第31話 ポンコツ姉妹の戦い2・旧果樹園地帯
旧果樹園地帯。
アマゾ大森林にかつて住んでいた先住民族が育てていた果樹園の跡地だ。ここは迷宮の影響か、大陸中の果実が季節を問わず実っているとされ、一種の楽園のようなものだった。
しかし、竜が出現したことにより先住民達は蹂躙され、やむなくそこを放棄した。その後、管理者の居なくなった果樹達は野生化し、好き放題伸び続けて独自の植物体系を作った。
「あ、お姉ちゃん何か縞々の果実があるよ。食べれるかな?」
「竜になりたいなら食べたらいいんじゃないか」
様々な果物が自生しているせいか、果実に似た姿の竜の目撃証言が多い。そのため間違えて竜の体の一部を食べて竜化した事故もあるとかないとか、そんな都市伝説が蔓延している。
妹アガウェーは果実を見るたびに出てくるヨダレを抑えて探索する。するとさっそく、のしのしと歩いている竜を発見した。
——臭樹竜ギンコー。徒竜。黄色い体躯を持ち、葉を刃にする魔法を使う。臭い——
「目標が九頭だからな。サクサク行こう」
「うん!」
二人は素早く樹冠に隠れ、竜が真下に歩いて来るのを待つ。狙い通り眼下に捉えた瞬間、アップルが飛び降りて剣を振り下ろす。
「ガアガア!」
思ったより竜の反応が早く、肩口を斬るだけに終わる。
「くっ!」
敵は咄嗟に口を膨らませてブレスを吐いた。黄色いガスが辺りを包む。
徒竜以上は固有魔法の他に“ブレス”を使う。肺に取り込んだ空気と魔臓から放出される魔素を混ぜて口から吐き出す魔法だ。主に火を使っているはずの竜が氷のブレスを吐いたりと性質の違う魔法を使う場合があるので注意が必要。
使用頻度は個体差があり、連発するものもいれば、一切撃たない竜もいる。あまり使わない個体は餌が壊れるのを嫌っているというのが定説だ。
「チッ!」
アップルは素早く息を止め、ブレスの中から抜け出す。ガスが晴れると、そこには矢を撃ち込まれて絶命した竜の亡骸があった。ブレスを吐いた隙にアガウェーが仕留めたのだ。
「お姉ちゃん大丈夫?」
アガウェーが駆け寄る。幸い姉は無傷だった。臭樹竜のブレスは目くらましを主目的にしているようだった。
「ブレスは要注意だな。腹や喉が膨らむ予備動作をしっかり見落とさないようにしないと」
「お姉ちゃん」
「どうした?」
「くさい」
「蹴っ飛ばすぞ」
アップルは妹を蹴っ飛ばして、近くの泉で鎧を洗うことにした。
◇
「くちゅん!」
鎧を脱いだアップルがくしゃみをした。
「大丈夫お姉ちゃん? 寒い?」
「それもあるが、私は粘膜が弱いの知ってるだろ。森だとくしゃみとか出やすいんだ」
「いや、誰か噂してるんだよ。よく言うでしょ? くしゃみをすると誰かが噂してるって。お姉ちゃん黙ってたら美人だし、話題になりやすいんじゃない?」
「……黙ってたら美人は、お前の方の評価だろ。私は喋っても理知的で言葉の端々から教養が溢れ出る見た目通りの優等生だぞ」
「えー理知的な人は妹を蹴りませーん」
「あれは愚妹が悪い」
「ぶーぶー」
じゃれ合いながらも鎧を洗い終わると、日が天辺まで上っていたので、一行は昼食休憩を取ることにした。
姉妹は大きな木の虚に入り、腰を落ち着けると兜を脱いだ。
アップルは葡萄酒色の赤毛が汗で張り付き、艶っぽい雰囲気になっていた。アガウェーも明るい赤毛が張り付いて、丸顔のせいなのか、さらに幼く見える。
「さーて、今日のご飯はなんだろなー? でれでれでれでん! ほーしーにーくー!」
大きなため息を吐くアガウェー。干し肉は大して美味しくなく、腹を満たす役割しかない。
「哀れだな。所詮は愚妹、私とは大違いだ」
アップルはにやりと笑うと包みを開け放つ。
袋の中には“琥珀鉱竜の鱗”でできた保存容器に、燻製肉と卵のサンドイッチ、野菜のスープ、木苺のタルト。さらに飲み物にミルク。
“琥珀竜鱗”は食べ物の腐敗を抑えてくれるので保存に最適な“竜材”なのだ。他にも本を虫、光、水などから守るのに使ったりする。
「えっえっ!? なんでこんな豪勢なの!?」
「ふっ、私は今日の昼食を豪華にするため昨日はあまり食べずに保存用の容器と食料を買い込んでいたのだ。その日暮らしの傭兵のようにバクバク食べていた愚妹と違って計画性バッチリってわけだ」
