第11話 鍛冶屋ドゥワフ2・竜の情報
中年の男、鍛冶屋ドゥワフから竜の情報を聞くことになった。
リンドウは椅子に座ろうとしたが体が大きくてサイズが合わず、破壊しそうだったので壁に寄りかかって話を聞くことにした。コバコは腕に巻きついたまま一切動かない。じっとしているのが得意らしい。
「俺様も六区に引きこもっていたからな。それほど情報はないぞ。ただこれでも鍛冶屋だからな、人伝てに話が舞い込んでくる。お前よりは期待していいぞ」
ドゥワフは、咳を一つして話し始める。
「整理するために基本的なことから話すぞ。……竜の種類は大きく分けて四種類。眷属竜、徒竜、衛竜、王竜だ。まず眷属竜はお前のように竜の血が体内に入り変異した竜だ。竜の餌、餌の探索、守衛などの役割がある。まぁ、食べられる雑用ってとこだな。魔法に関しては一部使用する個体がいるらしいが大多数は使えない。血で生まれるのは眷属竜だけで残りは卵から生まれる」
血が入るだけで眷属になる。竜で最も厄介な力だろう。このせいで人類に勝機は薄い。
「で、次に卵生の一種である徒竜は二枚の翼を持っているのが特徴で、役割は縄張り拡大と眷属竜増殖などだ。衛竜は四枚の翼を持ち、主な役割は王竜の守り。王竜含むこれらの竜は、魔臓と呼ばれる竜だけが持つ器官を使って魔法を使用する。それと自己再生能力があり、手足や臓器が一部壊れたくらいなら治癒できる」
リンドウは竜を再生させる間もなく殺してきたので気付かなかった。
ドゥワフは一度腰を叩く。もう疲れてきたようだ。早すぎる。
「んで一番重要な王竜は六枚の翼を持つ、大陸を恐怖に陥れた始まりの竜。樹王竜ニーズヘッグ、帝王竜ファフニール、海王竜リヴァイアサン、地王竜トラルテクトリ、毒王竜アジダハーカ、雷王竜カンナカムイの六頭。こいつらは破滅の六王と呼ばれ恐れられている」
『そいつらを殺せば世界を救えそうだな』
「言うは易しだ。今まで誰一人として奴らに傷をつけたものはいない。他の竜とは格が違う。いうならば嵐や地震みてぇな天災と同等だ。人間が勝てる相手じゃない」
『弱点はないのか?』
「弱体化という意味なら翼と魔臓だな。竜は飛行のために翼が絶対に必要だ。対になっている内の片側をすべて落とせば飛べなくなるというのが通説。魔臓は潰せば魔法が使えなくなるらしい。だが、大きさや数も個体差があり位置特定は難しいだろう。翼も魔臓も他の部位同様再生するから一度破壊しても安心しないようにな」
飛行能力は翼に依存している。この情報は大きい。これから先、迷宮外で戦うとなると翼のないリンドウは地対空戦ばかりになるだろう。地面に引きずり下ろすための情報が欲しかったところだ。
そこでふと、竜が大陸にきた日のことを思い出す。リンドウは王竜を遠目に見たことがあった。
五年前、彼はガーラ大迷宮付近の村に住んでいた。そこに竜が暴れているという一報が入り迷宮に仲間を避難させた時だ。遠くの空を見上げると無数の蔓を携えた樹王竜ニーズヘッグを捕捉したのだ。
そこでリンドウはあることに気づく。
『五年経ったのに王竜は増えていないのか?』
「ああ、今のところ情報はないな。竜は交尾をせず、単一で体を切り離す形で卵を作って同種を増やしていくが、王竜がそれを行ったという情報はない。何か条件があるのか、王竜級はレアなのかもな。もしかしたらどこかで生まれて隠れている可能性もあるが“新型”の竜を見ていないから確率は低い」
眷属竜、徒竜、衛竜はどの王竜の血を引くかで姿が少し変わる。例えば、帝王竜は竜と言われれば誰もが思いつくワニっぽい見た目、毒王竜はワニに虫を足したような見た目、樹王竜はワニに植物の特徴を加えた見た目などだ。
血が入るだけで眷属を作れる竜は、簡単に数を増やせる。当然、数が増えれば見つかる可能性も高まる。ゆえに新型が見つかっていないというのは、王竜はいない、もしくはまだ幼体で育っていないという、とりあえずの結論だ。
王竜が増えていないのは朗報だ。六頭倒せばあとは何とかなるかもしれない。
(これまで迷宮で戦った竜はワニに翼を生やしたような奴ばかりだった。おそらくだが帝王竜の血縁か……)
帝王竜がここに竜を差し向けたのだとしたらリンドウにとっては集落を潰した因縁の相手となる。因縁の相手といえばリンドウをリザードマンにした三頭の竜を思い出す。
『赤か緑の眼をした竜を見たか?』
ドゥワフは少し顔をしかめる。
「俺様は見てないが赤眼の目撃情報はいくつかあったな。……緑の方は俺様も見たぜ。お前と同じくらいの大きさで足の爪のひとつが長く鋭いのが特徴の奴だ……俺様の仲間はソイツにやられたんだ」
ドゥワフによればその竜は身軽で速く、足爪で人間を引っ掻いて次々と血を注入していき眷属を増やしていく一撃離脱戦法をとる厄介な敵とのことだった。リンドウの右脇腹を噛んだ緑眼の竜と特徴が一致していた。
(次に倒すのはソイツだな)
心のわだかまりを解消するには直接因縁の奴らを倒さなければならない。リンドウは固く決意した。
ドゥワフは座りっぱなしで固くなっていた腰を伸ばすために立ち上がり、リンドウに背中を向けて片目だけ視線を飛ばす。
「竜なんて怖かねぇと思ってたのに本当に現れたらブルッちまった。次々に眷属になっていく仲間や女子供の悲鳴を聞いて恐ろしくて真っ先に逃げちまったんだよ。……情けねぇよな」
『そうだな。お前なら何人かは助けられただろう』
「……慰めもなしかい。容赦ねぇな」
『友だからな』
ドゥワフは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていたが、どこか柔らかい顔立ちに見えた。
きっと話したことで胸のつかえが取れたのだろう。と、リンドウは推測した。その後、両者はいくつかの問答を繰り返して持ちうる限りの竜の情報を交換した。
◇
「俺様の分かることはこれぐらいだな」
一息ついたドゥワフは渇いた喉に水を流し込んだ。
『これからお前はどうする?』
「俺様は……ここに残る。お前について行っても足手まといなだけだからな」
ドゥワフは一瞬だけ曇った表情を浮かべた。
「あ、そういや四区に俺様の第二工房があるからそこの武器とか防具使っていいぞ。サイズが合わないかもしれないが。それと奥の隠し部屋に家宝の鉤爪があるからそれも使えよ」
リンドウは一考した後、ニヤリと笑った。
『探すのが面倒だ。お前も来い』
「い、いや俺様がいると移動に時間がかかるし……って、お、おい!」
リンドウは問答無用で転がっていた背嚢と兜をひっ掴み、ドゥワフに近づく。
『荷物はこれだけでいいな?』
「ああ、って待て、行かないぞ! お、おぅい! うぎゃぁぁぁぁぁぁ!」
聞いたことのないような甲高い声を上げるドゥワフを担ぎ上げ、次の五区へと向かった。




