第21話 追うもの達2・黒狼団
一区の北側。白獅子団新団長デプティーの部隊が竜の残党狩りをしていた。
「怯むな! 回り込んで側面から攻撃しろ! 我ら白獅子の力を見せてやれ!!」
眷属竜が数頭群れをなして抵抗していた。
「——邪魔だ」
どこかから高めの声が聞こえてきたと同時、黒い影が高速で横切る。すると眷属竜の首が落ちていく。息を吐く間もなく、広間にいたすべての竜が瞬殺された。
止まった影を見ると全身に漆黒の鎧を纏った人物がいた。鎧には黒ユリの花と黒い狼の紋章。
「あれは……まさか黒狼団の紋章か?」
“黒狼団ダークウルフ”。
大陸西のオルレア王国国王直属の遊撃隊。わずか四人だけの少数精鋭にして唯一、四枚の翼を持つ“衛竜”を狩った者達である。
デプティーが様子を窺っていると、黒狼団団長の背後から現れた残りの三人の団員の一人が黒い兜を取って近づいてきた。
「やぁ、白獅子の諸君。黒狼団のヨクスだ。団長はシャイでね。俺がおしゃべり役さ」
目鼻立ちの整った明るめの赤毛の男“ヨクス・アポロン”がニコニコしながら話しかけてきた。黒い鎧のせいか、明暗の差で妙に歯が白く見えるのが印象的だ。
「今さら何の用だ」
デプティーが警戒しながら応じた。
「たまたま近くにいてね。助けに来たのさ。だけどほぼ終わっているようで驚いたよ。白獅子がやったのかい?」
「……いや、リザードマンだ。翼のない黒い竜がやった。今調査中だがすべての区で主要な竜と巣を潰したようだ」
「へぇ、それは面白いね。その竜はどこに行ったんだい?」
「分からない。が、おそらく迷宮の外だろう。すべての竜を殺しそうな勢いだったからな」
「それなら助かるけど、まぁ無理だろうね」
鼻で笑うヨクス。
その後、いくつか情報を交換した。一息ついたところでヨクスが黒狼団の方を見る。団長が首を横に振った。それを見たおしゃべり役は軽くため息をついて向き直る。
「我々は十区に用事があるので“掃除”しながら向かうよ。情報ありがとう。それじゃあ」
恭しく挨拶した後、ヨクスは団長の元へ戻り、小声で話しかける。
「これで良かったかい団長さん?」
「ああ。十区に向かうぞ。が、その前に温泉に入る」
「……えっ? お、温泉?」
団長はそういった俗物的なものとは無縁と思っていたため意外な顔をするヨクス。
「ああ、ここの湯は格別だと聞く」
一区には溶岩帯の近くに温泉地帯があるのだ。
白獅子を背に温泉広場へ移動した。黒狼団以外居なくなったところで団長が重量感のある黒兜を脱ぐ。現れたのは金髪ショート碧眼の女。
“黒狼団団長ジャンヌ”。齢十九の天才剣士。
その姿を見たヨクスが目を輝かせる。
「ああ、相変わらず美しい。まるで女神だ。隠しているのがもったいない」
「お前のような色情魔だけならマシなんだがな」
若い、女、天才剣士。どれを取っても嫉妬や怨恨を生み、まともに話をできないバカが多い。ゆえにジャンヌは、“ジャガ”という偽名を使って、全身鎧で正体を隠し、会話は主にヨクスに任せていた。
「しっかり見張っておけよ」
兜をヨクスに投げ渡した。
「了解。二人が覗かないように睨みつけとくよ」
当の後ろの二人は、片方は酒を片手に本を読み、もう片方は斧を眺めていて興味なさげだった。
「お前が一番覗きそうだがな」
「女性の信頼を失うことはしないさ」
が、覗きに行こうとしてぶん殴られたのは言うまでもない。
その後、一人になったジャンヌは黒狼獣竜の竜器一式と琥珀色の剣、それと狼が象られた銀のネックレスを丁寧に脇に置いた。
露わになった肢体は、美麗な絵画に描かれる女神のように美しく、見惚れない人間はこの世にいないだろう。あえて欠点を挙げるなら左肩に薄い十字傷があることぐらいだ。
ジャンヌは湯に浸かりながらリザードマンについて考える。たった一頭で何百頭もの竜を殺した無翼竜。
(…………)
その怪物の正体を考察すると一つの仮説にたどり着いた。
