第197話 五十層
世界樹五十層。全方位を虹色に彩られた不思議な空間だ。
「ようやく半分か」
「もう半分ねぇ」
リンドウと青熊騎士団副団長ステラマリスが同時に発言した。
「あらぁ、リンドウはそう感じるの?」
「面倒ごとは早く終わらせたいからな」
「私は逆ねぇ。もっとお祭りを楽しみたいわ。いろんな人と会えるしね。歳を取ると時間が早く感じるというのもあるかしら」
「……何歳なんだ」
「何歳に見える?」
リンドウは、しまった、と思った。この手の質問は返答次第では面倒なことになりかねない。妻ダリアやその母親とのやり取りで学習していたはずなのに何たる不覚。
必死に考える。ステラマリスは見た目だけなら二十代に見えるほど若々しい。しかし、アップル、アガウェーという十代後半の娘を持つ彼女がそんな若い訳がない。少なくとも三十後半だろう。
しかし、そのまま答えるのは芸がない。逆にあり得ない年齢を答えるのは逃げだ。リンドウは攻める。
「四十——」
「二十歳よ」
面倒臭い、その文字がリンドウの脳内を高速でよぎる。
「そ、そうか。まぁ俺はゼロ歳だから何にせよそっちが年上だな、あはは」
辛うじて捻くれた台詞をひり出した。しかし。
「皮肉でゴマかすところがまだまだ“青い”わね」
「……ッ!」
笑顔の奥に見える全てを見透かしたような視線が痛い。
試されていた。単なるご機嫌取りで終わるのではなく、高度で上品な会話ができる相手かどうかを。
「そんな顔をしないで。いいのよ、皮肉を言っていれば楽しい時ってあるものね。仕方ないわよ——赤ん坊だもの」
「……ッッ!」
合わされた。あえて皮肉を使うことで会話の水準をリンドウと同じ位置まで下げたのだ。赤ん坊にあえて赤ちゃん言葉を使うかのごとく。
リンドウ敗北。水面で餌を待つ魚のように口をパクパクさせるしかなかった。
その苦しい状況を手助けするように空間の中心に“六枚”の翼を持つ光り輝く竜が降臨。
——光屍竜バルドル。虹色の光線を出す“虹魔法”を使う——
屍竜を見て骨王竜カドモスが前に出る。
「六枚か、ヤバそうじゃの」
「……まさかビビってるのか?」
リンドウが煽る。
「お主の心配をしてやっとるんじゃよ。先ほどご婦人に弄ばれて傷心じゃろうし」
「聞き耳とは趣味が悪いぞ」
「偶然聞こえたんじゃよ。ワシには空洞が多いからの。ホゥホゥホゥ」
骨の頭をフクロウのように一回転させる。前もやっていた煽りだ。腹立たしいが下手を打つと傷口が広がりそうなので堪える。
と、その時。敵の口が開き、光ると同時に虹色の光線が放たれた。
「チッ!」
躱す。しかし、追撃するように敵の体中から虹色の光線がランダムに放出された。壁や床を削りながらリンドウ達に襲い掛かる。
「う、うわぁぁぁ!」
ブレスが虹色の壁や床と混じり、視認しにくいせいで数名負傷者が出た。
「下層に降りてろ!」
リンドウが怒号を飛ばす。人間達は慌てて下に降りていく。
「これはこれは、殺りがいがありそうじゃのう」
カドモスが前に出ると、指を鳴らして骨を組み上げる。出来上がったのは白い鱗に赤い瞳をした“帝王竜ファフニール”だ。
「オオオオオ!」
口を開き、黒い重力砲を放つ。敵も虹砲を放ち応戦。二つの光線が衝突して爆音と爆煙を立てた。間髪を容れず、敵が煙を破り突撃してくる。帝王竜を乗っ取るべく体を液状に変えるが、それをさせまいとリンドウが鱗で援護した。
「グラァァ!」
敵は体を虹へ変化させて壁や床を縦横無尽に跳ねて距離をとった。リザードマンを相当警戒している。
「イロモノにしては堅実な戦い方だな」
と言って、リンドウが本気を出すべく体を変化させようとした時だった。突然、壁に巨大な穴が空く。
「なんだ……!?」
