第29話 樹竜狩り2・強敵
リンドウはアマゾ大森林を南に進んでいた。生い茂る草木をかき分けて開けた場所に出る。そこには跳樹竜ゴームの巣があった。
森林の竜の巣は基本的に湿地帯など高木のない空き地に作られる。上空からの補給や、有事の際に逃亡しやすくするためだ。
形状は視程確保のため蟻塚のように、堆く建造されている。材質は生物の骨と植物の枝やツルを絡めたもので、飛び出す人骨などのせいで嫌悪感を覚える外観だ。周囲には手が翼の眷属竜が闊歩していたり、飛んだりしている。
――樹型蛇眷属竜グリーンワイバーン。蛇が変異したもの。後ろ足は生えたが前足がなく、代わりに翼になっている――
(下手に突っ込めば上空に逃げられて仲間を呼ばれるな)
一頭ずつ森に誘い込んで消していくのが得策。ということで最強の兵器コバコを使う。相棒は首(?)をポキポキと鳴らし、やる気満々だ。
コバコは、その辺に落ちているゴミに手足を付けただけのような、およそ動物とは言えない何かに変身した。そのまま、のっしのっしと亀のように竜の前に姿を晒した。
「バゥ?」
不思議そうに眺める眷属竜達。ほとんどの眷属竜は生物を見たら攻撃して眷属にするよう命令を受けているが、イマイチ判断に迷っていた。
「……グァッ!」
数歩まで近付かれたことでようやく生物と認めたのか、飛びかかってきた。
コバコは、シャカシャカと素早く足を動かして森に逃げる。と、同時に追い掛けてきた敵をリンドウが密かに消していく。
森に入ってきた眷属竜をテンポ良く殺し、残るは巣の中の徒竜達だけになった。
感知能力で残りの頭数を確認。残るは跳樹竜五体。
巣の出入口は天辺付近に一つと下部に四つ。上の出入口から逃げられるのは困るが、逆に四方からバラバラに逃げられても困る。
少し考えて相棒に指示を出す。
それを快諾したコバコが先ほど剥ぎ取っていた油樹竜ユーカリィの鱗を取り出した。この鱗は燃えやすく、着火材として重宝されている。
それをこっそり下部の四つの出入口に仕掛ける。その後すぐに跳躍したリンドウが【鱗手裏剣】を投げて北、西、東の油樹竜鱗に着火。残る南をコバコが燃やした。
あっという間に火が広がり、内部が勢いよく燃える。
「ゴォォン!」
火と煙を嫌がり、叫びながら上部から出て来た跳樹竜をリンドウが屠っていく。そして、あっという間に全滅させた。
(やはり持つべきは相棒だな)
二匹はハイタッチして喜びを分かち合った。
その後、油樹竜の鱗をさらにばら撒いて竜巣に火を付けた。
(これは本当に便利だな)
火は瞬く間に広がっていく。油樹竜鱗は日常から戦闘まで幅広く使われている便利品だ。巣を潰すには持ってこいの竜材である。
全体に火が回ったのを見届け、他の竜が来ない間に急いで離れる。それから同じようにいくつかの巣を焼いて回った。
続いて幅広の濁った川に到着。
川の上は木がなく、空から丸見えだ。当然、竜に発見されやすいので警戒しながら渡らなければならない。
リンドウは“バシリスク属のトカゲ”と同じように水の上を走れるがまだ三歩だけだ。それも助走をつけなければ不可能である。
幸い、川幅はそこまで広いわけではないので竜がいないか確かめながら水に入ることなく一足で飛び越えた。そこから草をかき分けた先に竜巣を見つけて辺りに警戒しながら近づく。
(眷属竜すら一頭もいない……。出払うにしても見張りは居るはずだが)
誰かが竜だけを殺して巣は放置したのか。恐る恐る近づき内部を覗くが中にも気配はない。こういうこともあるか、と、そのまま巣を焼き払おうと準備を始めた時だった。
突如として風を切るような高音。それが頭上からもたらされていると気付き上を向く。瞬間、何かが雷のごとく飛来し、巣ごとリンドウは吹き飛んだ。
(くそっ、なんだ!?)
