第201話 神の領域4・鍛冶師親子
世界樹八十五層。霧に包まれ、霜の降りた肌寒い場所だ。
驚くべきは霜の塊の巨人が何人も闊歩していることだ。それらは地形の一部であり、竜殺しの血液が効かない。
リンドウが試しに鱗を投げてみたら、反射的にハエを追い払うように腕を振るって反撃していた。
「なんだありゃ、おもしれぇなぁ!」
野太い声を発したのは土色の鎧を着て、左眼に眼帯、茶色のボサボサの髪とヒゲの中年——鍛冶屋“ドゥワフ・ドワーフ”だ。リンドウの友人であり、ガーラ大迷宮で世話になった人間だ。ここに来るほんの少し前に合流した。
「うるせぇぞ、クソ親父」
息子の鍛冶師“キュクロ・ドワーフ”が気怠げに言った。耳が隠れるくらいの茶髪に、父親と同じく左眼に眼帯をしている二十代。リンドウとはアマゾ大森林で出会い、ポンコツ姉妹の世話と引き換えに翼付きの鎧を作ったのだ。
「せっかくの祭りなんだ楽しめよバカ息子よぉ!」
「何が祭りだ。戦争を美化すんじゃねぇ」
「かぁー! 堅い、堅いねぇ! 何でこんな面白みのない人間に育っちまったんだ。親の顔が見てみたいぜ」
「見ない方がいいぞ。何も考えてなさそうなアホ面だからな」
「ったく、小さい頃は素直で可愛かったのによぉ。見世物小屋に連れていった時なんて、目を輝かせて将来は奇術師になるー、とか言って純粋だったのによぉ」
「いつまで昔のことを武勇伝みたいに語ってんだ。大体、てめぇら夫婦が仲良くしてりゃあこんな捻くれ者に育たなかったんだよ。子は親を見て育つんだぞ」
二人は家庭の事情と、竜が現れたことで疎遠になっていたがアガウェー達が仲を取り持ったお陰で関係は修復していた。口は悪いが。
「おいおい、観光気分かよ」
と言ったのは、運び屋テイル・フェアリー。八十層で合流してからずっと付いてきている。琥珀色の鎧が目立つ。
「あぁん? 観光気分だぁ? その通りだよ! ガハハ!」
くだらない話をしていると、巨人達の合間を縫うように六枚の翼を持つ竜が現れた。
——老屍竜フリュム。青白い鱗で腰の曲がった老人のような竜。色んなものを枯らせる“枯死魔法”を使う——
「ヒョヒョヒョ」
敵は不気味な笑いを浮かべながら茶色いブレスを吐いた。
「うぇ、汚ねぇなぁ!」
「触れたらヤバそうだな。親父、離れてな」
キュクロが重そうなクロスボウを構えて矢を上空に放った。しかし、それは明後日の方向に向かい、霜の巨人の頭に刺さると飲み込まれた。
「あっ」
運動神経皆無のキュクロ、くそミス。
矢の刺さった巨人が怒ったのか走ってきた。
「う、うわあああ! バカ息子! なんて事しやがる!」
「う、うるせぇ! 逃げるぞ!」
いがみ合いながら走る二人。
「世話の焼ける」
リンドウが巨人に琥珀色の鉤爪を振るって注意を引く。見事成功して、巨人は標的をリンドウに変えた。
「ウゥゥゥ」
木枯らしのような声を上げながら突進してくる。
(……チッ!)
リンドウは視線を巨人ではない方に向けると、そちらの方へ跳躍。
その場にいたペローロスを蹴り飛ばした。
「な、なんでさぁ!?」
骨がバラバラになって真っ赤なコアだけが遠くに転がっていく。やがて止まった核に再び骨が集まる。
「いきなり酷いっさぁ! 敵は向こうでさぁ!」
「急に蹴りたくなった」
「えぇ……」
突然の理不尽に呆然とするペローロスを尻目に、鍛冶師親子に動きがあった。
「次は失敗すんなよバカ息子」
「当たりめぇだ。しっかり抑えてろよクソ親父」
キュクロは父ドゥワフに背中を支えて貰い、もう一度上空に矢を放った。それが失速して、自由落下を始めようとした瞬間、爆発。大発光した。
「ふむ、助かるのう」
霧で見えにくかった空間が照らされる。カドモスは屍竜を視認して高速で接近する。
「ヒョヒョヒョ!」
だが、敵は枯死魔法により空気を汚染させながら逃げていく。
「鬼ごっこかの」
カドモスは骨をけしかけようと試みるも、巨人が邪魔でなかなか上手くいかない。
一方、リンドウは近くで複数の巨人と戯れていた。
「こら、手伝わんか」
「断る。もう終わっているからな」
と言って、【鱗手裏剣】を屍竜の付近にいた巨人へ投げた。
「ウゥゥゥ」
すると、反射的に巨人が腕を振るう。瞬間、巨人に付着していた“竜殺しの血液”が撒き散らされる。【粘液】に血を混ぜたのをくっ付けていたのだ。
「ヒョヒョ!?」
巨人の足元にいたフリュムに穴が空いた。しかし、まだ生きている屍竜は再び隠れようとする。
「逃がすかよ」
「ヒョ!?」
テイルの琥珀色の矢が頭を破裂させた。リンドウが【体色変化】の応用で血液を蛍光色に変えて目印にしていたのだ。
頭部を失った敵の体は下に叩きつけられ、泥となって溶けた。
「グハハ! やるじゃねぇか小僧!」
ドゥワフがテイルの髪をワシワシする。
「おい辞めろ、俺のカッコいい髪型が崩れるだろ」
「あん? ダセェだろ。男は黙って短髪にしろ!」
「長髪の方がいいんだよ。ジジイには分からないだろうがな!」
「誰がジジイだ! 俺様はまだピチピチの五十歳だぞ! 男盛りだろがい!」
「やれやれ、賑やかじゃのう」
微笑ましい光景にカドモスは呆れながら笑っていた。




