第32話 ポンコツ姉妹の戦い3・爆樹竜
リンドウとポンコツ姉妹は、日がお辞儀を始めた頃に旧果樹園地帯のさらに奥を進んでいた。
姉妹は竜器を使いこなすため不安定な木から木へ飛び移って感覚を掴んでいく。二人は順応が早く、猿のように軽々と移動する。追いかけっこのようにして先行していた姉アップルが突如として手を横に出し妹を制止した。
その動作と同時に木々が倒壊する音が聞こえた。二人の背筋が強張る。しかし、心配をよそにこちらへ何も向かってくる様子はない。耳を澄ますと、男の野太い声と剣戟のような音がした。
「誰かが戦っているみたいだ。様子を見に行こう」
音の方へ草をかき分けて進むと視界が開ける。昨日、姉妹をからかって来た赤みがかった髪の男“ヴェステン”とその一味が巨大な黄色の竜と戦っていた。
——檸檬樹竜リモン。徒竜。まっ黄色の体で、岩のように大きい二足歩行の竜。無数の触手と、その先端に付いた緑や黄色の紡錘形の果実を振り回して戦う。さらに果実に擬似生命を与えて兵隊のように操る魔法を使う。人間が果実を食べるとたちまち眷属竜になれちゃうぞ——
棘のように鋭利な歯を持つチビ檸檬兵がヴェステンを狙う。
「ドォラァァァ!」
ヴェステンが闘牛獣竜の骨棍棒“闘牛竜棍”を使って檸檬兵を叩き潰した。
「お頭! どんどんチビ兵が増えていきますぜ! 撤退した方がいいのではぁ!?」
「うるせぇ! 俺が死ぬまで耐えろっ! 死なすぞ!」
「えぇ! そんな無茶な!?」
部下は半べそをかいている。
「……ちっ、しゃあねぇ離れてな! こいつを使う!」
ヴェステンが背中に付けていた身の丈ほどもある大盾を前方に構える。
“竜骨炎盾”。闘牛獣竜の頭骨を丸ごと使った盾で、口の部分が開き、そこから油樹竜の油を燃やした火炎を吐き出す。鍛冶師キュクロが趣味と実験を兼ねて作った竜器を、ヴェステンが攻撃の派手さを気に入って奪ったのだ。
ヴェステンが盾の口を開く。次の瞬間、内側の筒から業火が噴き出して複数の敵兵を焼き払う。
「ギィィ!」
さらに燃え盛る敵を棍棒で吹っ飛ばしていく。
「ふははははは! 燃えろ燃えろゴミ共!」
雑魚を焼きながら檸檬樹竜に少しずつ近づいていく。調子に乗っていたその時、仲間が駆け寄ってくる。
「かしらぁ! 東から葡萄樹竜接近中でさぁ!」
「あぁん? てめぇらで適当に対処しろや」
「チビ檸檬に苦戦中で厳しいっすよぉ!」
「ちっ、役立たずが」
どうするか算段を立てていると、後方から声がかかる。
「私達が行くよ!」
アガウェー達がヴェステンの近くに躍り出た。
「あん? 何でお前らが……あぁ、血樹竜のあれか」
薬の素材を集めていると察した。ヴェステンは一瞬だけ考えて口を開く。
「チッ、しゃあねぇ任せるぞ! しくじんなよっ!」
「まっかせっなさーい!」
雑魚姉妹とはいえ少しくらい時間が稼げるだろうという考えだ。実力を知るいい機会でもある。ヴェステンは、失敗したら嘲笑ってやろうと思いながら視線で姉妹を見送った。
◇
姉妹が東に移動すると、木々をなぎ倒しながら二足歩行で歩く青紫色の竜を視認した。
——葡萄樹竜グレイプ。徒竜。体中が紫の鉄球みたいな果実で包まれている——
「おい、愚妹。確か葡萄樹竜は、粘着魔法を使う。絡め取られないよう注意しろ」
「りょーかい!」
「接近戦は不利そうだ。たまには小道具を使おうか」
リンドウが指示を出さなくても自分達で判断するようになってきている。いい傾向だ。
彼は草葉の陰で見守っていた。
アップルはいつものように竜の目の前へ躍り出た。
「ブドゥゥ!」
敵は獲物を見つけて興奮している。数珠繋ぎになった果実を鞭のようにしならせてアップルを襲う。
剣で受ければ粘着して捕らえられてしまうので上へ飛ぶ。
敵は果実鞭を波打たせ、空中の彼女を追尾。
アップルは焦ることなく“薇竜鞭”を木に巻きつけて回避。そのまま枝を飛び移り竜へと近づく。
敵が前方に気を取られている隙にアガウェーが背後から一射。矢が敵の体に食い込むが果実がクッションのようになり傷を与えられない。
しかしそれは姉妹の想定内。竜がアガウェーの方に振り向く。
「くらえっ!」
アガウェーが球状の何かを投擲。竜の鼻先に付着した。“臭樹竜の鱗”だ。刺激を与えると強烈な臭いを発する。
竜は、地獄の沼の底のような臭いを発するそれを払いのけようと首を振るが、粘着する体が災いし、上手くいかない。
「……終わりだ」
その隙を突くようにアップルが樹上から飛び降りて、赤い刀身の蚊竜針剣で目玉ごと眼窩の骨を突き破って脳をかき混ぜた。
「ワイィィン!」
葡萄竜は犬の断末魔のような叫びを上げた後、白目を剥いて斃れた。
「難なく勝利だねっ!」
