第24話 神降臨?1・ポンコツ姉妹
突如として聞こえてきた少女の気合いの声。リンドウが木を飛び移り、声の発生源に行くと、全身鎧で顔も体型も見えない十代後半くらいの少女が二人いた。
リンドウの両生類と爬虫類の互換的、あるいは上位互換的能力、“両爬の力”の感知能力【蛇眼】で骨格を透かして大凡の年齢が分かったのだ。
「ふぅ、やったよ“アップル”お姉ちゃん! 化け物を倒したよ!」
「愚妹の癖にでかしたぞ“アガウェー”!」
どうやら姉妹のようで、姉はアップル、妹はアガウェーという名のようだ。
二人は満面の笑みでハイタッチしていた。大袈裟に喜ぶので眷属竜でも倒したのかと思えば、大きなゴキブリ型の突然変異体に剣を突き立てていただけだった。
——突然変異体ゴブリン。ゴキブリが竜の血を吸って変異した生物。地方によってはゴキブリンとも呼ばれている。どこにでも湧くやっかいな奴——
突然変異体は意思がなく、竜に操られることのない存在だ。ほとんどが誰でも倒せる雑魚である。
妹アガウェーは剣を抜き、血を拭う。それを見ながらヤレヤレと肩をすくめる姉アップル。
「愚妹よ『どりゃああ』はどうかと思うぞ」
「ごめんお姉ちゃん。つい」
大声を出したことを叱っているようだ。姉の方はしっかりしているらしい。
「『死ねぇぇぇ』の方が良かったな!」
前言撤回、バカは二人いた。
リンドウはため息を一つ吐く。
(大声を出したのは不味かったな。何もなければいいが)
残念なことに嫌な予感は当たる。
地鳴りがして岩のように大きな茶色い球体が姉妹の方へ転がってくる。目を凝らしてみるとリンドウが先ほど倒したのと同じ種類、玉樹竜タンブルウィードだった。
「逃げるぞ愚妹!」
「うわわ、お姉ちゃん待ってよぉ!」
坂道を下るように駆け出す二人。
(バカが)
横に逃げればいいものを敵が転がりやすそうな方へ逃げてしまう。
仕方なくリンドウは自身の鱗を剥いだ【鱗手裏剣】を二人の進行方向に投げる。木の枝が切断されて落下、二人の道を塞いだ。
少女達は驚いていたがそこで気付く。
「そ、そうだ横に逃げろ!」
「う、うん!」
直後、二人のいた場所を破壊しながら玉樹竜が通り過ぎた。竜でも破壊できない迷宮樹に当たって止まった一頭が球体を解き、ヨダレを滴らせながら二人を睨む。
リンドウは静観していた。今すぐ助けに入ってもいいが、気になることがあった。
(どう見ても戦いの素人が武装して森にいるのはなぜだ?)
