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第2話 竜殺しのリザードマン2・希望

 翼のない竜になったリンドウが集落に戻ると、そこは地獄絵図のようだった。壁や天井は血に染まり、食料や日用品は破壊され、そこかしこに散乱していた。


 さらには、血塗れの村人達も倒れていた。眷属になりかけで発狂している者、すでに眷属化して(うな)り声を上げている者もいる。身につけている装飾品や服の切れ端で誰が誰なのかリンドウには分かった。


 一度体内に竜の血が入ると眷属化を止めるすべはない。歯を食いしばり、もう助からない村人達を尻目に脇を抜けて奥へと進んでいく。不幸中の幸いか、妻ダリアらしき人物はいない。


 集落中央の大広間に到着すると三頭の眷属と共に黄眼の竜が鎮座していた。四本足で背中には角張った背びれと一対の翼があり、岩のような灰色の体躯(たいく)をしている。


 リンドウを殺した三頭の竜とは別の個体だ。迂回して回避することを考えたが、放っておけば被害は拡大し、さらに眷属で守りを固められる可能性が高い。


(殺ってやる!)


 ダリアを探したかったが、コイツを野放しにしておくわけにはいかない。何より今の自分なら勝てる自信があった。瞬時にそう判断したリンドウは、竜目掛けて迷わず跳躍した。


 こちらに気づいた黄眼は、牙をむき出しに威嚇してくる。一瞬、脳がむず痒くなる感覚に襲われたが気にせず突っ込む。黄眼を守るように左右と前方から眷属竜が飛びかかってきた。


(見える!)


 人の頃、視力がほぼなかった右目は完治し、視野が広がっていた。ほぼ全方位をカバーし、さらには動体視力が向上しているため敵の動きが手に取るように分かる。


 眷属達の攻撃を容易に(かわ)し、間をすり抜け本命の竜へと接近、大木のような脚に爪撃を叩き込んだ。金属が触れ合ったような甲高い音を立て火花が辺りに散る。だが、鱗を数枚剥がしただけで致命傷にはいたらなかった。


(さすがに固いな)


 一度距離を取ろうとした瞬間、敵の図太い尻尾がリンドウを襲う。予想外の速度に避け切れず右腕をかすめる。そこから噴き出した血が偶然、竜の体に掛かった。


「グガァ!!」


 すると不思議なことに竜の鱗を溶かし、血煙が上がる。黄眼は激痛に悶え苦しんでいた。


(毒……か?)


 リンドウが近くに落ちていた竜の鱗に血を垂らす。すると、同じように煙を上げながら溶けていく。


(間違いない……俺の血で竜を溶かせる!)


 これを使わない手はないと踏んだリンドウは、即座に出血している右腕を竜の方向に全力で振った。無数の血の玉が竜に着弾する。黄色い瞳にも命中した。


「グガァァァ!」


 苦痛の叫びを上げて体勢を崩した竜。その隙をつき、リンドウは強靭なバネでカエルのように跳躍して竜の首元にかぶりつく。驚異的な咬合(こうごう)力で花を摘むかのごとく容易に喉を食い破った。直後、敵の(えぐ)れた首から血が噴き出して赤い雨が降る。


 黄眼の竜は、地面に置いたミミズのようにのたうち回り、やがて瞳から光を失って動かなくなった。リンドウはその様子を確かめた後、口に残った肉片を吐き出した。戸惑う眷属竜を置き去りに奥へと急ぐ。


(ダリア……無事でいてくれ……!)


 有事の際に隠れる場所は村人達と決めていたのでそこへ向かう。人がやっと入れるくらいの細道を抜け、避難場所に入ると一つの人影があった。


「来ないで!!」


 声を荒げ怯えているのは、妻のダリアだった。恐怖で目を見開き、ナイフの刃先をこちらに向けて震えている。生きていてくれたことに安堵し、胸をなでおろしたリンドウ。


「グ……ガ……」


 声がうまく出せない。声帯の構造が変わったのか喋れなくなっていた。これでは自分がリンドウだと証明できない。


 が、すぐに首につけたネックレスと指輪を思い出す。指輪を手にとりダリアへと見せた。震えの止まらない彼女はそれを見て恐る恐る尋ねる。


「……リンドウ、くん?」


 リンドウは大きく頷いた。驚かせないようゆっくりと近づき指輪を口付けでもするように触れ合わせる。


「その姿、どうして意識が? ううん、そんなことどうでもいい。よかった生きていてくれて」


 喜びと戸惑い、悲しみの混じった顔をして彼女は言葉を続ける。


「最期に会えて、よかった」


 悲しげに笑うダリアの背中には——竜の爪痕が痛々しく刻まれていた。


 竜の血が体内に入れば眷属になってしまう。


 治療法は、ない。


(嘘だ……そんなダリアが……)