湿地帯から森の手前まで飛ばされたが、持ち前の身体能力で受け身を取って無傷だった。
巣の跡に砂煙が舞っており、中には黒い影が見える。徐々に晴れていき“四枚”の翼を持つ竜が露わになった。
——骸樹竜スナップドラゴン。衛竜。背中に髑髏模様があるのが特徴——
(あれは……衛竜!?)
骸樹竜は、歯をむき出しにして敵意を隠さず向けてくる。さらに森の奥からは眷属竜がぞろぞろと姿を現した。
(……罠か)
巣を派手に燃やして回っていたからか、近くにいた衛竜に気付かれ、待ち伏せされたとリンドウは予想した。
脳にむず痒い感覚が走る。竜は不可視の信号を送ることで敵か味方か判別するのだ。
「グォォォォォォ!!」
うまく信号を返せないリンドウを敵と認識した骸樹竜は咆哮を上げる。刹那、一度だけ羽ばたき、一瞬で距離を詰める。
(早いっ!)
リンドウは避ける間もなく、鉤爪で一合二合と斬り結ぶ。
(くっ……これが衛竜の力か!!)
今まで戦ったどの竜よりも速く、重い。受けきるので精一杯だ。
(無策では厳しい……ならば森の奥へ誘い込む!)
当たれば即死の攻撃を捌きながら後退していく。瞬刻、敵の大振りの一撃が命を刈り取りに来る。
その隙を突くべきか、一瞬思考したが違和感を覚えて後ろへ跳ぶ。すると、リンドウの居た場所にツルと尻尾が叩きつけられ大穴が空いた。
ワザと隙を見せ、攻撃を誘発させようとしたのだ。芸が細かい。
(チッ、戦い慣れているな……!)
防戦一方のリンドウだが、森と湿地帯の境界線までどうにか誘い込んだ。しかし、あと一歩のところで竜が飛翔する。
(……ッ! 悟られたか!?)
敵が上空で停止した状態で左腕をこちらに翳す。
その動作にリンドウの歴戦の勘が危険であると本能に知らせる。直後、右腕が悲鳴を上げるように捻られていき、ついにはねじ切れた。
(魔法か!?)
血で無効化できなかったところを見るに大気ごと捻ったと見るべきだろう。
焦るリンドウを尻目に間髪を容れず、竜が動作を移す。胸部が膨らむ。
(まずい!)
次の瞬間、空を覆い尽くすほどの灼熱の炎が吐かれてリンドウを襲う。迷宮樹以外の木々と生物、眷属竜もろとも焦土へ還る。
リンドウだったものは業火に焼かれて炭となった。
衛竜はそれを満足気に眺めると東の方へ飛び去っていった。
◇
(行ったか)
リンドウは川からワニのように目だけを出して辺りを観察していた。
先ほど燃えたのは【脱皮】した皮だ。あのままだと負けないが勝てないと悟り、とっさの機転で逃げたのだ。
(衛竜……今までの雑魚竜とは速度も膂力も桁が違う。勝つためには他の要素がいる)
無策ではどうしようもない。地対空の難しさを改めて感じた。
(修行だな)
両爬の力で未熟な部分を研鑽、応用し、攻撃の引き出しを増やせば必ず奴を倒せるはず。リンドウは気を引き締め直した。
(それにしても鎧が壊れなくて良かったな)
脱皮対策に袖のない鎧は、前面と背面が内側から強い衝撃を受けると片側が観音開き的に開閉するようになっている。これにより脱皮しても鎧を完全に脱がずに済む。豆をサヤから押し出すような感じだ。
鎧は翼を付けるために必要になるので、しばらく脱いで置くことにする。
ちなみにコバコは川をウミヘビのごとく優雅に泳いで遊んでいた。平和か。
それから、ねじ切れた右腕の回復のため竜巣潰しは一旦終了してケイオスへ帰還することにした。




