第102話 黒狼団対樹王竜
ジャンヌ団長率いる全身黒鎧の黒狼団ダークウルフ一行は、リンドウと雷王竜が争っているのを尻目に大陸中央のファフニール帝国に潜入していた。
竜の大半はリザードマンを追って南から西に広く展開していて、帝国にはほとんどいない。とはいえ、残った竜に見つかれば仲間を呼ばれて一網打尽の可能性は充分にある。
「生きた心地がしないねぇ」
おしゃべり担当、明るめの赤毛ヨクスはそう言いながらも余裕の笑みは崩さない。
「喋るな。舌を噛むぞ」
短い金髪で碧眼の団長ジャンヌを先頭に凄惨な戦闘の痕跡を乗り越えてキビキビと進んでいく。
彼女達の目的は“帝王竜の屍”だ。
強力な武具を作るために必要で、今まで王竜の素材を使った武器は無く、手に入れば竜退治に大きく貢献することは間違いないと考えたのだ。
崩れた中央塔の手前に白が映える帝王竜ファフニールの死体が横たわっていた。
「ありゃりゃ、死体はそのまま放置かい。弔うくらいはしてあげてもいいのにねぇ」
「葬儀を行う生物は人間だけだろう。中には似た行為をする生物もいるらしいが、大仰にはやるまい」
ここには居ないヒサメ以外の四人が解体作業へ取り掛かろうとした、その時だった。突如として帝王竜が起き上がる。
「な!?」
全員、一斉に飛び退る。
「タスケテ、タスケテクレ」
「おいおい、どうなってんだ!? まさか、現世に忘れ物かぁい!?」
帝王竜は、まるで天国へ誘われるように徐々に空へ浮いていく。巨躯には、植物のツルらしきものが巻き付いていた。
警戒していると、塔の裏から何かが飛び出してきた。全身苔色の竜。ツルに覆われた体に六枚の翼。
——樹王竜ニーズヘッグ。六王竜最柔の竜。森を作る“樹海魔法”を使う——
「……おいおい、まさか……樹王竜ニーズヘッグか!?」
ヨクスが驚く。
「ホッホッホッ、まさかハイエナがおるとはの」
「ッ!? ……へ、へぇ、おしゃべりも出来るとはね。それで趣味の悪い人形劇をしたわけか」
「気にすることかの? 何じゃったかのう……そう、人は誰かを演じているものじゃよ。何なら第二部でもご覧になるかね?」
ニーズヘッグは、顎をさすりながら帝王竜の死体をツルで操り、人形のようにカクカクと動かしていた。
口を開こうとしたヨクスをジャンヌが手で制し、前に出る。
「貴様の目的は?」
「主らと同じ帝王の屍じゃよ」
「考えることは同じか……全員、戦闘準備」
それを合図に武器を抜く四人。ここは敵地のど真ん中。必要以上の対話をしている余裕はない。
「判断が早いの。が、王竜相手に無策で挑むか……その蛮勇に敬意を評して遊んでやろうかの」
言うが同時、体中のツルが放射状に広がる。
四人の黒狼達は四方に散った。次々と襲い来る触手を皆、器用にかわしていく。
「ホゥホゥ、良き反応よの。遊び甲斐があるわい」
樹王の右腕が光る。と同時、地面から無数の大木が生えてくる。
「うぉ!?」
ヨクスが突き破るように生えてくる木を慌てて避ける。
樹王竜の固有能力“樹海魔法”。自身や物体に植物を作る魔法だ。
瞬く間に一帯が森になった。
「さぁ、主らのために足溜まりを作ったぞ。存分に活用するがよい」
「さすがは王竜。地形を変えちまうとはね。ま、足場を作ってくれるならありがたいけどな!」
木の幹に飛び乗るヨクス。
「ああそうじゃった。言い忘れとったが、その木は人を食べるぞ」
「は? うっそだろ、やっべぇ!」
ヨクスの足が木に埋まり呑み込まれそうになる。が、スキンヘッドの斧使いハルバドが槍斧で彼の足の木を切断した。
「……油断するな」
「悪い、ハルバド! 助かった!」
着地したヨクスの足の木が溶ける。すぐに上空を見上げ、呆れた目で睨む。
「とんだ嘘つきがいたもんだね」
「ホゥホゥ、忘れておったんじゃよ。言い訳は後から足すものじゃ、怒るでない」
肩をすくめるヨクス。自分のマヌケさに苦笑するしかなかった。
「植物とはいえ、魔法体か。厄介だね」
「ホッホッホ、さぁ、好きなだけワシのサーカス団と遊ぶがいい」
地面や樹木から植物型の怪物が現れる。
ヒマワリ型の怪物が、ヨクスに種弾を飛ばした。
「うお、あぶないねぇ!」
