第159話 東部攻防戦5・終末医療病棟ワルプルギス
血よけの仮面に白ドレスに包まれた白の魔女と、青熊騎士団団長代理ステラマリス・フラズグズル一行は、英雄広場で蟲竜を退けた後、終末医療病棟ワルプルギスへ向かっていた。
「ふんふふーん」
鼻唄を歌う水色短髪のステラマリスは、ご機嫌だった。というのも魔女の夜会という面白そうなイベントをやっていると聞いたからだ。
本来なら国を守る兵として止めるべきなのだが、彼女の巨大な好奇心が勝利してしまった。それでこうして白の魔女について行くことにしたのである。
「どうせなら勝ちたいわねぇ」
偶々出会っただけの白の魔女を勝たせる気満々である。
そんな一行は、英雄広場を抜けて“男の園”と呼ばれる市民が集う商店街と住宅街の先にあるワルプルギスに到着した。
白を基調とした城のような建物で、医療施設が充実しており最先端医療を受けられる。一方で魔女の国らしく呪物や怪しげな器具を使った医学的根拠に乏しい施術もあり、王国民以外には治療をオススメ出来ないのである。
「ここで合ってるのかしら?」
喋れない白の魔女がコクコクと頷いた。彼女はいち早くバーバヤーガの意図に気付き、鍵か地図を持っているであろう人間がいる病棟に当たりをつけて来たのだ。
「……! 隠れて!」
隠れる二人と付き人達。視線の先に尻尾がムカデの形をした六足歩行の竜が闊歩していた。
——百足蟲竜スコロペンドラ。徒竜。基本は六足歩行。体中に人や獣、虫の足のようなものが生えている。物や自身に足を生やす“多足魔法”を使う——
「グルル」
竜は尻尾を立て、低く唸りながら歩行していた。体を纏う多種多様な足という足が嫌悪感を与えてくる。幸いこちらには気付いていない。
『どうする?』
白の魔女が手持ちサイズの黒板に右手で可愛らしく文字を書いた。
「決まってるじゃない。虐殺よっ」
ステラの思いがけない言葉に唖然とする白魔女とその付き人達。
何かを語りかける前にステラは敵目掛けて走っていた。敵が気付く前に組みつくと、脳天に青い剣身を突き刺す。
「脳みそ、ぐーりぐりー」
子供をあやすような甘い声を出しながら剣で脳をかき混ぜる。竜は何が起きたかも知らずにヨダレを垂らしながら白目を剥いて絶命した。
「ひ、ひぃ! ステラ様お助けを!」
白の付き人が別の百足蟲竜に襲われていた。
「あらぁ、ちゃんと隠れてないとダメじゃない」
瞬時に左手で腰のクロスボウを引き抜くと、狙いもそこそこに引き金を引く。
青い軌跡を描きながら蟲竜へ。軽く頭を粉砕した。
「ギギギィ!」
新手の百足蟲竜。怒りながら手を掲げ、魔法を使う。
樽に魔法足が付いたものがシャカシャカと走り寄ってステラを狙う。
「あらぁ、可愛いわねぇ」
ゴキブリのような嫌悪感のある見た目だが彼女は涼しい顔で踊るように斬っていく。
次に現れたのは馬車の荷台に魔法足が付いたものだ。ステラはそれを見て身震いした。
「うふふ、唆るわぁ」
世界に竜が現れる前、ステラは馬車に轢かれて死にかけたことがあった。そのせいで馬車を見ると背中の傷が疼き、恐怖で足がすくむ——事はなく、逆に高揚するのだ。
体を僅かに揺らめかせたと同時、消える。一瞬で彼我の距離を詰め、乱切りにしていく。走る剣閃。青い稲妻のごとく。
「アハハ! バラバラねぇ」
快楽殺人者のような笑みを浮かべ、魔法体を屠りながら敵本体と数十歩の距離まで近づいた瞬間。クロスボウを腰に納め、入れ替えるように青い鞭を取り出して目にも止まらぬ速さで振るうと、敵の頭を弾けさせた。
あっという間に術者が居なくなり、樽や荷台から魔法足が消滅した。
「もう終わり? 少し退屈だったわねぇ」
