第106話 鉱石竜戦
リンドウは、樹竜達を退けた後、チチュウ湖を西へ迂回して新たな地へとたどり着いていた。
ロワ渓谷。そこは、かつて元オルレア王国の要衝である城砦が立ち並び、ロワ川の流れる緑豊かな地であった。しかし、今は竜が暴れたことで城砦は崩落し、大地は焼けただれて味気ない鈍色の色彩に染められていた。
(……まだまだ遠いな)
リンドウは豪雨の中、時折、立ち止まりながら体力を回復させつつ慎重に進んでいた。漆黒の体は、右腕がなく、尻尾は通常の半分以下の長さ。更に【脱皮】の皮もほぼ使い切っていた。
まさに満身創痍だ。常に肩で息をする状態。今すぐにでも泥のように眠りたい衝動に駆られる。
だが、それを許さないとでも言うように不快な羽音。
『良い音色が聞こえると思ったら、そこに居ましたかリザードマン』
重い首を持ち上げて上空を見ると、丸い鱗に包まれた竜が悠然と飛んでいた。
——海豚水竜ドルフィ。徒竜。イルカとワニを足した見た目。耳がいい。ヒサメの鎧の素材でもある——
さらにもう一頭、バチバチと電撃を纏わせた竜がいた。
——閃電鉱竜フルグライト。徒竜。灰褐色の宝石のような輝く鱗を持つ。電撃魔法を使う——
『ガハハ! どいつもこいつも、こんなチビ助一頭も倒せねぇのかぁ?』
フルグライトは、見下しながら高らかに笑い、電撃を指で弄ぶ。
リンドウは、その“静電気”に鼻で笑う。
『来いよ、雷王竜の劣化版』
『あ?』
その言葉に眉間にしわを寄せ、青筋を立てる敵。閃電鉱竜の地雷ワードだった。
『言ってくれたな劣等竜ごときがっ! 死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!』
リンドウには、好きなものが四つある。妻ダリア、爬王物語、戦闘、そして、“挑発”だ。煽れば、相手の性格が分かる。冷静なのか直情的なのか。語彙の選び方で知識や知能も垣間見える。
フルグライトは、圧倒的に直情型だ。
『キェェェェ!!』
半分電撃となり、バカ正直に直線的に突っ込んでくる。
リンドウは、冷静に一枚の血入りの鱗をデコピンで進路上に飛ばす。
『じゃあな』
魔法を無効化する竜殺しの血液は、雷に激突して一瞬で竜をバラバラにした。
血や肉片がリンドウに掛かる。半透明の瞼、【瞬膜】で眼を保護して、もう一頭から視線は逸らさない。舌舐めずりするリンドウ。
その光景を見て残りの一頭、海豚水竜ドルフィに怖気が走った。
『どうやら私では勝てそうもありませんね』
汗をかいて逡巡していると、四枚の翼を持ち金色の鱗に包まれた竜が現れた。
『ゴルルル! 良くやったぞドルフィ! 後はこのゴルドが地王竜様に代わりリザードマンを仕留めてくれようぞ!』
——金鉱竜ゴルド。衛竜。自身や物体を魔法金に変える“黄金魔法”を使う——
リンドウは、雨の中でも光るその竜に顔を顰める。
『随分と目障りな竜だな』
『褒め言葉と受け取っておこう。強者は目立つ、目立つは強者よ。このゴルドに殺されることを光栄に思うがよい』
『ああ、家宝にするよ。だから見逃してくれ』
『断る。剥製となれ!』
敵が手を振ると同時に金塊が降ってくる。
(金の亡者が喜びそうな光景だな)
リンドウは、軽口を叩きながら体に鞭を打ってどうにか回避。しかし、金塊は液体となって追尾が止まらない。
(避けきれない……!)
仕方なく魔法を消せる自身の血液で防御した。
(クッ……)
どうにか防ぎ切ったものの、血を大量に消費してしまい、目眩がする。次、まともに当たれば戦闘不能になるだろう。
『それが噂に聞く猛毒の血か。厄介だが、あと何回このゴルドの攻撃を受けられるかな?』
敵の腕がドロリと溶けて無数の金の鞭が襲う。
リンドウは、器用にかわしながら、さっき調達したばかりの“閃電鉱竜の鱗”を鞭の一本に当てた。青白い電撃が鞭を伝い、敵本体に流れる。
『ふん、賢しいな。このゴルド、その程度の静電気なぞ屁でもないわ』
『かもな。だが、お前の仲間はどうだ?』
『なんだと?』
「ビビビビ!」
近くにいた海豚水竜ドルフィは、痺れて硬直していた。行き場を失った電撃が伝ったのだ。
『ば、ばかもの! 離れておれ!』
が、リンドウがその隙を逃がすわけもなく、動きの止まったそいつを血入りの【毒射】で撃ち落とした。
『貴様! 卑怯な!』
『地上で戦わない奴がよく言えるな』
リンドウは信号を飛ばしながら、移動していた。
『逃がさんぞ!』
渓谷に点在する半壊した城の一つに逃げ込む。
『ゴルルル! アホウめ、そこは迷宮ではないぞ。石壁なぞすぐに破壊してくれるわ!』
ゴルドは両手を広げ、金の槍を生成すると城へ向けて飛ばす。
『壊れろ壊れろぉ! どうしたリザードマン! 早く出てこないと潰れた蛙のようになるぞぉ!』
饒舌に広域信号を飛ばしながら嬉々として破壊していく。しかし。
『むぅ、思ったよりも時間を喰うな』
城は巨大で中々潰せない。一気に魔法で破壊したいが、魔力を膨大に消費するため今後を考えて温存したい。思ったより慎重に動くタイプのゴルドだった。
その時、城内から物音。
『!! そこかぁ!!』
金の槍で音源のする方を破壊。慎重に近付き、中を確認する。そこには蠢きながらガラガラと音を鳴らす尻尾だけがあった。
——自切した尻尾は、敵の気を引くためしばらくクネクネと動く——
——ガラガラヘビは、尻尾の脱皮殻の塊を使って警戒音を鳴らす——
リンドウは、残っていた半分以下の尻尾にガラガラヘビと同じ要領で音を鳴らす仕掛けを作って【自切】したのである。
『ぐぬぬ、小賢しいマネを』
その時、視界の端にワニを捉える。
『そこかぁ!』
金の槍衾がそれを襲う。砂煙の晴れた先、バラバラになったワニが有った。
『……これは脱皮殻か?』
残念。それは城に元々あったワニの剥製であった。
一方その頃リンドウは、とっくに城を脱出していた。城といえば、有事の時の脱出用に地下通路があると思ったので、感知をフル活用して見つけだしたのだ。彼の目的は逃げることであり、ワザワザ策を弄して戦う必要はないのである。
海豚水竜ドルフィの台詞から敵の探知は音に頼っていると察知し、ソイツを倒した今、簡単に見つかることはないだろう。
(地王竜が居なかったのは痛いな)
リンドウが思い描く策には、王竜の存在が不可欠だ。だが、まだ希望は残っているはず。
それを信じ、地下通路の奥へ迷うことなく走っていった。