ゴブリンの下りから察するに迷子という感じはしない。可能性は低いが実力を隠しているかも知れないためギリギリまで様子をみることにした。
「お、お姉ちゃん早く逃げよう?」
「……いや、戦う。ここで逃げたら何のために森まで来たんだ。父さんを助けるんだろ?」
「……そう、だね」
「安心しろアガウェー。姉ちゃんは強いんだ。一頭ぐらい倒せるさ。お前は援護しろ」
「……うん!」
姉のアップルが剣と盾を構える。赤い意匠の細剣“蚊竜針剣”と六角形の盾“亀竜盾”だ。
構えは半身。教練本の型通りといった様子で悪くはないが、実戦経験が少ないのが見てとれる。
妹の方は苔色のクロスボウと同色の鞭を持っている。中遠距離タイプの装備を揃えていた。
両者共に見た目はボロボロの装備だが、それは偽装であるとリンドウは見抜いていた。見立てでは相当上質な武具だ。何のために偽装しているかは分からないが、優秀な加工師に仕立ててもらったのが分かる。
(宝の持ち腐れだな)
使い手が悪ければ、貴重な竜器をむざむざドブに捨てるようなものだ。ともあれ、ピンチになるまで様子を見ることにした。
「死ねぇぇ!」
姉アップルは剣を振り上げながらバカ正直に突っ込んでいく。
それを見た玉樹竜が触手のような無数のツルを伸ばして攻撃してきた。
「う、うわっ!」
焦りながらも剣と盾でギリギリ捌いていた。どこにどう動けば危険じゃないか本能的に判断しているのだろう。才能だけはありそうだった。しかし、今の実力では決定打に欠け、日が暮れそうなほどグダグダしていた。
幸い、玉樹竜はあまり飛ばない。なぜなら転がることで常に翼がズタボロだからである。不便な奴なのだ。
さらに坂を下っていった残りの玉樹竜は戻ってこない。急には止まれないのである。不便な奴なのだ。
コバコをチラ見すると、剣闘士興行を見る野次馬のように拳を作り、ヤジを飛ばす動作をしていた。台詞をつけるなら『やれーやっちまえー』だろう。完全に楽しんでいる。
リンドウは鼻で笑い、アクビをしていると姉妹に動きがあった。
姉の後ろに陣取っていた妹がクロスボウから矢を射出する。それがアップルの脇をかすめながらも敵の腕に直撃。
「あ、危なっ! コラ愚妹!」
「お姉ちゃん邪魔だよ!」
「お前が動け!」
「やだ!」
ついに姉妹喧嘩を始める始末。
見てられなくなったリンドウは二人を援護することにした。姿を見せると驚かせてさらなる混乱を生むので、こっそりと鱗を投げて敵の触手を切断してやった。
「な、何だ!?」
「新手!? どこ!?」
妹アガウェーは辺りを見渡す。しかし、擬態しているリンドウを見つけられない。そこで少し考え、結論を出す。
「うーん……まっいっか! こっちに攻撃してこないし!」
いや、ダメだろう。リンドウは呆れて木から落ちそうになる。
姉アップルは少し息を切らしていた。雑魚とはいえ命を賭けた戦い。彼女はまだ効率よく体を動かして戦えない。体力が無くなるのも当然だ。
(これで決めろよ)
リンドウは終わらすために玉樹竜の目に鱗を飛ばす。
「ゴロロォ!」
竜は変な鳴き声を上げ怯んだ。
さすがのアップルもその隙を見逃さない。
「このやろぉぉぉぉ!」
裂帛の気合いとともに剣先を竜の喉元へ突き刺した。
敵は血と体液を撒き散らしながら転倒した。
「死ねっ死ねっ死ねぇぇぇぇ!!」
のしかかった姉アップルは何度も何度も剣で斬りつけた。そして苦しみのたうち回っていた竜は、ついに事切れて動かなくなった。
「ハァハァハァ……」
姉は息を切らしながら両手を掲げる。
「よっしゃああああ!! あでっ!」
勝利の雄叫びを上げた瞬間、リンドウが叫ぶなと諌めるように鱗を兜に当てた。
「やったねお姉ちゃん! でも何かおかしかったよね。誰かに助けられてたような?」
「ああ、そのようだな。だが、姿を見せないのはなんでだ?」
周りを見渡しても誰も出てくる様子はない。
その時だった。気を抜いていた二人に新手の玉樹竜の集団が襲いかかる。
(チッ……!)
数が多く、鱗では助けられないと踏んだリンドウは自ら飛び出した。敵の回転を見切り、爪で頭を斬りとばす。
慣性に従って転がる死体に当たらないようワンステップで移動し、妹アガウェーを担ぎ上げる。姉の方の無事も確認し、ひとまず安堵した。
一方、アガウェーは無骨な腕の中からリンドウを見上げていた。ちょうど、日の光と重なり眩しさに目を眇める。その姿は、彼女からすれば後光が差しているように見えた。
「も、もしかして、あなたは——」
魚のように口をパクパクさせ一言。
「神様?」
リンドウは神様になった。




