に当たりを付けて走る。護衛の分身二頭の攻撃を難なく避け、本体であろう敵に迫った。竜は飛び上がるが傘の裏側にぶつかり、高く飛ぶのに失敗。
「テ、テケェェ!」
焦っても遅い。軽く首を刎ねた。
瞬間、周囲に何十頭もいた分身体は全て溶解して消えた。ひとまず安心だが、リンドウは竜の動きに違和感を覚えていた。
(まっすぐ遠征部隊の方へ向かい、竜の癖に飛ばずに律儀に歩行、加えて戦う前から分身し始めていた)
これらが指し示すことは遠征部隊の誰かを狙っているかも知れないということ。
最近ギフトに報告のある一連の行方不明事件と関係があるのか。それとも偶然か、他の何かか。いずれにせよ姉妹を守ることを優先するのは変わらない。
大きな事件の前触れでないことを願いながらリンドウは足早に先へ進んでいった。
◇
キノコ地帯を抜けたところで日が暮れ始め、本日の行軍は打ち止めとなった。
身を隠せそうな木々の隙間に野営する。姉妹と、マダラの鎧を着た歯がガタガタの男ドライツェンが一緒に暖を取っていた。
「こっちの部隊に居るってことはドライさんも巨樹竜狙い?」
部隊は基本的にケイオスの派閥で分けられているが、目標を同じにするもの同士を組ませることもある。
「うんにゃ、あっしは酸樹竜の方っすよ。ヴェステンの兄貴がこっちの隊に入れっつーから居るだけでさぁ。まぁ、あっし自身はどの素材も要らないんすけどね」
「?? どうして?」
「あっしは兄貴の娘さんの病気が治ればそれでいいんすよ。兄貴には助けて貰った恩があるっすから」
ヴェステンの娘も二大迷宮病の一つに罹っているのだ。
「そっか。理屈じゃないんだね」
「あっしらが集めているのは、幻樹竜の魔臓、檸檬樹竜の果汁、酸樹竜の消化液、天樹竜の花粉管っす。もし先に見つけたら譲って欲しいっす。持ってるのもあるんすけどね。多くて困ることはないっすから。飛びっきりの安値で買いますぜ」
「高値で買えー」
そのやり取りがツボに入ったのか姉アップルが笑っていた。
「ドライさんも結構考えてるんだね。少しだけ見直したよ。少しだけね」
「あっしに惚れるとヤケドしやすぜ」
「いや、ないです」
場が冷えたところで明日に備えて眠ることにした。