穴から空が見える。外と直通のようだ。リンドウ達は屍竜が入ってくるかと思い身構えるが予想したものとは違う何かが現れた。
「リンドウ殿! 約束通り、助太刀に参りましたぞ!」
竜教ドーラの教祖で長い白髪の少女“ドゥエ・シェルタ・ラズグリズ”だ。竜教信者と共に竜に乗ってやってきた。
「支援物資ですぞ!」
竜の骨がカドモスの前に大量に積まれた。
「はて、ワシがリンドウと組むと知っておらねば持って来ぬよな」
「ああ、お前と共闘すると方々で自慢したからな」
本当はカドモスに人間をこっそり殺させないためだ。
「信用ないのう」
「信頼は少しずつ積み上げていくものだ」
「世界樹のようにの。百層が咲く頃にはワシらは親友じゃろうな」
嘘臭い会話を交わしながらカドモスが右腕を掲げた。すると、ドゥエが持ってきた骨が集まり、塊となる。
「逃げる奴には物量攻撃に限るのう」
数多の骨の波が屍竜の命を狩らんと向かう。
「グォォォォォォ!」
敵は咆哮と共に虹の光線を体中から放って骨の波を破壊しに掛かる。だが、穴が開いたそばから骨で埋まっていく。
「大人しく死んでおけ」
密かに骨に混ざっていたリンドウが敵の首を噛みちぎった。
「グ……ガッ……!」
噴き出る体液。反撃することなく恨めしい顔を浮かべながらあの世へと旅立った。
訪れる静寂。教祖ドゥエが、とてとてと駆け寄ってくる。
「流石ですなリンドウ殿」
「壁の穴はお前達が空けたのか?」
「いえ、世界樹の近辺で屍竜を退治しながら侵入する頃合いを見計らっていたら、突然側面に穴が出来たので急いで潜入した次第ですぞ」
「そうか」
穴から風が吹き込んで来て肌寒い。
「ふむ、一旦ここから離脱するのも悪くないかものう」
と、カドモス。周りには満身創痍の人間達。
「ですな。逃げるのもまた勇気ですぞ。希望者は我々竜教の竜達が外までお送りしますぞ」
心が折れたものや、装備が破壊されたものなどが離脱していく。
「しゃあねぇ、帰るぞシャルル」
皇帝コモドゥの言葉に頷く国王シャルル。
非戦闘員のシャルルには、これ以上登るのは荷が重い。
「ああ、そうだな。私は国でリンドウの帰りを待つとしよう。キミにとっての良い報告を期待しているよ」
少し顔まわりの痩せたシャルルが混じり気のない笑顔を浮かべた。
「コモドゥはいいのか?」
リンドウが問う。
「ここからは俺も足手まといさ。皇帝が突っ込みすぎたら下の奴らが困るだろ」
地王竜との戦いで引くことも学んでいた。ちょっと遅い気もするが黙っておく。
「リンドウ、後は任せる。お前の納得する結末を期待してるぜ」
「ああ、ここまでありがとう。終わったら酒でも酌み交わそう」
「それよか剣闘士として再戦頼むぜ」
両者は笑い合い、拳を突き合わせて別れた。
「私もここまでね」
リリィことバーバヤーガ十四世が眉を下げて言った。
「リンドウ、後はお願いね。私はアナタの選択を信じる。たとえ世界を敵に回すことになっても私はアナタの味方だから。……絶対に死なないでね」
「我々もお暇するよ。充分成果は挙げたしね」
紅鷲団団長アーツが言った。爆弾魔ダイニンや、自殺願望持ち特攻隊長も頷いていた。
「みんな、助かった。後は任せろ」
人間達が安全に外へ出て行ったのを見送り、カドモスが口を開く。
「リンドウよ、ここからは“神の領域”と言っても過言ではない。心して挑むぞい」
リンドウは深く頷いた。
「そうねぇ、頑張りましょ!」
「うむ、まだまだ私の素晴らしい剣技を見せてやるわ! グハハ!」
なぜか残っている青熊騎士団のポルスタとステラマリスと数名の兵士。
「お前らも帰れ」
と言ってみたが、一癖も二癖もある二人が帰るわけもなく、結局ついてくることになった。