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9:失敗

 その時私達が居たのは、貧民街だった。

 道の左右に建っている建物は、家というよりは、風雨を遮る役目だけを果たすバラックだ。意識して見れば、住人達が潜んでいて、こちらを静観しているらしい様子がわかる。


「だぁれ?」

 やや子どもっぽい発音でそう言って、マクシミリアンが男達に向かって構えたのは、鉈だ。

 私は思わず、ベルトに引っかけた鞘に手をやる。

 空だった。


(いつの間に……?!)


「だれ、だって」

 男達は笑う。

 どこが笑いどころなのか、理解できない。


 私は違和感を覚えた。

 彼らはなぜすぐに、王子を制圧して、殺してしまわないのだろう?

 その一瞬をついて逃げ出す算段だった私は、男達の包囲網内に取り残されたまま、自分の間違いに気づき始めた。


 私達が来た方向から二人、進行方向から来た男達が三人。

 程度の違いはあるが、みんな無精髭を生やし、何人かは前歯が欠けている。着ている服も垢で汚れていて、風が彼らの方から臭気を運んでくる。風呂に入る習慣は無さそう。そして、誰も剣の類いは手にしていない。代わりに持っているのは、大きめの穀物袋だ。


 王侯貴族が暗殺を依頼するなら、秘密を守れそうな、ある程度プライドの高い人物を選ぶだろう。そういう人物の風体は、おそらくここまで小汚くない。


「確かに、綺麗な子じゃないか」

 王子を見て、一人が言った。

「これは相当な値が付きそうだ」

 その男から金らしいものを受け取って、住人の一人がバラックに戻っていく。


 人攫いだ。暗殺者じゃなくて、人攫いが来てしまった。


 私はついさっきまで、自分の計画がうまく行くと思い込んで、自信満々だった。

 こんな事態は、想定していない。

 自己嫌悪に陥りながら、何とか考えを立て直した。


(暗殺じゃなくても、王子がザイオンから離れて、姿を消しさえすればいいんだわ……目的は達成できるし、王子は死なずに済む。酷い目には、遭うかも知れないけれど)

 どういう目に遭うかは、深く考えないようにする。


 マクシミリアン王子が鉈を構えた姿は、一応様になっていた。おそらく、『たんれん』の成果だろう。だが、振り回し方がめちゃくちゃだった。

「うおっ、危ねぇなあ」

 男達が怯んで距離を取った瞬間、私は走り出した。


 一瞬、うまく逃げ出せるかと思った。

 だが、男の一人に足をひっかけられて、派手に転んだ。

 膝のダメージに怯んでいる間に、無理矢理引き起こされる。

「ちゃんと見張っておけ」

 私を転ばせた男が、他の男に押しやった。

 一番小柄で、若い男が、私を抱え込む。

 饐えた汗の匂いに、気分が悪くなる。


 王子は何度も鉈を振り上げたが、刃の短さと体格差で、男達には届かない。だが彼の身体能力なら、相手を怯ませた隙に、逃げようと思えば逃げられたはずだ。


「おい、動くな!」

 男の一人が、ナイフを私に突きつけ、王子に向かって怒鳴った。

「動けば、このガキを殺すぞ」


 私を人質に取っても無駄だ。

 だって私と王子の仲は険悪だし、王子は私に死んじゃえって言ったんだもの。

 私も、わざとザイオンをお兄様呼びして、彼を怒らせるように仕向けた。


 そんなはずはない、と、動きを止めた王子を見ながら思う。

 私なら人質に構わず、逃げ出している。

「何してるの馬鹿!」

 迷うような色を浮かべた紫紺の瞳を見返しながら、私は叫んでいた。

「逃げるのよ!」


 たたき落とされる鉈が見えた直後、視界が遮られた。

 私は、穀物袋を被せられて、藻掻いた。

(馬鹿!)

 地面に押さえ付けられ、力尽くで袋に入れられる。

(馬鹿王子!)


「いやだ! いや!」

 王子の叫び声が聞こえた。

「はなして!」


「顔に傷を付けるなよ!」

 さっきから指示を出しているのは、おそらくこの小汚い人攫い集団のリーダーだろう。

「市場に出せば五十は下らないが、マンバーなら倍は出すはずだ。この年くらいの綺麗なガキを責め殺すのが好きだからな」


(責め殺す……?!)

 ぞっとするほどの嫌悪感が、腹の底からわいてくる。


 こんなつもりじゃなかった。

 かび臭い穀物袋の中で、引き摺られながら、私は自分に言い訳していた。


(王子は、大して苦痛もなく、一瞬で暗殺されるはずだった。設定上はもう死んでいる命だから、遅いか早いかだけの問題だと思ったの。……酷い目に遭わせるつもりは、なかった)

 ゲームシステムの自浄作用なのだから、必ず計画は成功する、という思い込みもあった。


(失敗したのね、私……)


 抱え上げられた後で、乱暴に、袋ごと投げ捨てられる。

 堅い板に身体を打ち付けられ、痛みに耐えながら外の様子に耳を澄ませていると、馬の嘶きが聞こえた。

 荷馬車の中らしい。


(私が何とかしなきゃ。私のせいだから。私が……)

 この絶望感は、どこから来るのだろう?

