第139話 地王竜戦1・開幕
黒狼団ダークウルフ一行と、その他数十人の精鋭達は、リンドウ達が衛竜を引きつけている間に部隊を分けて北側から火山へ潜入していた。
そして、そのシトラテペト山の火口で地王竜と対峙する。
——地王竜トラルテクトリ。四足歩行で、色とりどりの宝石のような鱗に包まれた城塞のような巨躯に、巨人の外套のごとき極大な六枚の翼を持つ。土や石を操ったり、生成したりする“大地魔法”を使う——
コモドゥの言っていた通り、頑丈そうな土の鎧を纏っており、所々から宝石のような鱗が飛び出ている。
「ヒッヒッヒ。団長ォ、殺してもいいんだろォ?」
サイコが言った。
「ああ、構わないぞ。出来たら酒をたらふく呑ませてやる」
ジャンヌ達がやるべき事はポレオン軍が爆弾で鎧を剥がすまでの時間稼ぎだ。軍が火口上部に陣取るまで注意を引く。
「ギギギギ」
地王竜が暗黒の瞳で眼下の人間達を睨む。逃げる様子はない。
「ふん、まだまだ余裕そうだな。だがいつまで持つかな」
大きく息を吸うジャンヌ。
「全員突撃! 翼を優先的に狙えっ!」
「うおおおお!」
彼女の号令を合図に一斉に散開する。
「ギ、ギギ」
敵の体が発光する。大地魔法により、鎧の至る所から竜の手型の土が生えた。それらが触手のようにうねり、精鋭達を握り殺すべく迫る。
「美人の腕以外、抱かれてあげないよ」
黒狼団おしゃべり役の女好きヨクスがキザな台詞を吐きながら回避。曲剣を振り下ろし、指を切り落とす。だが敵はすぐに土を補給して再生した。
「ヨクスくん、喋ってると舌噛んじゃうよん」
「ヒサメちゃんが手当てしてくれるならそれも悪くないさ」
「言うこと聞かない悪い子には、手当てしてあげませーん」
べっ、と舌を出して戯ける愛人顔ヒサメ。深海色の兜から出るポニーテールが扇情的だ。そんな彼女が、しなる紅い茨の剣、“薔薇竜鞭剣・紅蓮”を地王竜の脇腹に叩きつける。
土鎧を削り、表出した肉体。そこをヨクスが曲剣で斬りつけた。
「ギィ!」
地王竜が痛みに叫ぶ。すぐさま土触手でヒサメ達を殺しにかかる。
「一旦、距離を取るよん」
「はいよ。お嬢さん」
無理はしない。時間稼ぎなのだから。
一方、本と酒好きのサイコは急所を狙うべく、敵の頭部に回っていた。
「ヒャハハハ! 小回りきかねぇなぁ!」
ハエのように飛び回るサイコに地王竜のイライラが溜まっていく。
「吹き飛びなァ。芋野郎ォ」
頭に砲撃。しかし。
敵は急激に体を横回転させ、巨木のような尻尾を薙ぎ払う。
「ヒャハ! やれば出来んじゃねぇか!」
サイコは動揺一つ見せず跳んで回避した。
「ひっ、ぎゃあ!」
代わりに仲間がミンチになった。
「オイオイ、ひでぇ奴だなァ! ギャハハ!」
「……あまりやり過ぎるなよ」
跳んで無防備になっていたサイコを斧好きハルバドが手投げ斧で援護した。
「ググググ!」
地王竜は仕留めきれない獲物に業を煮やし、攻撃に変化をつける。体の側面にクレーターのようなものができ、そこから火山の噴火のごとく岩石を飛ばした。
「あ」
叫びをあげる間も無く、一人の精鋭の頭が消し飛んだ。
「ぬわぁぁ!」
「クソッタレ——」
四方八方に放たれる砲撃に猛者達が死んでいく。
だが、黒狼団だけは無傷だった。いくつも死線を乗り越えてきた彼らにとってこの程度の攻撃、難所ですらない。
「ヨクス、サイコ。隙を作れ」
ジャンヌが二人に小さく呟いた。
「仰せのままに」
「ヒヒヒ、任せなァ」
二人は横殴りに降る砲弾の雨をくぐり抜けながら接敵する。次々と“海泡鉱竜の鱗”を膨らませ、浮遊する泡の足場を作っていく。
ジャンヌがそれらに器用に飛び移り、容易に敵の背中へ登った。
「図体がでかいというのも考えものだな」
皮肉を口走りながら、六枚の翼のうち右半身の一枚を斬る。
「ユユユユユ!」
地王が奇妙な叫びを上げながら、背中に生えた土の鞭でジャンヌを殺しにかかる。
「ふっ、少しはやる気が出たか? だがこんなヒモでは私は殺れんぞ」
ジャンヌは土の触手をなぎ払いながら、一度、距離を取る。敵は宙に浮いた彼女を逃すまいとさらに土の腕を伸ばす。
「おねぇ様には触れさせないよん」
ヒサメが鞭剣で援護。
「その通り。彼女に触れていいのは俺だけさ」
ヨクスも曲剣を投げて援護。
何事もなく無事に着地したジャンヌ。連携は相変わらず完璧だ。
「チチチチチチ!」
地王竜は気に食わないのか、またしても奇妙な叫声を上げる。すぐに首を持ち上げ、頬を膨らませると上空に岩を吐き出した。それが天高く昇り、空中で破裂。破片が隕石のごとく降り注ぐ。
「う、うわあああ!」
また一人の精鋭が死んだ。
土の触手の追撃もあり、場は混沌と化していた。実力のないものから命を落としていく。
「耐えろ! 回避に集中!」
黒狼団も必死に避け続ける。誰がいつ死んでもおかしくない状況。連携も取れず、ただただ我慢の時間が続く。
地獄のような時が過ぎ、隕石の雨が止む。だが、落ちた隕石が土人形に変わっていく。あっという間にそこら中が地王竜の作りし兵隊で埋め尽くされた。
「ふん、まだまだ楽しませてくれそうだな」
終わりの見えない死闘が続く。
◇
黒狼団が地王竜と戦っている隙にポレオン軍は慎重に、だが素早く火口の縁に陣取ろうとしていた。
「おい、見ろよ。黒狼団つえー!」
「個人の判断力もさることながら連携も完璧だ」
「俺ならすでに五回は死んでるな」
感心しっぱなしの野次馬を見て、ポレオン軍の指揮官は肩を竦めた。
「まったく、お前達。観光じゃないんだから感心してないでキビキビ動く。我々が作戦の要なんだぞ」
その時、背後にヒヤリとしたものを感じた。急いで振り返ると、山を駆け上がってくる一頭の毛鱗に包まれた銀眼の竜が目に入る。
それは、銀狼獣竜フェンリルだった。