(リザードマンが眷属竜で元の人の意識を保ったままだとしたら、あの男——ドレイクならばこの殺戮にも合点が行く)
幼い頃、自分に剣を教えてくれたクズ野郎で、突如女と駆け落ちして消えた師匠だ。
奴ならば竜相手だろうが容易に成し遂げるだろう。そこまで考えて彼女は首を横に振った。
(願望だな)
自分が唯一勝てなかった男。だからそうであって欲しいという願い。思考の偏りだ。感情は判断を誤らせる。
髪をかきあげ、頭の中の靄を吹き飛ばすかのように上を向いて息を吐く。
「それにしても……いい湯だな」
彼女は一度頭を真っ白にして温泉を堪能した。
それからしばらくして黒狼団はガーラ大迷宮十区に移動した。そこはリンドウの暮らしていた元集落だ。
ジャンヌ達は墓のある中央広場へ赴いた。
「汚い墓だ。センスがないな」
中心には木でできた十字架に小綺麗なネックレスが掛けられていた。その下の石に歪んだ文字で村人の名前が書かれていた。
リンドウ、ダリア、カドモス、エスカー……。
ジャンヌは名前を見て鼻を鳴らす。それを見てヨクスが問いかける。
「知り合いでもいたのかい?」
「ああ、私の獲物を奪った奴だ」
「へぇ、それは興味深い」
「ただのバカだ。気にするな」
悪態を吐きながら周囲を観察すると、周りの土が荒れていることに気付く。ジャンヌは足元に半分埋もれていた骨を拾う。いびつな骨だ。
「見たことのない骨だな」
ジャンヌの第六感とでもいうべき何かが疼く。
「掘るぞ」
「墓荒らしとはバチが当たらないかい」
「ふ、今以上の天罰があるのなら下してみろ。神が怖くて竜狩りはできんさ」
「そりゃそうだ」
ヨクスは肩をすくめ、他の二人の団員を見る。集落の瓦礫の中から哲学書を見つけ、嬉しそうに酒を片手に本を読む男と、武器の斧を磨き続ける男。
「キミ達仕事だよ。あと、他のことに興味を持ちなよ」
二人は気怠るそうに立ち上がった。黒狼団は、団長を含め一癖も二癖もある奴らの集まりだ。
自分がしっかりしなければとヨクスは、ため息をついた。自分のことは棚上げである。
四人で墓を掘り進めると、すぐに眷属竜化した人の骨が出てきた。迷宮では腐敗が早く、血肉はすでにない。
「……二人分足りないな」
刻まれた名前と死体の数が一致しない。
「名を刻んだ奴とは別に何者かが蘇生したとか?」
「かもな。それと一体辺りの骨の数もおかしい。どれも満遍なくどこか欠けている」
「うーん、戦闘で折れてなくなったのかな?」
「それはない。どれも正確に首を一撃で切り落とされていて、かなりの使い手であると窺える。そんな奴が大腿骨や脛骨を折ってしまうとは思えない。それに骨のかけらがどこにもないしな」
骨折した骨は当然体内に残る。だが、この死体達にそれはない。また、折れたとしたら折れた部分は形が歪になるものだが、それもなく根こそぎなくなっている。
「あ、骨で思い出したんだけど、ここに来る途中で見た徒竜の骨にも違和感があったんだった」
ヨクスが思い出したように手を叩く。
「脚を切った時に見えた骨に、まるで接ぎ木したような接合跡みたいのがあったんだよね。その時は、あんまり気にしてなかったけど、もしかして何か関係あるかな?」
ジャンヌは顎に手を当て考える。
「そういえばここで見た徒竜はどれも見たことがない奴だったな。両爬型の竜なら誰か知っていてもおかしくないが」
三人は首を横に振る。
「まさか、新型?」
ヨクスが顔をしかめながら呟いた。
「だとしたら“七頭目の王竜”か」
「勘弁してよぉー」
ヨクスは炎のような髪を掴みながらうな垂れた。
ジャンヌは思案する。リザードマン、少ない死体と骨、新型の竜。ほぼ気まぐれで訪れたガーラ大迷宮だったが、思わぬ収穫があった。
無翼のリザードマンが次に向かうとしたら竜を狩りやすく隠れやすい場所——大陸南西のアマゾ大森林だろう。そこはガーラ大迷宮のほぼ真上にある。
「リザードマンを追う。行くぞ、森へ」
黒狼団の四人は十区を後にしてアマゾ大森林へと向かった。




