第178話 さらば友よ
魔女の国ペルロシア王国中央やや東。
人や竜の死体が散乱し、崩壊した英雄広場でリザードマンのリンドウと仇敵エスカーが対峙する。
「ずっとお前と本気で戦いたいって思ってた」
琥珀色の槍を回すエスカー。対して無言のリンドウ。
「剣闘士時代の活躍をカドモスから聞いて憧れてた。そんで俺の力がどれくらい通じるか知りたかったんだ」
エスカーの茶髪と鳶色の瞳が揺れた刹那、跳躍した。連続突きがリンドウの体を削っていく。
「どうした? 遠慮なく攻撃してこいよ。それとも連戦でお疲れかい?」
『黙れ』
リンドウが血の付いた深緑色の鱗を予備動作なく飛ばした。エスカーを掠る。
「いってぇー。やっぱ竜殺しの血は厄介だなぁ」
エスカーがまた槍を回す。まだまだ余裕だ。
「ま、この槍アーススピアが有れば負けないけどな」
琥珀武具はリンドウの血で破壊できない。エスカーに勝機があるとしたら槍を上手く使うことが近道だろう。
「行くぜ」
また踏み込むエスカー。リンドウは距離を取るが敵の腕が鞭のように伸びて槍が肩に突き刺さった。
『……腹の立つ一撃だな』
咄嗟に肩を引いたお陰で傷は深くない。
エスカーの腕がウネウネと触手のように動き、元の長さに戻る。
「まさか卑怯だとか言わねぇよな? 俺もお前も人外なんだ。それらしい戦いをしようぜ」
再び跳躍。腕や足が伸び、変則的な攻撃を繰り出す。
リンドウの左腕の鉤爪ヘルタロンと槍が交差して鍔迫り合いになった。
「ダリアちゃんのこと、悪かったと思ってる」
『謝って許すほど俺は出来ていない』
槍ごと蹴り飛ばす。エスカーは後転して受け身を取った。
「だよな。でもさ、ダリアちゃんだけ生かすのもそれは酷だと思った。残された方は辛く、苦しむことになるって今のお前なら分かるだろ? だから彼女を殺した。だけど結果的にリンドウに意識が残ってしまったわけだ」
『それで失敗したから許せと?』
リンドウの【鱗手裏剣】が走る。敵は槍を渦巻くように回して弾き落とした。
「……まぁ言い訳だよな。やっぱリンドウを殺してダリアちゃんの元へ送ることが最善か。それが俺の今できる精一杯の贖罪だ」
手の上で槍を踊るように回す。
「さぁそろそろ決めるぜ」
エスカーが手を掲げると周囲の竜と人間の死体が動き出した。そこから骨が飛び出して巨大な塊が出来ていく。見る見るうちに骨の大蛇が完成し、エスカーが上に乗った。
「お前も全力出そうぜ。後悔しないようによ」
ここまで連戦続きのリンドウ。表面上はダメージが少なく見えるが血をかなり消耗しており、万全とは言えずなるべくなら節約して戦いたい。が、しかし。
『ああ、偶にはいいこと言うな』
本気で行く。もう二度と後悔しないように。
リンドウの体が真紅に変わっていく。
「へっ、相変わらずの気取り屋で嬉しいぜっ!」
骨蛇がリンドウを喰らいに掛かる。
大口が閉じる直前、横に跳んで【吸着歩法】で大蛇の側面を走る。琥珀色の鉤爪で大蛇を削りながらエスカーの元へ。
後、一、二歩のところで拾っておいた骨のカケラを飛ばす。しかし、敵は槍を回転させ、はたき落とした。
「……な!」
が、一撃目は目隠しだった。目から矢のような速度で飛ばした【血涙】により、脇腹に穴を開ける。
「ひゅー、やるねぇ」
効いた素振りも見せないエスカーが手を振ると、骨蛇がバラバラになり、尖った骨がリンドウ目掛けて飛来する。
リンドウは回転技【デスロール】で空中回転し、血の鱗を飛ばして全方位の骨を迎撃した。
「流石だ! だがコイツで終わりだ!」
背後で巨大な暗黒の首なし死体が動き出していた。“毒王竜アジダハーカ”の屍だ。王竜の力を使われれば疲労の溜まっているリンドウは一溜まりもないだろう。だが。
『悪いが対策済みだ』
と、言った側から毒王竜の骨が大爆発を起こした。
「な、が、くそっ!!」
リンドウはあらかじめ毒王竜の死体に罠を仕掛けておいたのだ。敵がここに骨を回収しに来ると予想し、さらに戦闘になることも考慮しての策だ。
「ちっきしょ、底意地わりぃなぁ!?」
爆心地の近くにいたエスカーが爆風により、体勢を崩して二転三転と転がる。
(決める!)
その隙を見逃すわけもなく、リザードマンの【鱗手裏剣】により、敵の左腕が飛んだ。
「チィ!」
新たな骨を引き寄せるが一手遅い。リンドウの左手の鉤爪が敵の胸を貫く——瞬間。
「させっかよ!」
リンドウの背後から受肉した竜が襲いかかる。しかし、ほぼ全方位見えているため焦りはない。一瞥もせず背中の筋肉を収縮させ、血鱗を飛ばしてかき消そうとする。だが、予想に反して消えなかった。
『なっ!?』
そのままリンドウを拘束した。それは“人間の骨”を組み合わせて上から竜の体を被せたものだった。竜殺しの血は竜由来のものしか壊せない。その弱点を突いた一手だ。
エスカーが血を滴らせながらニヤリと笑う。
「じゃあな親友。お前の血は有効に使ってやるから安心しな」
形勢逆転したエスカーの槍がリンドウの胸を貫いた。が。
「げっ!?」
『捕まえたぞ』
【粘液】により、わずかに穂先をずらし、急所を外させたのだ。槍の柄を掴む。
直後、尻尾に仕込んでいた“小型の蟻竜爆弾”が爆発。爆風で前方に少し押されたリンドウの鉤爪がエスカーの胸を刺し貫いた。
「がっ……!」
エスカーが息と血を同時に吐く。
『お前の強さは昔から知っていた。だから事前に策を仕込んでおいた』
「あー、くそっ、泣かせること言うなよ。毒王竜が放置されている時点で気付くべきだったなぁ。……ったく、俺って爪が甘いよな」
エスカーの肉が溶けていく。核が破壊されたため生命維持は叶わない。それでも彼は笑っていた。
「……今更だけどさ、お前のこと本当に親友だと思ってたんだぜ? 俺は俺であって俺でない。だけどお前といたら自分という存在が認められた気がして楽しかったんだ」
リンドウは無表情のままエスカーを捉える。
『……俺もあの日までは友だと思っていた。ダリア以外で心を許せた数少ない人間だった。……もっと早くにお前が真実を話していれば何かが変わっていたかもな』
エスカーがわずかに目を開く。
「へっ、そんなこと言う奴じゃなかったろ。……人ってのは、変わっていくもんなんだな」
悲哀に満ちた顔であったが、どこか満足げだった。
「それとさ、アガウェーだけは死なせないでくれよ」
『……お前にとって特別なのか』
「言うかバーカ。とにかく頼んだぜ。じゃあな。——勝てよ」
優しい表情を浮かべ、やがて骨は砂となり消えていく。
後には琥珀色の槍だけが煌めいていた。
(……一つ、終わったか)
リンドウは虚空に向けて大きく息を吐いた。仇敵の一体であるエスカーを倒したことで少しだけ胸のつかえが取れたのだ。
だが、まだやるべき事は多い。
コバコ達と合流すべく、急ぎ足で禁書庫へ向かった。