第17話 白獅子団3・死闘
リンドウは、左手に装着した鉤爪ヘルタロンにより、まるでナイフでチーズを切るように容易に敵を裂いていく。
(やはり、囲まれていたか)
一区に入った辺りから脳に痺れる感覚があった。ティラノが人間を密かに囲むよう命令していたのだ。
(今までにない広範囲の信号。赤眼はかなりの使い手なのは間違いない)
竜の有する意思疎通の信号には広範囲に一方的に飛ばすものがある。今回はそれを使ったのだろう。おそらくこれまで会った竜のどれよりも強いと確信する。
リンドウは、火竜の火球を回避しながら近くの竜を屠っていく。
(元を断たなければジリ貧。俺だけならいいが白獅子がやられる。こいつらは決死の作戦の最中であり撤退という選択肢はとらないだろう。ならば——)
リンドウは先導するように白獅子達の進路上の敵を蹴散らす。
「副団長!」
副団長の元に小隊長が集まる。
デプティーは思考する。謎の竜を殺す竜。人には攻撃してこない。導くかのような動き。
「……白獅子を導く悪魔か。面白い」
罠の可能性もあるが逃げ場はなく、仮に戻れても明日はない。デプティーは覚悟を決める。
「奴に——“無翼の竜”に続け! 団長の元へたどり着けるはずだ!」
「応ッ!!」
小隊長達は副団長の決断を疑うことなく部隊を引き連れ進んでいく。
こうしてリンドウと白獅子団第二部隊はティラノの巣へと向かっていった。
◇
一区の南側。二区方面から進撃していた白髪の団長リダも竜に囲まれていた。
(広範囲に命令を出し、なおかつこちらの位置まで把握できるのか)
こちらの索敵範囲を上回る位置に竜を配置。逃げられない包囲の網に入ったところを一網打尽という戦術とリダは予測した。
(竜を食らうつもりがすでに竜の胃の中だった……か)
「だ、団長どうしますかっ!!」
団員達は明らかに焦りの色を見せていた。リダは白兜を正して決断する。囲まれようともやることは同じだ。
「怯むな! 退路などいらぬ! 大将首を取れば我らの勝利だ! 私に続け!!」
「そ、そうだ! 団長に続け!」
「うぉぉぉぉぉぉ!!」
団長を先頭にティラノのいるであろう方向へ一点突破。
リダは獅子奮迅の活躍で竜を狩り殺していく。通路を抜け、開けた場所に出ると無数の竜の中に目的の獲物“赤眼の竜ティラノ”がいた。
(ここにいたか。奥に居れば良いものを。だが我らには好機。その慢心、後悔させてやろう)
団長は剣を天に掲げる。
首魁を倒しても自分達が生き残る可能性は皆無だろう。しかし、未来に繋げることができる。希望の橋を架けるのだ。
「我ら白獅子は民衆を導く正義の証! 突撃せよ! 悪竜を滅するのだ!!」
「おおおおおおおおお!!」
戦士達は飢えた白き獅子のごとく獲物の首へ突撃する。
横から火竜、音竜のブレスが飛来。一人、また一人と団員が吹き飛び、命が消えていく。
それでも白獅子は止まらない。
ティラノがギョロリと目玉を動かす。すると、赤眼の周りの溶岩池から真っ赤な溶岩が浮き上がる。溶岩が滴り落ち、それは赤い大蛇を彷彿とさせる。うねりながら獅子達を喰らわんと襲いかかる。
「ぐああああ!」
リダは馬を巧みに操り回避するが、後続の団員が何人か焼かれていく。
それでも白獅子は止まらない。
溶岩の大蛇は、逆戻りして真横から団長を狙う。
(クッ……!)
馬は横からの攻撃に弱い。鞍を踏み台に飛び降りる。直後、馬と数名の団員は溶岩に焼かれて炭となった。
リダは受け身を取り、素早く起き上がる。ティラノを睨み、足を速める。
それを止めるべく横から頭岩竜が突撃してきた。
「団長!!」
わずかに生き残っていた団員が馬ごと捨て身の体当たり。竜はその攻撃に転倒した。
「ッ! すまない!」
唇を噛み、団員を見捨てて先へ。
悠然と佇む赤眼の竜ティラノ。ようやく残り十歩ほどの距離に捉える。
(この距離ならば!!)
足に力を込めると“麒麟獣竜の竜衣”が反応して爆発的な速度を生み出した。一瞬で首元へ接敵。
ティラノは瞳にわずかな焦りの色をうかがわせた。
「驕ったな! その首いただくぞ!!」
白銀に光る剣を抜く。並みの剣なら強靭な竜の肉体は斬れない。だが竜衣による強化と、リダの持つ“白銀竜剣”ならそれを可能にする。
真一文字に白い閃光が走る。敵が浮遊能力を使うなら回避は不可能。
「なっ……!?」
しかし、完全に命を狩り取ったと思われた一撃は、無慈悲に空を切っていた。
ティラノは、その場から唐突に“消えていた”。
(ッ……! こいつの能力は浮遊ではなく——)
団長を影が覆う。それは真後ろにいた。刹那、横なぎの一撃。
——リダの体は両断された。
◇
リンドウは副団長の部隊周辺の竜を粗方片付けた後、コバコと共に先へ進んでいた。
作戦概要で知っていた第一部隊の行方が気になり、急ぎ足で一区へ来たのだ。たどり着いたのは、一区中央溶岩帯にある広場だった。周りにはいくつかの溶岩池。
中心に二本足で立つ巨躯の影。鮮血のような赤い鱗、重量感のある爪、すべてを噛み砕きそうな強靭な顎と牙、緋色の瞳。そして一対の翼。
リンドウを殺した竜“赤眼の竜ティラノ”だ。
広場に粘着質な音が響く。ティラノが黒焦げの肉を咀嚼していた。
——“人間の肉”を。
「ぐ、あ……」
横からうめき声が聞こえる。そちらに近づくと、下半身のなくなった白獅子団団長リダが倒れていた。
「……おお、来てくれたかデプティー」
団長は、目がまともに見えなくなっていた。
リンドウを副団長と勘違いしたまま話し続ける。
「奴の、魔法は……瞬間移動魔法だ……気を付けろ……体を移動、できる……ガハッ!」
吐血。もう長くはない。
「お前が、団長になれ、白獅子を……人間を守って……くれ」
リンドウは静かに頷いた。
それを見た団長は安心したのか笑みを作り、息を引き取った。
リンドウは歯を食いしばる。また、間に合わなかった。どれだけ速く足を動かし、竜を素早く殺し続けてもすべての命を救うことはできない。きっとこれからも命が消えゆく場面を嫌というほど見るのだろう。この世界に竜が存在する限り。
団長の瞼を閉じてやり、ゆっくりと立ち上がる。
ティラノは、リンドウを意にかいすることもなく、肉を食べ続ける。
リダ率いる白獅子団第一部隊は一人も生き残っていなかった。
気付けば四方八方の出入口から竜が湧いていた。火竜、音竜、頭岩竜など今まで会ったほぼすべての竜が勢ぞろいしていた。その数はゆうに百を超えている。
リンドウは赤眼竜を見据える。頭が冴える。全ての竜の一挙手一投足が手に取るように分かる。ここで引くつもりはない。たった百頭の竜ごときで引く道理もない。
英雄は最後に必ず勝利するものだ。この程度の逆境乗り越えなければならない。
リンドウは戦闘態勢に入った。
(かかってこい。皆殺しにしてやる)
そして赤眼竜ティラノとの死闘が始まる。