(やってしまった事の責任を、取らないと)


 私は、取り返しの付かない事をやらかしたのだと、自覚し始めていた。

 両親や、兄、姉達に知られた時の、彼らの厳しい眼差しを想像して、死にたくなる。


(死ぬなんて、後でもできるわ、アメリア)

 アラサーである中の人の私にとって、この絶望感は、初めての経験ではなかった。

 仕事でとんでもない失敗をした時、消えてなくなりたいとよく思ったものだ。でも、私が消えても、問題は解決しないし、失敗した事実はなくならない。

(今は、少しでも挽回する事を考えるのよ)


 幸い、袋を被せられただけで、所持品は奪われてはいない。

 私のような女の子が、武器や危険物を隠し持っているとは思わなかったようだ。

 身体を動かして、穀物袋を確認してみる。

 頭から被せられた袋は、足の下辺りできつく結わえられていた。


「大人しくしてろ!」

 見張りがいるらしく、外から足蹴にされた。

 ちょうどスネの位置だった。

 しばらく身体を丸めて耐える。


(痛がっている場合じゃない。音を聞いて、少しでも情報をかき集めるの)


「投げるなよ! そっと置け! 百万の陶器だと思え!」

 さっきの指示役の声が聞こえてきた。

 同時に、私の隣に、何かが置かれた。

 王子の身体が、そこにあるのだとわかった。が、動く気配がなかった。気絶しているのか、眠らされたのか。

 指示役の台詞を聞いた限りでは、今のところ酷い扱いは受けていないはずだ。


 荷馬車が動き出した音がして、荷台が揺れ始めた。




 荷馬車は、私の知っている馬車と違って、ひどく揺れた。

 たいして走らないうちに方向を変え、更に揺れがひどくなる。

 整備の行き届かない道に入ったようだ。

 夕暮れを迎え、高かった気温が徐々に下がり始めた。


 鳥の鳴き声の種類が多い。

 森にいるのだとわかる。

 袋の中はカビの臭気が酷くて、わかりにくいが、森の湿気た匂いがする。


(拘束さえ解ければ、マクシミリアン王子なら木を伝って、逃げ切れるはず)

 彼が、猿みたいに木登りが得意で良かった。

 何度も、ベルトに手をやってナイフの感触を確かめる。


 やがて、荷馬車が止まった。

 走った距離から考えて、今居るのは、王都からそれほど遠くない森の中だ。


「ボスはマンバーのところへ向かったのか?」

 男が誰かと会話をしながら、私の入った袋を抱え上げる。


「そうみたいだな。いつもの部屋に入れておけってさ」

 もう一人の男はおそらく、マクシミリアン王子を抱えているのだろう。

 いつもの部屋、という事は、彼らはこうやって何度も、子どもを攫っているのか。


「今日中に売り飛ばして、金を手に入れる気かな」

「多分な」

「百万って、そんなにすぐに用意できるもんなのか」

「お貴族様だからな、できるんだろ」

「マンバー伯爵様?」

「偽名じゃね?」


 ドアの開く音がした。

 むっとした空気に包まれる。

「うわ、暑い」

「こいつらを放り込んだら、窓を開けなきゃ」


 無造作に抱えられ、手足を時々、壁やドアにぶつけられるが、私は気を失ったふりをして耐えていた。

「そっちの子どもはぶつけるなよ。百万の陶器だからな」

 と、私を抱えた男が笑う。

「その子だって売り物だろう。もう少し丁寧に扱え」

 私にも一応、商品価値はあるらしい。


 屋内で歩いた距離から考えて、山小屋のような小さな建物ではなさそうだ。

 音の響き方からも、もう少し大きくて頑丈な、別荘か何かだと思えた。

 再び放り投げられた私は、動かずに横たわったままで、ドアが閉じられ、鍵がかけられる音を聞いた。

 男達の気配が遠ざかるまで、じっと耳を澄まして待つ。


 数分後、彼らが戻って来ないと確信した私は、ナイフで麻の穀物袋を切り裂いて、外に出た。


 薄暗い物置のような狭い一室に、私はいた。

 天井近い位置に、窓がある。

 半地下の部屋のようで、空気がひんやりしていて、湿っぽい。


 かび臭さが、鼻についた。

 穀物袋に染みついていた臭いは、これだったようだ。

 部屋の隅には、空の木箱と袋が積み上げてある。


 外から横向きに差し込む赤い陽は随分と暗く、床にまで届いてこない。

 窓は、長期間開け放たれていたらしい。

 石を敷き詰めた床に、吹き込んだ砂と虫の遺骸がたくさん落ちていた。


 私の隣に置かれた穀物袋が、啜り泣き始めた。











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