第141話 地王竜戦3・名誉ある死
黒狼団とポレオン軍は、地王竜の土鎧の破壊に成功するも、体中に表出した不気味な顔から放たれた赤黒いブレス攻撃により半壊した。
「うががが……!」
攻撃を掠った者達が眷属竜に変異していく。竜血が混ぜられていたのだ。
そして、黒狼団のヨクスとサイコも仲間を助けたため光線が直撃し、腹部付近に穴が開いて血がとめどなく流れていた。
——竜の血が体内に入ると眷属竜になってしまう。治療法は、ない。
団長ジャンヌの顔は死人のごとく青ざめていた。吹き飛ばされていたヒサメとハルバドも認めたくない光景に顔をしかめる。
「そんな顔をするなジャンヌ。覚悟は出来てただろ。竜と戦ってここまで生きてこられたんだ。それだけで充分さ」
「団長ォ、あんたと戦えて幸せだったぜ。あんたが居なかったら俺はとっくに死んでたか、牢屋にぶち込まれてたろうぜ。ありがとなァ」
ヨクスもサイコも後悔のない表情を浮かべていた。竜との戦いは一撃でも攻撃が当たれば終わる危険なものだ。それでも黒狼団として決死の覚悟で前線に立ち、いつかの平和を夢みて抗ってきた。後悔などあろうはずもない。
「さぁ、時間がない。幸い俺達はまだ生きてる。……団長、我らに——未来へ繋ぐ名誉ある死をお与えください」
兜を取り、跪く二人。
「お前達……」
血が滲むほど唇を噛みしめるジャンヌ。だが、意を決して腕を振る。
「……ヨクス、サイコ、最後の命令だっ……地王竜をっ、殺せっっ!!」
「仰せのままに女王様」
駆け出す二人。サイコは走りながら酒を煽った。
「ヒャハハ! 最期の酒は身に染みるゼェ!」
「あはは! いいね! 俺にもくれよ!」
ヨクスは、投げ渡された酒入りの水袋を浴びるように飲んだ。
絶望的な状況の中で二人の心は幸福で満たされていた。未来に憂うこともなく、ただ黒狼団のため、背後の女王のため戦いに身を投じることができるからだ。
「地王竜め。ジャンヌにあんな顔をさせて許さないよ」
「ヒャハハハハハ! 死ねっ死ねっ!」
二人が阿吽の呼吸で地王の体を削っていく。
サイコは、体中に仕込んでいるあらゆる竜器を使い、敵の顔を潰していく。腕がもげ、腹を抉られ、顔の半分が吹き飛んでも止まらない。
「オラオラァ! オレはそんなんじゃ死なねぇぜェ!」
だがしかし、無敵の時間は長くない。やがて、足が言うことを効かなくなり、その場に膝を折った。
「団長ォ……最高だったぜ」
はみ出しものだった自分を拾ってくれた団長。それから竜を殺し続ける毎日。命を賭けながら笑い合うイカれた奴らとの短くも濃密な時間。本当に最高だった。
そしてサイコは最後の竜器である電磁加速竜砲を敵の側面にある顔に向けて放った。
「ギイイイイイイ!」
顔を潰されて苦痛の叫びを上げる地王竜。
サイコは、その反応に満足し、顔だけをヨクスの方に向けた。
「先に逝きます。良き死を」
「おう。すぐに追いつく。美女を用意しとけよ」
サイコは、いつも通りのキザな台詞に安心を覚えながら息を引き取った。
ヨクスは、それを見て胸が痛むが振り払うように首を振り、敵への攻撃を続ける。
「ああ、まったく、夢のような時間だったよ」
ジャンヌは、女遊びしか能がなかった自分に居場所を与えてくれた。初めは暇つぶし程度にしか考えていなかったのに、いつの間にか団員のため、引いては人間のために戦おうという意識が芽生えていった。
最期にはこうして人類再興の礎の一部になれる。偉大な人生じゃないか。
