第130話 人類最強の女ジャンヌ1・ターショ
自由迷宮都市ウサの南西、三十一番街フォルニア。
リンドウ達が材料集めをしている頃、ジャンヌは銀狼獣竜討伐のため単独でここに来ていた。
全身黒鎧で姿を隠したまま、古めかしい酒場の扉を開く。中にはガラの悪い男達がたむろしていたが、彼女が入った途端静まり返る。ジャンヌは気にも止めずカウンターに近付くとウサ通貨を置き、店主らしき男に話しかける。
「銀狼獣竜フェンリルを見なかったか」
「……見てないな。あんた、もしかして黒狼団の団長かい?」
「だとしたら情報を貰えるのか?」
鼻で笑う店主。あまり協力的では無さそうだ。その時、背後から巨漢の男が近付いてくる。
「へぇ、アンタが噂の黒狼団団長ジャガかい。案外チビだな。今日は一人でどうした? 子飼いのワンちゃん達に見捨てられたのかい?」
取り巻きから笑いが起きる。無視するジャンヌを見かねて男が肩を掴んだ。
「よそもんにやる情報はねぇんだよ。とっとと犬小屋に帰りな。ギャハハ——グァ」
男にジャンヌの肘がめり込み、吹き飛んだ。
「ああ悪い。うどの大木かと思ったよ」
その皮肉を聞き遂げることなく男は気を失っていた。殺気立つ場を破るように、老躯の男が近付いてくる。
「声が高いな。意外に若造か。それで正体を隠しているというわけだな」
老人が続ける。
「アレがすまないな。わしらはゴールドラッシュ時代からここに住んでいる古参で気性が悪いでな。余所者には厳しい者が多いんだ。許してやってくれ」
ゴールドラッシュ。竜が来る以前、ウサ大迷宮近辺で大量の金が採掘できるという噂があった。それを聞きつけた賊や貧民、平民が一獲千金を夢見てウサに出稼ぎに訪れた。
そして本当に金を掘り当てた成金人間が現れたことで噂は真実となり、さらに人を呼んだ。人が増えたことで町ができ、町ができたことで人がまた増える。そうやって大きな都市ができた。この一連の流行をゴールドラッシュと呼んでいるのだ。
「アンタの名声はこの辺境まで届いてるよ。だが、アンタは本当に強いのかもしれんが、ここの者は金の噂に踊らされたものばかりでな。自身の目で見たものしか信じない。だからアンタにも辛く当たってしまうでな」
「どうでもいい。銀狼の居場所に心当たりはないか」
「ふむ、南の銅鉱山で神隠しが頻発しておる。もしかしたら関係があるかも知れん」
「そうか。おい、店主。この老人とそこで寝ている大木に私の金で酒を飲ませてやってくれ」
そう言ってジャンヌは踵を返した。
「粋な若人よ。だが、優しさは時に残酷な結末を迎えることを覚えておきなされ」
老人は小さな背中にぼそりと呟いた。
外に出たジャンヌはすぐに南へ向かう。
「あの!」
背後から聞こえた突然の子供の声に振り返る。そこには十代半ばくらいの銀髪の少年がいた。
「……なんだ」
「えっと、ジャガさんですよね? あの、その、ずっとファンでした!」
「そうか。やめておけ、趣味が悪い」
「あはっ、聞いてた通り辛辣な人だ。ボクの名前はターショ。よければ荷物持ちでいいので連れて行ってくれませんか?」
「いらん。去れ」
「やはりですか。でも、どちらにせよボクも銅鉱山に行く予定です。そこでは純度の高い迷宮石が取れるんですよ。今、連合国で大量に必要らしく、高い賞金がかけられていましてね。ゴールドラッシュの亡霊に取り憑かれた者達が血眼で採掘しています」
「何が言いたい」
「ジャガさんの求める竜が人を狙っているなら、“人間”が多い方に来やすいと思いませんか? ボクなら一番美味しい餌場に案内できますよ」
ガキのくせに頭が回るな、とジャンヌは思った。彼女も対して年齢は変わらないが。
「……ふん。足を引っ張るなよ」
「ありがとうございます。準備は万端なのでさっそく向かいましょう」
小さな歩幅を見てジャンヌはため息を吐く。そして、いきなりターショの服の襟を鷲掴みにした。
「貴様の歩幅に合わせる義理はない」
「え、う、うわああああああ!」
少年の叫び声が迷宮にコダマした。
◇
ジャンヌとターショは、あっという間に南の銅鉱山地帯にたどり着いた。スライムにゲロを吐く少年。
「はぁはぁ、さすがジャガさん。剛毅な人だ」
「それで次はどの方角だ」
「え、えっと、西です」
「地図によれば東の方が人は多そうだが」
ターショは、息を整えて問いに答える。
「少し前、銀狼の出現場所を独自に分析したんですよ。そしたら、ある法則が見えました。敵は、竜を殺している数が多い人間の元に現れているようなんです。狼風の竜ですから、恐らく血の臭いを嗅ぎ分けているのでしょう」
少年は得意げに続ける。