 心臓を握りつぶされたような痛みがリンドウを襲う。目眩(めまい)がして今にも倒れそうになるのをどうにか(こら)える。


「時間がないわ……だからよく聞いて……昔、話したよね。リザードマンの物語」


 ダリアが好きな爬王(はおう)物語のことだとリンドウはすぐに理解した。翼がなく仲間の竜に差別されるリザードマンという竜が困難に立ち向かう物語だ。何度も聞かされたので内容も覚えていた。


「今のリンドウくんはそのリザードマンそっくりだよ。結末、覚えてる? 人間に悪さをする他の竜に立ち向かって最後はみんなに認められる“英雄”になったよね」


 英雄という安っぽい言葉がなぜかリンドウの胸に突き刺さった。自分になれとでもいうのか、妻一人守れない男に。


「リンドウくんならなれるよ。英雄に。世界中のみんなを助けてあげて。……それまで私の後を追ってきたらダメだからね」


 ダリアの手がリンドウの手に触れる。いつだって助けてくれた小さな手。


「もう行って。けじめは自分でつけるから」


 眷属になる前に自害するつもりだとリンドウは理解した。だが、彼女の意向を無視し、巨体を縮こまらせて隣に座った。その行動にダリアは困ったようにため息をつく。


「……はぁ、頑固だね。でもダメ、お願い、行って……リンドウくんには——あなたには(みにく)い姿を見せたくないから」


 死が間近に迫っているにも関わらず妻でいようとしてくれる彼女の言動に胸が締め付けられる。リンドウができることは首を横に振り、動かないことだけだった。自分のように人の意識を保てる可能性もゼロではない。もしダメなら、その時は——。


「……ばか。でも、ありがとう。愛してるよ。リンドウくんに出会えて本当によかった」


 苦しいはずなのにいつもと変わらぬ笑顔を向けてくれる。二人は少しの間、肩を寄せ合った。


 ダリアは、たわいもない話をしてくれた。出会った時のこと、結婚した時のこと、迷宮に来た時のことなど今までの思い出を語る彼女は、とても幸福そうだった。


 しかし、そんな甘いひと時は、長く続かなかった。やがて沈黙し、ダリアの苦しげな吐息だけが響くのみになった。幾許(いくばく)もせずに彼女は意識を失う。


 そして——眷属竜へと変貌した。


 リンドウは待ち続けた。また笑い会えることを信じて。


 爪で引っ掛かれ、噛み付かれても待ち続けた。


 姿形が変わっても変わらぬ関係が続くと信じて。


 だがしかし。その思い(むな)しく、いつまで経っても彼女が笑いかけてくれることはなかった。


(すまない、ダリア)


 やがてリンドウは意を決し、彼女に血の付いた爪を振り下ろした。



 それからリンドウは生き残りを探しながら集落を周った。途中、眷属に変わり果てた村人達を苦しまないよう(ほうむ)った。ダリアも他の村人も化け物になって人間に危害を加えたくないと常々言っていた。


 だからその意思を尊重し、殺してまわった。自分への(いまし)めも込めて。その後も集落と周辺を探したが誰一人として生き残りはいなかった。


 自分を除く、ちょうど村人全員分の死体を確認した後、集落の中央に埋葬し、簡素な墓を建てた。十字に建てた木の杭に指輪を外したダリアのネックレスを掛ける。


(…………)


 リンドウは、二つの指輪が付いた首のネックレスを握り、しばらく呆然と墓を見つめていた。


 いつか(つか)の間の平和が終わるのだと心のどこかで考えていた。だがもっと先の話で、こうなる前に国や軍隊、はたまた英雄じみた誰かが竜を殺して世界を救ってくれると思っていた。そんな都合のいいことが起こるはずないのに。


 言い訳を作り、先延ばしにして現実から目を逸らしていた。


 結果、大切なものを全て失った。


 しかし、たった一つだけ手に入れたものがある。リザードマンの力だ。竜を一瞬で溶かすこの血があれば竜に対抗できるかもしれない。


 もう現実逃避は終わりだ。誰かが助けてくれるなんて甘い幻想は捨てる。他の誰でもなく自分がやらねばならないのだ。


(俺が世界を変えてやる……!)


 この命尽きるまで竜と戦い続けると心に誓う。


 皆に別れを告げ、墓を背にリンドウは歩きだした。その黄金の両眼に決意の光を宿して。


 こうして竜殺しのリザードマンが誕生した。

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