第100話 獣竜戦1
両爬竜と雷鼠の猛攻を退けながら国境地下を西へ進んでいたリンドウは、開けた場所にたどり着いていた。
(ここもか……)
そこには混合竜の死体や骨が散乱していた。紅鷲団がファフニール帝国を攻める下準備として捕まえたか、あるいは製造した混合竜をここに閉じ込めていたのだ。
その時、轟音。突如として立方体のブロックが現れ、すべての出入り口を封鎖された。
そして天井が崩れる。
『さぁ、狩りを始めよう』
信号と共に十頭の獣竜が現れた。
それぞれ異なった容姿をしており、燕、隼、鷹、獅子、チーター、ガゼル、犬、モグラ、象型の徒竜。そして、一番上には四枚の翼を持った大鷲型の衛竜がいた。
——大鷲獣竜イグルー。衛竜。立方体の魔法物質を生む“ブロック魔法”を使う——
リンドウは、そのサーカス団のような敵連中に鼻でため息をつく。
『群れないと劣等竜一頭も狩れないのか』
『何とでも言うがいい。狩猟に万全を期すのは当然のこと』
イグルーは、見下して不敵に笑う。そこに獅子型の竜が信号を飛ばした。
『イグルー様、そろそろ殺っていいっすか』
『構わん。生意気な犬には躾が必要だ。圧倒的な力を見せてやれ』
『御意』
獅子型の竜が腕を振ると、獅子の魔法体がいくつも出現し、リンドウ目掛けて空を駆ける。
『獅子か、剣闘士興行を思い出すな』
昔、剣闘士をしていた頃の思い出に半分浸りながら、攻撃を器用に躱し、反撃の好機を窺う。
が、その時、敵の魔法体が急加速。リンドウの鱗を削った。
(…………!)
チーター型が“加速魔法”を使ったのだ。
さらにリンドウの周囲を囲むように複数の六角形の平面が出現。
燕の“反射魔法”とガゼルの“弾性魔法”により作られた空間で、それを足場に獅子型魔法体が縦横無尽に駆け回る。
獣竜達の必勝の魔法連携技だ。
『まるで大道芸だな。チップはないぞ』
『ヒャハハ! てめぇの魂で払いな!』
高速で跳ねる敵を見切れないリンドウではないが、身体能力が低下している今、脅威的だ。
打開策を考えながら、最小限の動きで回避していく。だが、完全に往なすことはできず、生傷が増える。
『ハハハ! 踊れ踊れぇ!』
隼型の竜が嬉々として信号を飛ばし、自身の手をかざす。すると、鍾乳石のような尖った土塊がリンドウの頭上に現れて急襲する。
(……糞魔法だな)
悪態をつきつつ、どうにか回避するが、わずかに腕を掠る。それを見て隼型の竜がニヤリと笑った。
『どうだ我が降下魔法の威力は! 対応できまい!』
『加速魔法の下位互換だな』
『な、なんだと! だ、黙れぇぇ……あ、あれ?』
反論しようとした隼型の竜の首が飛んでいた。
リンドウは、敵が魔法を操るのに夢中になって動きが止まるのを待ち、【鱗変化・竜速型】により、一瞬で距離を詰めたのだ。
数が多くなれば能力に偏りが出るのは自明の理。彼は一番の雑魚を見極めるため、敢えて攻撃を受けたのだ。
『何という速度! だが、空中に体を投げ出すとは愚の骨頂。死にな!』
『お前がな』
リンドウは、空中に体を投げ出すと決まって返ってくるフレーズに飽き飽きしながら口を大きく開く。
「ぐぎょ」
リンドウの血を混ぜた毒攻撃【毒射】により、ガゼル型の頭部が消し飛んだ。
『舐めるな小僧!』
仲間の死に怯むことなくチーター型が炎のブレスを浴びせる。しかし、リンドウはその場から消えていた。
『な!?』
『こっちだ』
リンドウは、鷹型の敵の背中に飛び乗っていた。両爬竜と戦った時に拝借しておいた避役爬竜の透明な舌で敵にくっ付いたのだ。
『チキショウ! 降りやがれ!』
鷹獣竜が暴れる。
この竜に飛び乗ったのは、鷹獣竜の魔法が“未来視魔法”だということを事前に知っていたからだ。
鷹獣竜は、鑑定鏡やジャンヌの竜眼などに使われる人気の素材で、それゆえに情報も豊富。リンドウも把握していたので、攻撃魔法じゃないコイツが最も飛び乗るのに相応しいと考えたのだ。
『マヌケが! 足場を与えるな!』
『構わん、鷹ごと殺せ!』
周囲の竜の胸部が一斉に膨らみ、ブレスを放つ。
『ば、ばかやめ——』
鷹型の敵は丸焦げになって墜落。
リンドウは、当然回避していた。ついでに厄介そうなモグラ型と犬型の首を刎ねた。
『こ、こいつ! しかし、まだ無防備だ! 畳み掛けろ!』
『やめておけ。離れたほうがいいぞ』
リンドウが信号を飛ばしたと同時、空間が歪むと錯覚するほどの刺激臭。
『なんだ、この刺激臭……まさか! 血だ! 血を気体に変えたんだ!』
一斉に距離を取る竜達。だが、リンドウにそんな強力な技は使えない。
能力【臭気変化】を使用したのだ。
——シュウダという蛇は、警戒時に体から刺激臭を放つ——
竜殺しの血を知られたことを逆に利用し、“血は嫌な臭いがして自在に形を変えられるもの”と敵が思い込むよう、たった一手で誘導したのだ。
竜達は、警戒して壁際まで距離を取った。
(終わりだ)
リンドウは、いたずらに刺激臭を放ったわけではない。もう一つ、匂いを仕込んでいた。
突如、周囲の土壁が膨らみ、中から次々と蛇が飛び出す。
——雌蛇はフェロモンを出して雄蛇をおびき寄せる——
いざとなった時のために体内で蛇のフェロモンを作っておき、おびき寄せていたのだ。
『な、なんだこいつらは!? 離れろ!!』
敵に絡みついた蛇の何匹かが突如膨らむ。
蛇は、密かに壁に付着させておいたリンドウの血液を吸っており、眷属化の過程で肉体が耐えきれず、竜の背中で破裂した。即席の血液爆弾だ。
「グガァアア!」
竜達は断末魔の叫びを上げて墜落していく。結果、象型と大鷲型以外の獣竜は全滅した。
『く、伊達に帝王竜を倒していないということか』
圧倒的な力を前に冷や汗をかく大鷲獣竜イグルー。
リンドウは悠々と竜の死骸と共に着地していた。ゆっくりと天を仰ぐ。
『どうした? 生意気な犬を躾なくて良いのか?』
『言ってくれる……!』
冷静な大鷲獣竜もこの時ばかりは、顔をわずかに顰めた。