「つまり、現れやすいのは強者が集まる場所になります。西には穴場があるんですけど、半分罪人みたいな集団が自分達の縄張りと主張して独占してるんですよ。彼らは武闘派で竜を何頭も倒している猛者です。きっと、銀狼も来るはずです」
「なるほどな。居なかったら腹いせにそいつらをシメるか」
「あはっ、ジャガさんなら簡単でしょうね。さっき酒場で伸した人も彼らの一員ですから」
そして二人は慎重かつ大胆に歩を進め、目的地へ到着した。当然、ターショは直後にゲロを吐いた。
「あれが貴様の言っていた集団か」
岩陰から覗く先では、土色の鎧を着た屈強な男達が黙々と発掘作業をしていた。
「き、気を付けてください。脳みそが筋肉でできていそうな人達ですから、話が通じるか分かりません」
「そっちの方が助かるな」
力でねじ伏せ、どちらが格上か教えた方が早い。そんな物騒なことを考えていた瞬間、慌てた様子の男が対面の出入口から顔を出した。
「た、大変です! 崩れた穴の先に竜巣が、うわああああ!」
男は、後ろから現れた銅色の鱗の竜に下半身を食われた。
——銅鉱竜カッパー。徒竜。色んなものをサビさせる錆魔法を使う——
突然出現した恐怖の塊に男達は怯まない。一際ガタイのいい男が手を掲げる。
「うっしゃあ! 竜をぶっ殺すぞ! 鉱夫の力、見せてやれ!」
「おうっ!」
男達が竜の素材でできたツルハシやスコップを構える。気合い充分だ。が、その気合いを無視するようにジャンヌは飛び出していた。続々と現れる銅鉱竜を鎧袖一触に屠っていく。突然の出来事に唖然とする輩達。
「んだありゃ!? コウモリかぁ!?」
「いや、あの黒い狼と黒ユリの紋章……黒狼団だ!」
男達がポカーンとしたマヌケ面を横に振って切り替える。
「追うぞ! 奴に手柄を横取りさせるな!」
ターショは勇む男達を見て、ジャンヌに任せて放っておけばいいのに、と肩を竦めた。
一方、件の女ジャンヌは竜巣にたどり着いていた。大きめの教会くらいありそうな大空間で、眷属竜と何十頭もの銅鉱竜、その子供や卵などがわんさかと広場を埋め尽くしていた。
ジャンヌは、虫の住処を覗いた時のような嫌悪感に顔を歪める。ざっと眺めたが、竜の中に銀狼は居ない。
「当てが外れたか。後でターショにお仕置きだな」
とはいえ、そのままお暇するほどジャンヌは優しくない。中心の奴に狙いを定め、一足飛びに接敵。防御態勢に入る間も与えずに首をとる。絶命を看取ることもなく、次々に命の灯火を吹き消していく。
「グォォォォォォ!」
竜達は、慌てて炎のブレスを放って対抗するが、外套の端すら燃やせない。ただただ、命を落としていく。狼がノミを踏み潰すだけの作業といってもおかしくないだろう。半壊したところで、ようやく後続の役立たず達が広場に足を踏み入れた。
「な、なんだこりゃ!? これをたった一人で……?」
「どっちが怪物か分かったもんじゃねぇな」
「つ、つえぇ……! これが英雄ジャガか……!」
ただの観客に成り果てた男達。そこにターショが合流。
「おじさん達、小さいのぐらいは倒しておいた方がいいのでは? ジャガさんに恩を売っておけば今後いい思いができるかもしれませんよ?」
「た、たしかに! って、誰だお前!?」
「黒狼団末席のターショと申します。以後お見知り置きを」
「な!? こんなガキが? いや、あの黒狼団さんならあり得るか……!?」
ターショは、この方が説得力があるので勝手に名前を借りたのだった。彼は、誰にも気付かれぬよう舌をペロッと出して、後で謝ろうと考えていた。
男達が雑魚狩りを始め、一気に竜の数が減少する。そんな中、とある男の前に一頭のつぶらな瞳をした子供の竜がいた。
「ピィピィ」
かわいく鳴いて男を見つめる。
「悪りぃな。ガキだろうが、人間を食っちまう奴に容赦はしねぇ」
ツルハシを振り上げる。無慈悲な一撃で頭をかち割った、と思われたがツルハシは腕ごと吹き飛んでいた。
「えっ、えっ?」
動揺する男の前から小さな竜は消え、背後で腕をバリボリと酒の肴でも食うように咀嚼していた。
「そいつから離れろ!」
異変に気付いたジャンヌが叫ぶ。竜衣に力を込め、距離を詰めようとする。が、それを察知した小さな竜は天井に向けて口から光線を放った。
刹那、天井全体にヒビが入り、轟音を立てて崩落した。にわか知識で好き勝手に採掘していたため、地盤が崩れやすくなっていたのだ。
「くそっ!」
ジャンヌは巻き込まれないよう後退する。直後、砂塵の波が広場を覆う。どうにか端まで逃げたジャンヌだったが、空間は二つに分断されてしまった。剣で掘削を試みるが、ほとんど掘れない。
「チィ! ターショ聞こえるか! 爆薬を取ってくる! それまで耐えろ!」
「………………」
微かに届いた返事を聞き、ジャンヌは急いで帰路についた。