「完璧な援護だったぞ」
二人は、いえーいとハイタッチ。
「あ、そうだ。さっきこれ見つけたよ」
アップルの顔の前にグーにした手を差し出し、開く。一瞬空間が歪んだと錯覚した直後。
「うわっ、くさっ!」
臭樹竜の鱗を投げた時に付いた臭いだ。
「えへ、お裾分け」
「ぐーまーいー!」
追いかけっこが始まったのを見ていたリンドウは大きなため息を吐いた。
それから、追いかけっこは姉アップルが妹アガウェーを蹴っ飛ばしたことで終了した。
「ハァハァ、よし、みんなの様子を見に行こう」
「そ、そうだね」
息も絶え絶えに仲直りした二人が踵を返そうとしたその時。轟音。
「な、なんだ!?」
「な、なに!?」
姉妹が驚いてフラつく。
リンドウは木の先端に登って周囲の様子を窺う。遠くの木が揺れ、鳥の群れが飛び立つ。何かがこちらに近づいてきていた。目を凝らすと一人の人間が竜に追われていた。
(棘だらけの竜……見たことないな)
——爆樹竜ダイナマイトツリー。徒竜。全身が無数の漆黒の棘に覆われており、見た目だけでも嫌悪感を覚える。自爆魔法を使う——
稀に黄金の種を持つ個体がいるらしく、それが姉妹の求める材料の一つである。
逃げていた人間の男が姉妹の元へたどり着く。
「お、こいつは助かった! アイツは任せたぜ! じゃ!」
「え、え?」
二人は何が起きているかを把握できない。
刹那、地響き。木々をなぎ倒しながら姉妹の前に現れたのは巨躯の竜だった。
「あ、あ……」
今まで戦った竜よりも大きく、棘だらけの体がなお恐怖を駆り立てる。
アガウェーは気圧された。
「アガウェー焦るな。さっきとやることは一緒だ。援護を頼むぞ」
姉アップルは冷静だった。妹を守らなければという正義感がそうさせたのかも知れない。
爆樹竜は牙を打ち鳴らし、獲物を見定める。刹那、アップル目掛けて突進。まるで鉄塊。
「早い……!」
一瞬、反応が遅れたアップルは、剣を突き出すも当たりどころが悪かったのか根元から折れてしまう。さらに巨体が体をかすり、吹き飛ばされる。地面を転がり大樹に激突。
「ガハッ……!」
息を一挙に吐き出して意識が飛びそうになる。
「お姉ちゃん!!」
焦った妹が樹上から矢を射出して攻撃。
「ギギ」
声を出したせいで敵に位置がバレ、矢を難なく腕で払い落とされる。爆樹竜は口から酸を飛ばして反撃。
「うわっ!」
アガウェーの足元の木が溶けて落下する。すぐに体勢を整えるが、敵は眼前に迫り、攻撃動作に入っていた。
「ぐっ!」
尻尾のなぎ払いをクロスボウを噛ませてギリギリ防御。しかし、勢いを殺すことは出来ずに弾き飛ばされた。
「うわぁああああああ!」
姉の目の前へ飛ばされたアガウェー。痛む体を押さえながら這っていき、庇うように立ち塞がる。
「う、うぅ、お姉ちゃんは、やらせないよ……!」
竜は勝利を確信し、ゆっくりと歩を進める。足音一つ一つがアガウェーの体内に響き、震え上がらせる。彼女は死を覚悟した。
(……限界か)
様子を見ていたリンドウが敵の真横から飛び出す。一閃。完全に不意をついた一撃はいともたやすく竜の首を刎ね飛ばした。
これで一安心かと思ったその瞬間、リンドウは異変に気付く。首が無くなった爆樹竜の体が泡立つように膨らんでいく。
(あれはまさか!?)
リンドウは咄嗟にコバコをアップルにぶん投げ、自身はアガウェーを庇うように覆い被さる。
瞬間、爆樹竜の肢体が爆散し、鋭い棘のついた肉片が襲い掛かる。それをリンドウは驚異的な反射神経と身体能力で弾き落とした。しかし、全てを捌ききれずに体に突き刺さる。
傷口から血が吹き出していたが、致命傷になりそうなものは全て落としたので見た目ほどの損害は少ない。また、咄嗟に“ピパピパ”の能力で体の性質を枕のように柔らかく変化させて緩衝材にしたのも効果覿面だった。
コバコも同じくダメージを受けていたが、アップルを完璧に守り切っていた。触手を変化させ、大丈夫と訴えかけるように親指を立てていた。
◇
目を思い切り瞑っていたアガウェーは、ゆっくりと瞼を開く。何かに抱きかかえられていると理解し、視線でその無骨な漆黒の体躯をなぞりながらそっと仰ぎ見る。
長い口と黄金の瞳。それらが空に浮かぶ太陽と重なって後光が差しているように見えた。
「神様……!」
リンドウは、アガウェーを地面に降ろした。
視線の先、爆煙の奥に黒い影が薄っすらと揺らめいている。爆音で寄ってきたであろう新手の竜だ。
四脚で赤眼、長い触手のヒゲ、鞭のように長い尻尾、頭から足先まで生えた角張った漆黒の鱗。さらに体躯に巻きつくように周囲をどす黒い血液が浮遊している。
「あれは……血樹竜!?」
それは姉妹の目的の一頭“血樹竜ドラセナドラコ”だった。




