第103話 樹竜戦
コバコと合流したリンドウが国境跡の地下から外に出ると、あいにくの豪雨だった。
(恵みの雨であればいいがな)
視程が悪くなり、リザードマンには有利と思えるが、こちらも感知が効きにくくなるためあまり良い状況とはいえない。とはいえ、良い状況なんてのは、一刻も早く迷宮へ逃げ込むことだけだが。
弱った体に鞭を打ち、水音を立てながら駆ける。少し進むと、眼前にチチュウ湖と呼ばれる対岸が見えないほどの巨大な湖が現れた。
(くっ、思ったより西に来すぎたか)
リンドウの目的地である“ドレミ村”は、湖を挟んで北東にある。
(雷王がいつ来るか分からない状況で湖を横断するのは無謀か)
水上を走るにしても潜るにしても、雷使い相手に水場は危険すぎる。
となると、迂回するしかない。右か、左か。
(少し戻って右のほうが早い、が)
リンドウは、左回りを選んだ。戻れば大量の竜が待ち構えている可能性が高い。急がば回れだ。それに策を成就させるためには少し時間を使いたいというのもある。
だが、こちら側はアマゾ大森林にも近い。雷獣と接触するかもしれない。
『ハッケンハッケン!』
突然、上空に鳥らしき何かが現れた。
瞬間、更に上から雨雲を割って巨躯の竜が降下してきた。
——砦樹竜ハイペリオン。徒竜。大山と見紛うほどの巨大な体躯を持つ竜。自身や物体に空間を作る“空間魔法”を使う——
胸部に開いた穴から一頭の樹竜と大量の鳥型魔法体が出てくる。
『ようやく、ようやく見つけたぞ! リザードマン!』
ツルが巻き付いた鳥型樹竜が、鬼のような形相でリンドウを見下ろしていた。
——鳥花樹竜バードパラダイス。徒竜。鳥型の魔法体を生む鳥魔法を使う——
『貴様が殺した骸樹竜様と天樹竜様を覚えているか?』
『知らないな。薔薇の奴ならかろうじて覚えているが』
もちろん、すべて覚えているが敵の求める回答はしてやらない。
『聞いていた通りのクズだな。あれだけ仲間想いの方達を殺すなんて許せぬ。貴様をここで討たせてもらう! 地獄で後悔しろ!』
刹那、敵が両腕を広げたと同時に色とりどりの鳥型魔法体が放射状に放たれる。
それらが束となり、リンドウに迫る。
リンドウはギリギリの間合いで捌きながら反撃の機会を窺う。
が、いきなり鳥の一体が視線をリンドウに向けると口を開いて炎を吐いた。
(なっ、この魔法体……じゃない!)
リンドウは少し余っていた皮を【脱皮】することにより難を逃れる。煙を出しながら見上げた先に二頭の竜。
『キキキ、器用だねぇ』
『ギギギ、器用だねぇ』
——朱鷺樹竜トキソウ。徒竜。薄紅色の鳥型の竜。火魔法を使う——
——鷺樹竜サギソウ。徒竜。白色の鳥型の竜。水魔法を使う——
(くっ、こんな単純な偽装も見破れないとは)
普段なら簡単に見分けられるが、思った以上に疲れが出ていたようだ。視力も感知能力も低下している。
間髪を容れず、敵が動く。
『ハイペリオン!』
信号を聞いた砦樹竜は、自身の腹に巨大空間を開けた。
中から、背中に筒型の突起がある竜が数十頭出てきた。
——砲樹竜テッポウウリ。背中にある筒から魔法を飛ばす“砲撃魔法”を使う——
『撃てぇぇぇぇ!』
合図と共に砲撃が開始された。轟音と共に魔砲弾が放たれてリンドウを襲う。
『休む暇を与えるな! 物量こそが正義だ!』
鳥花樹竜の命令により、砲撃の雨が降る。畔に穴を開けて湖に水柱が上がった。
(ッ、息が切れる……)
リンドウは必死に回避に徹する。だが、砂礫や土塊が肉体を削り、爆音が精神を蝕んでいく。
肩で息をしだしたリンドウに、休む間もなく次の命令が下る。
『次だ! ハイペリオン!』
ハイペリオンの巨大な口から、全身樹皮のような茶色い肌に黒い棘が密集して生えた爆樹竜ダイナマイトツリーが降下してくる。フラズグズル姉妹がアマゾ大森林で戦った自爆魔法を使う竜だ。
『やれ! 爆樹竜!』
『お任せあれー!』
『お任せあれー!』
『お任せあれー!』
躊躇なくリンドウに突撃して自爆する。
(趣味が悪いな)
リンドウは、回避しながら敵を自爆させないように魔臓を潰していく。
鳥花樹竜は、爆樹竜の献身的な行動に涙を流して天を仰いでいた。
『すまないな同胞達。お前達の尊き犠牲は奴の首を差し出して報いよう』
敵は感傷に浸りやすいタイプだった。
(頭は良くなさそうだな)
爆煙で見えなくなったリンドウは、密かに湖底に潜っていた。そして、勢いを付けて水上に飛び出す。
『キッ?』
『ギッ?』
一瞬でトキソウとサギソウの首が飛んでいた。砲撃により上がった水柱を【水上歩法】で駆け登って上を取ったのだ。
『な、いつの間に!?』
鳥花樹竜は、動揺するが、瞬時に切り替えて鳥の魔法体を飛ばす。
それをリンドウは【デスロール】で空中回転し、血入りの鱗を飛ばしてかき消した。
『チッ!』
鳥花樹竜は、自身の側にも飛来した鱗を懸命にかわす。どうにか数ヶ所削られただけで済んだ。
だが、リンドウが狙ったのは、さらに上に居る砲樹竜だ。
「ギィ!?」
砲樹竜の目や翼を切り刻んで怯ませた。そして、一頭の竜が、上に向けて砲撃。
誤爆。
「グォォォォォォ!」
腹に砲撃を受けた砦樹竜が激痛に叫びを上げる。
『ハイペリオン! 貴様、よくも!』
下に降りたリンドウは、すでに陸地に上がっていた。
『デカブツってのは、邪魔になりやすいな』
『何を——』
突如として鳥花樹竜に影がさす。上空を見上げると、砦樹竜が落下してきていた。
『ば、ばかな! ハイペリオン! どうした! 今のでやられるはずがない! 応答しろ!』
すでに死んでいる砦樹竜は、白目を剥き、そのまま自由落下で鳥花樹竜の真上へ。
『う、うわあああああ!』
『叫んでいる場合か?』
焦る敵が落ち着くのをリンドウが待つはずもなく、距離を詰めると喉を喰い破った。
「ぐげ」
腑抜けた声を上げて鳥花樹竜は死んだ。
程なくして、巨大隕石が激突したかのごとく、湖に砦樹竜が突っ込み、大津波を起こして雨を降らせた。
そして、絶命したハイペリオンの上には、水飛沫の雨に打たれるコバコ。リンドウが、戦闘のどさくさに紛れてぶん投げておいたのだ。上手く砦樹竜を殺してくれたようだ。
(……アイツは)
相棒の横には見知った人間の女。深海のような深い青の全身鎧を着て、衛竜の頭部を左手に持っている。
「神様、お久しぶりだねん。英雄ヒサメさんの登場だよん」
現れたのは、フラズグズル姉妹のお守り役で黒狼団新団員ヒサメ・オキクルミだった。