「ぐぬぬ! 自分だけずるい!」
誇らしげな顔のアップルと反対に悔しい顔のアガウェー。姉はその反応に満足したのか容器の一つを妹に差し出した。
「仕方ないな、分けてやるよ。姉に感謝しながらよーく咀嚼して食べるんだぞ」
「なにそれー、キュクロさんみたいでムカつくー!」
と、言いつつもアガウェーはご相伴に預かることにした。
その様子を呆れて見ていたリンドウも食事をとる。メニューは竜肉の盛り合わせだ。味付けは森の香りのみ。飲料はオレンジ、木苺、ミルクを適当な配分で混ぜたもの。
大きく口を開け、血を滴らせながら貪り食べる。
相棒コバコも同じ品で、自分の箱へ竜肉を弁当のように敷き詰めて、ナイフがわりに触手を刺して貪り食っている。
知らない者が二匹を見たら悪魔が邪神降臨の儀式を行なっているとでも思うかもしれない。
その後、リンドウは昼飯を食べ終え、腕が完全に治ったのを確認して姉妹の元へと姿を現した。
「あ、神様! 相変わらず竜竜してるねぇ。どうしたの? まさかあたしのご飯を奪いに!?」
アガウェーは警戒するように食べ物を腕で囲う。リンドウは彼女の頭を小突き、木の幹に文字を書いた。
『少し修行する。ここで待ってろ』
姉妹が昼食をとっている僅かな時間も無駄にできない。
リンドウの能力は限度はあるが使えば使うほど技の幅が増える。これまでは探知系の能力開発に比重を置いてきたが、少し変えて次の三つを重視する。
信号、鱗の形質変化、体色変化だ。まず信号は絶対必要になる。竜は話す代わりに特殊な信号を飛ばして敵味方の判別や命令を行う。リンドウが竜と会った時、脳がむず痒くなる感覚があるのもこれの影響だ。
信号には二種類あり、一つは視認した生物に飛ばす方法。飛ばされて来た信号に対し、適切に返信できなければ敵とみなされてしまう。
もう一つは、広範囲かつ無作為に飛ばす方法。大勢に一度に伝えたい場合などに使う。こちらは一方的で返信せずとも存在や位置がバレることはない。
つまり、前者の信号が使えなければ視認された時点で敵だと一発でバレてしまう。
ということで、捕まえた眷属竜をツルで縛り付け、目の前に置いて意思疎通を試みる。
「グルル!」
(よう、気分はどうだ?)
「グルルル!」
(右手を上げてみろ)
反応はない。
(やはり簡単にはいかないか)
信号を送るというのが上手くイメージできない。リンドウが唸っていると、アガウェーが駆け寄ってきた。
「あー! 神様にらめっこして遊んでる! あいたっ!」
鱗が彼女の兜の眉間に当たった。
次の修行は、鱗の形質変化。現在のところリンドウは、ピパピパというカエルの能力を応用して鱗を柔らかくできる。それなら拡大解釈して、固くしたり、形を変化できないかと考えた。
そして試してみると少しだが変形に成功した。その鱗を一枚毟って確認していると。
「あー! 神様がオモチャで遊んでるー! あいたっ!」
鱗がアガウェーに二枚直撃。
最後の修行は体色変化だ。現在、体の色は黒系、茶系、緑系のみ。
もう少しバリエーションを増やしたい。隠密性をあげたいというのもあるが、衛竜に姿を見られているため、色だけでも変えて同一個体と思われないようにしたい。最終的には透明になって完全に背景に溶け込めるようになれば完璧だ。
変化速度も上げたい。理想は瞬きくらいの速さ。とはいえ物事には段階というものがある。少しずつカラーバリエーションを増やしていくことにする。
(まずは赤い血液を想像)
なぜ赤を選択したのかは、リンドウは血を必殺の武器に使うため、赤系に変化した方が何かと便利だろうと考えたからだ。
目を閉じて、全身の血液が表出し、包む感覚を想像する。そして、ゆっくりと目を開けて右腕を見ると薄っすらと紫色になっていた。
「あー! 神様発情期だー! ぐぎゃ!」
尻尾がアガウェーにめり込んだ。
そして、大した成果も上げられないまま楽しい(皮肉)ひと時を過ごし、一行は再び竜退治へ。
姉妹は緊張がほぐれたのか、初期の固さは取れて、苦もなく跳樹竜、油樹竜、音樹竜と立て続けに倒した。
流石に竜の首が四つとなると戦闘の邪魔になるのでリンドウが荷物持ちだ。
(神使いの荒い信者だな)
文句を垂れつつもしっかりと手伝う不器用な男であった。