ヨクスは、当たれば即死の弾丸を樹木を盾にかわす。
「舐めるなよ」
隙を見て自身の愛剣、黒狼竜曲剣を投げて敵を切断した。
「俺に触れていいのは、美女だけさ」
曲剣は、ヨクスの磁鉄竜手甲に反応して弧を描きながら手元に戻ってきた。
一方、ハルバドには、腕が槌型の木の化け物が迫る。
「グラァ!」
振り下ろされた槌がハルバドの頭をかち割りに掛かる。だが、彼は冷静に見極めて、後ろへ跳んでかわす。目標を失った槌が地面を叩き割り大穴を開けた。
ハルバドは、無表情のまま砂煙の横から回り込み、化け物を視界に捉えると、突如、自らの腕を引く。すると、敵の上腕が突然、切断された。彼の愛用する竜具、蜘蛛竜糸だ。攻撃を避けると同時、敵に飛ばしておいたのだ。
「グギィ!」
動揺している敵目掛け手投げ斧で追撃。首、腕、脚に直撃し、敵はその場に倒れた。しかし、次の瞬間。化け物の体が泡立つように膨らみだす。
「…………!」
ハルバドが危険を察知し、距離を取ったと同時、まるで自爆魔法を使う爆樹竜のように大爆発した。
破片を木と槍斧を盾に防いだが、その場に膝を折る。
「……俺の斧が……」
爆発により手投げ斧は無残な姿になっていた。斧好きとしては絶望的だ。
一方で二人が怪物と戦っている中、酒と本好き染めた紫髪のサイコも同様に雑魚狩りをしていた。
「ヒャハハハ! 調子に乗るなよモジャモジャ!」
サイコは樹王にクロスボウを放つが、いとも容易くツルではたき落とされた。しかし、括り付けていた“煙樹竜鱗”が破裂して煙が辺りを包む。
その隙にジャンヌと合流。
「サイコ、足場を作れ」
「任せなァ!」
海泡鉱竜の鱗を投げると何倍にも膨らんで白い風船になった。
ジャンヌ以外の三人は、同じように足場を作っていく。
粉雪舞うように森を風船が覆う。
その一つに乗った彼女の瞳が縦に割れた。キュクロに貰った竜器、竜眼は敵の動きを克明に捉えることができる。故に予備動作などから次の動きを予測する擬似的な未来予知が可能。
ジャンヌは樹王の攻撃を先読みして回避。上へ上へと昇っていく。
「やりおる。だがしかし、空中で竜に勝てると思うなよ」
腕を翳すと、投網のように広げた樹木がジャンヌを襲う。逃げ場のなくなった彼女を包んで無慈悲に握りつぶした。
「む」
だがしかし、殺したと思った彼女は霞のように消えていた。幻樹竜鱗により幻を作り出したのだ。
「腕は貰う」
ジャンヌ本体は、樹王竜の背後にいた。
狙ったのは樹王竜の腕、ではなく“帝王竜”の腕だ。黒狼団の目的はあくまで帝王竜の屍。一部だけでも持ち帰れれば御の字なのだ。
琥珀色の長剣ミズブレードを一閃。斬り落とした腕を掴んで着地。したり顔で樹王竜を見上げる。
「ホゥ、さすがは衛竜を二頭も倒した人間界の英雄。一味違うの」
「ずいぶん物知りだな。森のタヌキにでも聞いたか?」
「似たようなものじゃよ」
その時、周囲にいた両爬竜が異変に気付き騒ぎ出した。
「うぅむ、やはりゴキブリを潰すのにも時間はかかるものじゃの。雷王に見つかりたくないしのぉ……仕方ない。今日は引くとしようかの」
帝王竜の死体と共にさらに上空へ舞い上がる。
「あ、待ちやがれ!」
ヨクスの攻撃は届かなかった。
「善戦したおまけにコイツをやろう。宴の招待状のかけらじゃ」
帝王竜の腹にあった琥珀色の盾ニヴルシールドを投げ渡した。
「“リンドウ”によろしくの」
「!? なぜそいつを……?」
樹王竜はその問いに答えることもなく、北の方角へ飛んで行った。
「リンドウって、なんのことだい?」
ヨクスがジャンヌに問いかける。
「昔の男だ」
「……えっ?」
「む?」
「なんだとォ?」
目を丸くする三人。
「冗談だ。気にするな」
たまによく分からない時に冗句(?)を飛ばすジャンヌ。そこが人間味が垣間見えて可愛らしいとも一同思っているのだが。
ジャンヌは皆の動揺を意に介することもなく、帝王竜の腕をヨクスに投げ渡した。
「お前達はそいつを持って北から迂回し、西へ向かえ。私は野暮用がある。単独行動をとらせてもらうぞ」
「仰せのままに。ジョオウサマ」
黒狼団はそそくさとその場を後にした。




