第133話 黄鉄鉱竜パイライト&氷州鉱竜アイススパー戦
地王竜討伐用武器の材料を集め始めて二十日が過ぎた。
「はい、献血終わりまちたよー。よく我慢できまちたねー」
リンドウはすっかり看護師の言葉遣いに慣れて、何も感じなくなっていた。
ヤレヤレと立ち上がると、よろめく。そこをジャンヌが腕を掴んで支えた。
「ふん、軟弱者め」
『支えがいがあるだろう?』
戯言を、と腕を放して背中を叩く。師弟の仲でもある両者は、傍から見れば恋仲にも見えるだろう。ただ、片方は竜なのでペットを手懐ける飼い主、という構図が正しいのかもしれない。
そこに虹色髪の変人パスコが入室してきた。
「やぁ、みんな。ジャンヌ君の武器が完成したよ」
袋から剣を取り出してジャンヌに渡す。前々から頼んでいたものだ。衛竜との戦いで黒狼竜剣が折れてしまったのでちょうど良かった。
「ほう」
真っ白な剣を見つめるジャンヌ。
鞘は白を基調としながら所々に金の意匠が施されており、高貴な印象を受ける。ゆっくりと剣を引き抜くと、新雪のごとき白い剣身が現れた。雪解け水のような半透明の刃が光を反射して見るものを魅了する。
「どうだい? 君の愛剣、その名も“帝王竜剣フィエルボワ”は?」
ジャンヌは剣を振り、空を斬る。
「悪くない。が、黒がよかったな」
「そうかい? 君の黒の鎧と合わさってシマウマみたいでカワイイよ」
「ふん、褒め言葉と受け取っておこう。おい、犬。行くぞ」
今日の材料集めは、リンドウ、ジャンヌ、コバコだけだ。他の黒狼団員は用事があって居ない。
『剣に使われないようにな。シマウマ娘』
「私はじゃじゃ馬だからな。蹴られないように離れていろよワニ男」
そのやり取りにパスコが納得したように頷く。
「うんうん、仲良しだねぇ。二人きりの逢瀬、楽しんでくるんだよ」
のけ者にされたコバコがプンスカ怒ったのは言うまでもない。
◇
西に行った先、リンドウ達は“火氷地帯”に着いた。炎と氷が同居する不思議な場所で平原に無数に開いた穴から火や細氷が噴き出している。
平和な世界であったなら、見るものを魅了する幻想的な光景であっただろう。しかし、竜が蔓延る今、大地が怒り悲しむ終末の世界にしか見えない。
リンドウ達が大口を開けた怪物のような洞穴へ入っていく。内部も赤と青の空間が広がっていた。左側が炎色で熱く、右側が薄青色で寒い。
「左に行きすぎるなよ。イモリの黒焼きになるぞ」
『お前は右側を歩くといいぞ。その減らず口が凍てついてちょうど良くなる』
コバコは、やれやれと肩を竦める。
そうして親睦を深めながら進んだ先、いつもの奴らが姿を現わした。
——鉱石型獅子眷属竜ロックスフィンクス。ライオンが竜血で変化したもの。四足歩行で黄土色の体表を持つ——
呑気にアクビをしていた竜達だが、ジャンヌ達を見ると威嚇を始めた。
「作戦は虐殺だ。足を引っ張るなよ」
言い終わるやいなや、走る。白と琥珀の剣を抜き、敵とすれ違いざまに振り下ろして二頭の首を落とした。
立ち止まることなく奥へ奥へと進む。黒い狼に横切られた眷属竜達は恐怖も知らずに死んでいく。
そして開けた場所に出る。中心に二頭の目的の竜がいた。
——黄鉄鉱竜パイライト。徒竜。赤い体表を持つ。様々なものを剥がす“剥離魔法”を使う——
——氷州鉱竜アイススパー。徒竜。青い体表を持つ。様々なものを貼り付ける“貼付魔法”を使う——
その素材は、竜殺しの血液を冷凍と解凍するのに使うのだ。
「遊びに来たぞ。大人しく首を差し出せ」
「グルル……!」
竜達は突然の侵入者に顔面にしわを寄せて低く唸る。
「いいのか? そんな顔のまま死んで後悔するぞ」
直後、ジャンヌは砂煙だけ残してその場から消える。竜は怒り顔のまま首が吹き飛ぶ。
「ほう」
白い剣に炎が張り付いていた。青い竜の貼付魔法だ。
「冷やしておけ」
と言って、炎を纏った剣を敵に投げる。竜の顔面から首の中腹を真っ二つにし、勢いそのままに氷の壁に突き刺さった。天井に貼り付いていた新手の青い竜が氷のブレスを放つ。
「ふん」
汗一つかかず、軽く躱す。近くの赤い竜が土を直道のような形に剥がして波打たせる。そのまま道を持ち上げ鞭のようにしてなぎ払った。
「洗濯物でも畳むのか?」
ジャンヌは焦ることもなく、琥珀色の剣でベルトでも切るように両断した。他の竜が炎のブレスを吐く。かわした後、それが氷を溶かして水が滴る。
「こいつはいい」
それを見て思い付いたように竜と竜の間に立つ。次の瞬間、両方の竜から同時にブレスが放たれる。炎と氷が接触。水蒸気が発生。ジャンヌはその内部に隠れる。
『飛べ!』
そのリンドウの“信号”に竜達が反射的に飛ぶ。浮いたところをカメレオンのような長い舌をなぎ払う。舌の中腹に竜の首が当たった。それを支点に舌先に付けた“ジャンヌの剣”をなぎ払い、竜の首を切断。
そのすぐ後に剣を離す。遠心力で回転しながら水蒸気の中に飛来。潜んでいたジャンヌが受け取り、残りの竜を屠る。そして、視界が晴れた頃には生存している竜は残り一頭となっていた。一度振り返るジャンヌ。
「また小細工したな?」
『忘れたな』
リンドウは、竜のみ通じる信号を飛ばすことで敵の行動を操ったのだ。敵は水蒸気により視界が遮断されているため信号に頼らざるを得ず、『飛べ!』と指示されたことで竜は反射的に飛んでしまったのだ。
ジャンヌは、剣の柄に付いたリンドウのヨダレを拭き取る。
「後で剣の手入れ代むしり取ってやるからな」
そう吐き捨て、最後の竜に向き直った——その時だった。
甲高い遠吠えが聞こえてくる。直後、近くの氷の壁にヒビが入り、崩壊した。その先から何かが飛び出して、青い竜の首を噛み切る。竜肉を咀嚼しながらジャンヌを睨め付ける銀眼の竜。
「ふん、ようやく会えたな」
その竜は、ジャンヌの因縁の相手、銀狼獣竜フェンリルだった。