涼しい顔のステラ。アップル、アガウェー姉妹の母親だけあって、姉よりも優れた胆力と剣術、妹よりも正確無比な射撃の腕を持っていた。
「た、助かりましたステラマリス様。さすがの腕前でございます」
白の魔女もピョンピョン跳ねて喜びを表現している。
「でしょう? 夫ポルスタと剣を振るって切磋琢磨したお陰ねぇ。アマゾ大森林で狩りをした事も今思えば役にたったのかも。それとデートに剣闘士大会を見学したのも参考になったわねぇ。それからそれから——」
「さ、左様でございますか……」
しばらく惚気話が続いた。
それから何頭かの百足蟲竜を退けて病棟に入った。階段を駆け上がり、片っ端から部屋を訪れ、人が居れば鍵と地図のことを聞いて回った。
芳しい結果が得られぬまま、次の部屋を開ける。すると厳めしい顔のお爺さんがいた。
「……おや、白の魔女様、お待ちしておりましたぞ」
「…………!」
白魔女は、その言い回しに目的の物を持っていると確信する。急いで右手で黒板に文字を書く。
『魔女の夜会に関する物を持っていますか?』
「ええ、鍵ならこちらに。全ての魔女様に渡すよう仰せつかっております」
枯れ枝のような細い腕を懐に入れて鍵を取り出した。鍵の根元には十字のマークが刻まれている。
『ありがとうお爺さん』
「お礼ならバーバヤーガ様に。女王様は退役してから病におかされ死を待つのみだった私に、こうして生きる目的を授けてくださったのです。お陰で医者に告げられた余命より長く生きられましたのじゃ」
壁には勲章付きの剣が立て掛けられていた。現役時代は活躍したであろうことが窺える。
それから雑談していると、背後から訪問者。
「楽しそうなことしてるじゃない」
現れたのは鮮血のドレスを着た赤の魔女ルージュだった。付き人が装備している耳が良くなる“蝙蝠竜兜”で白の魔女が鍵を手に入れたことを盗み聞きして病室へ駆けつけたのだ。
橙の魔女ハロウィンも顔を出す。
「あ、ステラさんだ! 久しぶり!」
「あらぁ、ハロウィン様じゃない。こんなに血に濡れちゃって大丈夫? ケガはないの?」
「大丈夫だぜ! パンプキング様が付いてるからな!」
「ん? ……あぁ、あの胡散臭い、じゃなかった素敵な宗教の神よねぇ。それなら安心よね、うふふふ」
乾いた笑いが響いた。
微妙な空気になったところでルージュがお爺さんに近付き、虫を見るような目で見下ろす。
「おい、お前。鍵を渡しなさい」
「もちろんですルージュ様。どのような悪女であろうとも魔女様には渡せと仰せつかっておりますので」
「随分と棘がある言い方ね。まぁいいわ。私は死人には優しいの」
老人は筋力が弱っているためか、震える手で再び鍵を取り出した。
それを勢いよく掠め取るルージュ。
ハロウィンがそれを見て、顔を顰める。
「ルージュの姉貴、老人は労らないと——」
その時、轟音。
外で待機していた紅鷲団団員が慌てて入室してきた。
「た、大変です! 外に百足蟲竜の群れが!」
◇
百足蟲竜の群れによりバラバラになった一同。
赤の魔女ルージュは、どさくさに紛れて紅鷲団を振り切り、病棟の外に脱出していた。
「さて、ようやく邪魔者が居なくなったわ」
戦闘の喧騒が響く中、付き人に振り返る。
「火を放ちなさい。他の奴らに鍵を渡す必要はないわ」
「……御意」
鍵を手に入れ、後は禁書庫の位置を特定するだけだが既に当たりはつけてある。他の候補者達を殺害するという危険を冒す必要はないが万全を期すのがこの悪女。
「虫は熱や光に集まる。さぞ楽しい蠱毒になるでしょうね」
付き人達はルージュの悪魔のような笑みにただただ頷くしかなかった。




