第34話 姉妹の願い
姉妹が血樹竜の頭と樹脂を剥ぎ取っていると、真っ赤な竜鎧を着たヴェステンが檸檬樹竜を倒して姉妹の様子を見にきた。
「おいおい、それお前らがやったのか?」
「ううん、神様だよ」
妹アガウェーが振り返るとリンドウは霞のように消えていた。目を覚ましたアップルが妹の肩に手を置いて首を横に振った。他の誰にも正体を知られてはいけないため隠れたのだ。
そこへ二人に爆樹竜を押し付けた痩せぎすの男が話しかけてくる。
「げへへ、お前らそいつの首を置いて去りな。さもないと酷い目に——グヘッ!!」
ヴェステンの蹴りが脇腹にめり込み、森の奥に吹っ飛んでいった。
「あのバカ——“ドライツェン”がすまねぇな。後でとっちめとくから許してくれ」
「いいよ、お互い無事だったんだから」
「詫びといっちゃあなんだが竜の首お前らにいくつか付けといてやるよ」
「えっ、ホントに!? ありがと!」
「遠征、楽しみにしとくぜ。それとさっさとお暇した方がいいぞ。さっきの爆発音で竜が寄ってくるだろうからな」
ヴェステンは、マダラの鎧を着た男ドライツェンを拾って去っていった。
「初めてヴェステンさんがカッコよく見えたよ」
「コラ、またお前は余計なことを言って。聞こえたら首を付けてもらえなくなるぞ」
アガウェーはぺろりと舌を出して誤魔化した。
それから時は流れ、静寂が不安を誘い出した頃、鱗が姉妹の足元に刺さる。
『帰るぞ』
それを読みながら難しい顔をする姉アップル。
「カミサマ、さっきは助けてくれてありがとう。それと、お願いがある」
上を見上げ、リンドウのいる方を見る。
「私達にこれからも戦い方を教えて欲しい。カミサマが居なくても戦えるように」
「あたしからもお願いしますっ。せめて自分と手の届く範囲の人達を守れるように」
アガウェーは天を仰ぎ、神に慈悲を乞うように指を絡ませる。
二人は、神様の言う通り動いていただけなのに何だか自分達が強くなったような錯覚に陥っていた。それはただの幻想で、自分達がただのちっぽけな人間だということを今回の戦いで思い知らされたのだった。
リンドウは爆樹竜の頭部を自身の目の前に置き、それを見ながら木の上で二人の話を聞いていた。
どうせ助けるつもりだったが、改めてお願いされるとむず痒く感じる。産まれたての赤子に触れたような危うさ。
(壊れやすいものは苦手だ)
こちらまで脆くなってしまうから。だが、だからこそ心ないもの達に壊されないよう守りたい。それがリンドウが二人に肩入れする理由でもある。
(バカだな。俺も)
自分を嘲笑いながらも『きっちり働けよ』とだけ書いた鱗を姉妹に向け放り投げた。
二人はパッと表情を明るくした。
ちなみにコバコは、半分に割ったヤシの実に色んな果汁を混ぜてミックスジュースを堪能していた。相変わらず呑気である。
◇
姉妹が移動を開始してすぐにヴェステンの言った通り竜の群れが押し寄せていた。それをリンドウの指示でやり過ごしながら帰還していると、すっかり日が暮れてしまった。
止むなく朝まで災害か何かでめくれ上がった木の根の隙間で暖をとることにした。
アガウェーが垂れ下がるひげ根の幕の隙間から夜空を見上げる。竜により大地が人の血に染まっていることなど露知らず、月の光は平等に世界を照らしていた。
「お姉ちゃん、あれ見て!」
指差す森の先、無数の淡い光の玉が空中を漂っていた。
——突然変異体ウィルオウィスプ。蛍が竜血を吸って変異した生物。綺麗な水辺を漂う——
「綺麗だな」
それが竜血により作られたものだとしても、やはり美しいものは美しい。
「いつかお父さんやキュクロさんに神様、それと……お母さんとみんなで見たいね」
「ああ、そうだな」
姉妹の母親とは音信不通状態だ。
五年前の竜襲撃の時にアマゾ大森林付近の町にいた姉妹達は、大陸北東にある故郷ペルロシア王国に帰ることができず、そのままケイオスに居着いた。
母親は故郷にいるはずだが、消息は不明。悪人が多いケイオスには運び屋が来たがらないため情報は一切ない。落ち着いたら探しに行くつもりだった矢先、父が病に倒れて何もできず今に至る。
「……いつかきっと平和が戻ってくるよね?」
「ああ、大丈夫。誰もが笑って外を歩ける日が来るさ。私達には神様もついてるしな」
光が粉雪のように舞い、明滅を繰り返す。それが、今だけの刹那的なものだとしても、この視界の中だけのちっぽけな平和を享受しようと二人は微笑みあった。
姉妹の意識が夢現に差し掛かる。虫の音とウィルオウィスプの光が織り成す幻想的な光景が溶け、夜が更けていった。
一方その頃、ギフトに数名の行方不明者が出たと報告があった。
不穏な空気が漂う中、姉妹の討伐数はヴェステンの協力もあり、無事に十を超え、遠征の参加が決まった。




