第28話 樹竜狩り1・空飛ぶ竜の殺し方
リンドウはフラズグズル姉妹が迷宮都市で休んでいる間、竜狩りと修行を兼ねて竜巣を潰すことにした。
木に登り、漆黒の体をあちこち回して柔軟する。ガーラ大迷宮に居た頃と同じく、森でも黒い体色で行くつもりだ。理由は“人に見られた色だから”である。
リザードマンの情報が漏れるとしたら主に人間からだろう。目撃証言で上がりそうなのは翼がないことの他に“体と瞳の色”のはずだ。となれば、ずっと同じ色でいることで“無翼の竜は黒い体をしている”と印象付けられるわけだ。ようするに体色を変えられる竜と思わせないため。
リンドウの仮説——“集落の仲間のエスカーが竜”だった場合、人型に変身できる竜がいることになる。なのでやはり人間に下手な情報は渡せない。
(まったく、英雄になるってのは楽じゃないな)
英雄は感情的行動と合理的行動を両立させなければならない。短期的に人を助けつつ、長期的に竜を倒していく。それは酷く困難で少しでも選択を間違えればどちらも成立しなくなってしまう。
超合理主義的だったリンドウにとって人助けなんてのは無縁だった。常に損得勘定で考え、自分が損をするなら一切他人を助けない。そのせいか昔は殺戮人形、無慈悲な悪魔と散々な呼ばれようだった。
しかし、妻ダリアと出会ったことで“心”を知った。彼女のおかげで今の自分がある。
(感情ってのは毒にも薬にもなる、か)
やっかいなものを持ったと思いつつも、どこか嬉しそうに笑みを浮かべる。一方、コバコは『ニヤニヤしてきもーい』とでも言うような引く動作で様子を見ていた。
(さて、竜を探すか)
現在リンドウが主に使っている感知能力は五つ。【振動感知】、【水流感知】、【電気感知】、【蛇眼(熱感知)】、そして“【臭気感知】”だ。
——蛇は鋤鼻器と呼ばれる嗅覚器官を口蓋に持っており、舌に付着させた化学物質をそこに送ることで臭いを確認できる——
さらにリンドウの舌はカメレオンのごとく長いので超広範囲の臭いを探れるというわけだ。
さっそく、ぺろーんと舌を伸ばして臭いの素を採取。モグモグと舌を口腔上部に付けて確かめる。
(……このムカつく味は、竜だな)
その時だった。他の感知能力に反応。木々の隙間から見える飛行中の竜から隠れるようにリンドウは樹木の裏へ。
(羨ましいな。飛べるってのは)
これから今みたいな空飛ぶ竜を殺す方法を模索しなければならない。まだ見ぬ衛竜や王竜との戦いに備えて策の幅を広げておきたい。戦っていれば恐らく思い付くだろう。リンドウの経験による判断だ。
飛行竜が去ったのを見送り、【臭気感知】に引っかかった竜の方へ向かう。すると、程なくして一頭発見した。
――油樹竜ユーカリィ。徒竜。緑色で光沢を放っている。鱗から分泌される油がよく燃えるので浴びないように注意しなければならない――
油樹竜は呑気に変異した猪眷属竜の肉を咀嚼している。
一瞬で片付けられそうだが、それでは味気ない。
リンドウは、出し抜けに、敵の翼を片方斬り裂いた。
「ユリィ!?」
竜の翼は正中線で分けた時、左右どちらか半分失うと飛べないのが通説だ。
(さぁ、どう動く)
「ユリィィ!」
油樹竜は威嚇した後、口から油の塊を飛ばした。
リンドウは苦もなく躱していく。
すると、敵は片方だけの翼を羽ばたかせ、突風を起こし油の拡散範囲を広げた。飛び上がる気配はない。
(なるほど。面白い)
現状できる悪くない一手だ。相手が悪いが。
リンドウは跳んで回避し、木の太い枝をバネに、すれ違いざまに左手に装着した武器、鉤爪ヘルタロンで首を斬り落とした。
(やはり飛べないか)
もう少し検証が必要だが、概ね飛べないと見て間違いないだろう。
次の獲物を探しに移動する。するとすぐに発見した。
――音樹竜ペンペン。徒竜。体中をベルのような形状の白い花が覆っている――
竜戦では竜の個性を理解するのも大切だ。
個性といえば魔法。
音樹竜は体表にある釣鐘型の花を使って音を出し、それを魔法で増幅して増援を呼んだり攻撃したりする。常に音を鳴らしながら歩いているので先に発見しやすく、リンドウなら気付かれることもなく瞬殺できる。
もちろん今回はすぐに殺さない。
まず“魔臓”を潰す。魔臓とは竜が魔法を作るための器官で、そこから分泌される魔素を練り上げ魔法へ変換している。つまりそこを破壊すれば再生するまで魔法が使えなくなる。
魔臓の位置は個体差があるが、大体、体の中心辺りが多い。全身に魔素を巡らせやすいためと考えられている。リンドウは竜を割と解体するため基本の位置は把握していた。
やることを決め、颯爽と音樹竜の前に飛び出した。魔臓のありそうな体の中心を左爪で貫く。
(チッ!)
たしかに獲物を貫けたが、魔臓には破壊された後の反応が二種類ある。
一つは、そのまま魔法が使用不可能になるパターン。もう一つは、既に使用された魔法が継続されるパターンだ。
後者は厄介で、たとえば分身魔法を使われていたとしたら魔臓を破壊しても分身は残ってしまう。
音樹竜もリンドウに刺される瞬間、魔法を発動していた。そのため音が増幅されると思われた、が。
「リ……」
轟音を鳴らされる前に体を捻り、首に尻尾を叩き込んだ。
久々の尻尾攻撃。骨を折るには至らず気絶させただけだった。芯を外したというのもあるが、樹竜はツルがあるためそれが緩衝材になって衝撃を減らしたのだ。
(やれやれ、尻尾は慣れないな)
尻尾を犬のようにブンブン振って感覚を確かめる。コバコがそれを見て嬉しそうに掴もうとしてくる。猫じゃらしか。
ため息を一つ落とし、竜の首も斬り落とした。
次へ。
――跳樹竜ゴーム。徒竜。よく跳ねる。しばしば筋線維を武器や罠、日用品に使われ、人々の生活に欠かせないものになりつつある――
竜戦において、時には竜の性格や癖を知ることも重要となる。
跳樹竜は好戦的で脚力を活かして突進し、一撃で決めようとする傾向にある。平たく言うと“せっかち”というわけだ。
リンドウは、敵の目の前に悠然と立った。
「ゴゴゴォ!」
竜特有の仲間確認のための目に見えない信号を飛ばしてきた。リンドウの脳が揺れる。
(中々慣れないな)
信号対策も考えなければならないが、今は置いておく。
跳樹竜はリンドウを敵と認識して威嚇を開始。直後、定石通り直線的に体当たりしてきた。
突進は地形を利用してかわす。ここでは竜でも破壊できない迷宮樹を盾に使って防ぐ。
予定通り、木の陰に隠れて難を逃れた。それを何度か繰り返して敵をイラつかせる。
「ゴゴムゥ!」
そしてせっかちな敵は焦れてきたら上空へ逃げる。そこを叩く。
当然、飛ぶとしたら樹冠の少ない方へ行くので、動きを読みやすい。
リンドウは敵が宙に浮いたところをタイミングよく飛び出して首を刎ねた。
(竜も所詮は獣。種にありがちな動きを読めば容易く殺れる)
人間と似た思考の竜もいるとしたらその心理を突けばあるいは倒せるかもしれない。
リンドウは考察しながら森の奥へと進んだ。




