第128話 山革鉱竜パリゴール戦
材料集め五日目。今日の仲間は女好きヨクスと、本と酒好きサイコ。
紅葉のように赤い髪のヨクスは、一人と一頭を見て肩を落とす。
「今日こそ女性陣がいると思ったのに」
「まぁいいじゃねぇか! 男三人も楽しいぜぇ?」
と、素面の紫髪サイコが言った。彼は酒を呑んでいないとちょっぴりヤンチャになるのだ。
「じゃあ枕を並べて好きな女子について語り合うかい?」
ヨクスはあからさまに白けた目で見る。
「ヒャハハハ! いいなぁ! オレは肉感のいい女児が気になるぜぇ! まだ解剖したことないしよぉ!」
『俺は妻一筋だ』
と、リンドウ。
両者の回答に顔が引きつるヨクス。
「……はぁ、やめよう。価値観の違いを埋められそうもない」
そんな仲良し一行は、北の苔地帯に来ていた。岩肌に迷宮苔が自生しており、一面抹茶色に染まっている。
「足場が悪いね。女性以外はコケても助けないからそのつもりでね。っぬわ!」
と言ったヨクス自身がコケた。
「ヒャハハハ! 言ってる側から何やってんだか! くわぅ!」
サイコもコケた。
『喜劇の練習か?』
二人のやり取りに呆れるリンドウは【吸着歩法】により、がっちり足裏が固定されているので余程のことがない限りこけない。
二人が起き上がるのを待って先へ進む。大人よりも大きな苔むした岩の間を通り抜けると、少し開けた場所に洞穴のような竜巣があった。例のごとく眷属竜が徘徊している。
——鉱石型孔雀眷属竜ロックバジリスク。クジャクが竜血により変異したもの。苔色で頭に冠羽があるのが特徴——
「最近鳥っぽいの多いねぇ。竜の間で鳥肉が流行ってるのかな」
「ヒッヒッ! いいねぇ! 焼き鳥にしちまおうぜぇ!」
サイコがいきなり飛び出して眷属竜二頭を瞬殺。残った一頭に“操寄蟲竜の傀儡針”をぶっ刺した。竜がよだれを垂らしながら白眼を剥く。これで操作できる状態になった。
「ほぅら、行ってこい!」
口に火薬を詰めて巣に向かって走らせる。ほどなく爆音。巣の隙間から煙が立ちのぼる。すぐに紙のような薄っぺらい何かが風に乗って外に出てきた。それが膨らんでいき、白い竜の形になる。
——山革鉱竜パリゴール。自身や物体を厚くさせたり、薄くさせたりする厚薄魔法を使う——
今回の獲物だ。その鱗は、武器の反動を和らげる緩衝材として使われる。
「パゴゴゴゴ!」
敵は巣を攻撃されたせいで、地団駄を踏んで怒り狂っている。
「ヒャハ! 来いよペラペラ野郎!」
開戦。サイコが様々な竜器で応戦を始めた。
一方、見物人と化していたヨクスの背後に竜の集団が迫っていた。羽音に気付き、リンドウと共に振り返る。上空に竜の団体。眷属竜の中心には苔色の体表を持つ徒竜が佇んでいた。
——孔雀鉱竜マリカイト。徒竜。藻状の魔法体を作る藻類魔法を使う——
「面会の予約がないのはお断りだよ」
ヨクスは、ふぅ、と溜まった息を吐き出す。このようにたまたま飛行していた竜が乱入してくることもあるため、外の竜狩りはとても危険なのだ。
「リリリリリ!」
敵が甲高い声を出して威嚇。直後、無数のクジャクっぽい眷属竜ロックバジリスクが襲いかかる。さらに足元の苔が盛り上がっていき、人型の魔法体が現れた。
「おもてなしかい? 嬉しいけど、可愛い子がいれば満点だったよ」
ヨクスは大量の敵に焦ることなく、曲剣を走らせ捌いていく。
「グルル……!」
人間のあまりの強さに、一度岩陰に隠れてやり過ごそうとする竜。
「残念。岩なんかじゃ俺の剣は防げないよ」
言葉通り、岩ごと敵の首を両断した。衛竜の素材でできた剣にかかれば岩などパンを切るかのごとし容易。
「リリリィ!」
上空の孔雀鉱竜は、思ったようにいかないことで唾を撒き散らして怒り狂う。
「冷静さを失ったらおしまいさ」
竜の背後には跳躍したリンドウがいた。【体色変化】で苔色になり背景に溶け込んでいたため敵は気付かなかったのだ。琥珀色の鉤爪を振り下ろし、音もなく首を落とす。孔雀鉱竜は、誰に殺されたかも知らぬまま絶命した。
その頃、サイコも悪鬼羅刹のごとき動きで敵の屍の山を築き上げていた。
「ヒャハハハ! どうしたどうした!」
どちらが悪役か分からない立ち振る舞いで血で血を洗っていく。だが、竜も黙ってやられるだけではない。尻尾をしならせてサイコを殺しにかかる。さらに厚薄魔法で尻尾を厚くして、線ではなく面の攻撃に変える。
「ヒャハハハ! 手品じゃオレは殺れないぜぇ!」
左手に装着した筒型の竜器“芋貝水竜の針砲”から針を射出して尻尾を丸ごと破砕。
「パゴォ!」
竜は苦痛に顔を歪めるが、怯むことなく魔法を発動。今度は薄っぺらになり、さらに細い紐のように変化。空中を不規則に蛇行しながらサイコを仕留めにかかる。
「うわー、細くて攻撃が当たらないよぅ、えーん。って泣いてやろうかぁ? ヒャハハハ!」
汗ひとつかかない彼の右腕がスナップ一つで手甲剣から新たな筒状の竜器“塵蟲竜砲”に変わる。
「どーん」
そのマヌケな台詞とともに武器からガスが噴出、大爆発が起こる。サイコは衝撃で後方に吹っ飛んだが器用に後転して無傷。
一方、敵は塵一つ残さず散った。塵蟲竜砲は、高温のガスを噴出して前方を吹き飛ばす範囲兵器だ。反動が強く、また音も大きいため好んで使う者は少ない。
サイコが何事もなかったように肩をほぐしていると、ヨクスが近寄ってきた。
「おい、サイコ。材料が必要なのに跡形もなく消してどうするんだい。それに今の音、竜が押し寄せてくるかもしれないよ」
「いいじゃねぇかぁ、このまますべての竜をおびき寄せて皆殺しにしちまおうぜぇ!! ウヒャヒャヒャヒャ!」
ダメだこりゃ、と肩を竦めるサイコ以外の三匹。
その後、案の定竜の群れが押し掛けてきて無駄な労力を使わされたのであった。