「くたばりやがれ化け物」
電磁加速竜砲を顔の一つに放った。
だが敵は一度、竜砲の効果を見ているため辛うじて土を盾に防御されてしまう。
「あーくそ、最後までしまらねぇなぁ……なーんてね」
ヨクスは、もう一丁、竜砲を持っていた。先ほど使ったのは、“辰砂鉱竜の鱗”で赤く染めて血に見せかけただけの偽物の砲身と弾だ。
真の竜砲を顔ではなく前足へと射出。雷が走ったと同時、鏃のような弾が着弾して爆発した。
「ギギギィィィィ!」
地王竜は苦痛に叫び、足が捥がれたことでバランスを崩す。
「ちゃんと仕留めろよ、女王様?」
ヨクスは、その言葉を最後に地面に倒れ、瞳から光が消えた。
「よくやった。貴様達は私の宝だ」
ジャンヌは、二人の作り出した未来への道を辿り、地王竜の頭に接敵していた。
左手の電磁加速竜砲を放ち、顔を半分破壊。さらに発射の反動で体を回転させる。
「グギィィィ!」
ジャンヌは苦しむ敵を尻目に、二振りの剣を振り下ろし、極太の首を切断した。
「これで——勝利だっ!」
敵の要塞のごとき巨躯が傾いていく。だが。
横転寸前、踏ん張りを効かせ、態勢を立て直していた。
「な!?」
体中の顔が再び開口し、赤黒い光線を放射する。
「クソッ!」
必死に回避するジャンヌ。生き残った者達も追随するが、当然全員は助からない。命が、希望が潰えていく。
「オオオオオ!」
地王竜に張り付く全ての顔から咆哮が放たれる。それを合図に山が鳴動を始め、地形が変化していく。
「バカなっ! 山は半迷宮のはず!」
そう、迷宮の素材で出来ているものは竜でさえどうこう出来るものではない。つまり、これは“地王竜自身が山の上に山を作ったもの”だった。いざとなった時のために切り札を用意していたのだ。
「ひ、ひぇ」
「やめ——」
「ああああ!」
土砂に呑まれていく人類。ジャンヌは、かろうじて残った足場を頼りに死を免れる。
そして地王竜は羽ばたき一閃、上空へと飛翔した。人類に恐怖を植え付け終えた今、撤退を選択した。竜側は予想以上の反撃で手負い。人間側は、ほぼ壊滅。となればもうここに留まる必要はないのだ。
「に、逃がすかっ!」
焦るジャンヌ。ここで逃がせば全てが無駄になる。ヨクスとサイコの決死の一撃が、連合軍の作った大きな隙が、水泡に帰してしまう。
彼女は竜衣にありったけの力を込め、地王竜へ向けて大跳躍した。しかし、それは愚策。仲間の死が最悪の一手を選ばせた。
地王竜の腹に隠れていた顔が出現。開口し、ジャンヌへ絶望の一撃が放たれた。
「しまっ——」
ようやく自分の犯したミスに気付いたジャンヌ。だが、時すでに遅し。光線が彼女の眼前に迫っていた。
目を閉じて、死を覚悟した——瞬間。脇腹に激痛。横に吹き飛ばされ、死を免れる。
何者かが、蹴飛ばして助けたのだ。その者はジャンヌに目もくれず地王竜へ一直線。光線を物ともせず、背中にたどり着くと、翼を叩き折った。
「グォォォォォォ!」
竜の飛行は翼に依存している。翼を体の正中線で分けた時、左右どちらかの翼が無くなれば、たとえ自身の魔法を使っても飛ぶことは出来なくなるのだ。
墜落する地王竜。隕石が落下したかのような轟音が辺りを包み、突風と砂煙が舞って視界を塞ぐ。
ジャンヌは、手を翳して砂塵を防ぐ。程なくして視界が開けていく。目の前には彼女を庇うように立つ黒い影。
黄金の瞳に漆黒の体を持つ無翼竜——リンドウだった。




