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4:裸の王子様

 この世界を破滅に追いやる元凶かもしれない、マクシミリアン第一王子。

 彼と顔を合わせる機会は、意外に早く訪れた。


 ザイオンが我が家に来てから間もなく、叔母のアドレイドが、国王の側妃となった。

 アドレイドは父の末の妹で、セントロニオ公爵家の四女だ。

 父とは十ほど歳が離れていて、確か二十代後半。茶色の髪とグレーの瞳、小さめの目鼻と口は、父や私と同系統の地味顔だった。


 どれだけ感染力が強いの地味顔。


 昔、婚約者に浮気されて婚約を破棄して以来、公爵家に引き籠もっていた叔母は、側妃なら外交や公式行事には関わらなくても良いでしょう、ということでこの政略結婚に合意した。ずっとずっと引き籠もって、刺繍をしたり、本を読んだりしていたいらしい。


 公爵である父が仲立ちをしたので、我が家は総出で、お嫁入りに同行した。

 王妃の手前、派手な式などは無かったけれど、セントロニオ公爵家と我がカラドカス公爵家、それから国王陛下と王太后陛下とで、簡単な食事会が開かれた。


 国王陛下は、お父様と同年代らしい。銀髪の髪に、紫紺の瞳、整った顔から、今はなんだかやつれているけれど、昔は王子様然としていただろうと想像できる。その視線が時々、ザイオンにじっと向けられた。


 ザイオンは、その視線に気づかないふりをしている。

 確か設定では、国王はザイオンの母親を北の離宮に囲っていて、死ぬまで出さなかったはず。ザイオンを見れば、どれだけの美女だったかがわかる。父子の確執は母親への扱いが理由だと思われるが、私はゲームのプロローグはいつも最初の一度だけ観て飛ばす派だったので、よく覚えていない。


 食事会は、偉い人が多くてとても緊張した。

 食後は王宮の庭で軽めのガーデンパーティが催され、わりと気軽な雰囲気で、デザートを食べながらお茶を飲んだ。

 大人達に提供されたのはアルコールで、酔っ払った親戚のおじさん達が少し騒がしくなるのは、前世も今世も同じだ。


 一番上の姉、ノーマは、種類の多いデザートを一つ一つ試して回っている。その様は、花弁をつついて飛び回るハチドリに似ていた。


 お父様、お母様と、二番目の姉は、国王陛下と並んで座っているアドレイド叔母のところだ。叔母と二番目の姉エロイーズは、趣味が似ているので仲が良い。本の貸し借りも頻繁だった。


 ドミリオお兄様は、従兄弟と一緒にいる。一緒に貴族学園を卒業した同級生でもあり、最近では登城する時も一緒だ。ニヤけながら二人でこそこそと話している内容は、お上品な内容ではなさそう。


 私はなぜか、緑に囲まれた東屋で、ザイオンと一緒にいた。

 東屋には、蔓を模した装飾のついたガーデンテーブルがあり、その上には、小分けされたデザートの載った皿があった。


「お兄さまは、国王陛下にご挨拶されましたの?」

「したよ」

 ザイオンは、リンゴパイを囓りながら言う。少しふてくされて見えるのは、時々向けられる国王の視線が不快だからだろう。

 それで、私のいる東屋に避難してきたのだ。


 王城の庭は緑豊かで、多くのバラが咲き乱れていたが、特に東屋を覆うようなデコレーションが、絵画の額縁のようで見応えがある。

 ただ、そのせいで東屋は、少し見通しが悪い。


「私達の後ろに立っていただけではないですか。あれでは、ご挨拶したとは言えませんね」

「代表で、公爵が挨拶をしていたじゃないか」

「お兄さまは、公爵家の籍に入ったのですから、公爵ではなくお父様と呼んでくださらないと」

「君、本当に十歳なの?」

 冗談で言ったのだとわかっていても、私の頬は引き攣る。


「お父様か……」

 もの凄く意地の悪い笑みが、ザイオンの口元に浮かんだ。

「いいな。とてもいい。俺にはずっと、父親なんかいなかったから」


「その座り方、何とかしてください、お兄さま。貴族らしくありませんわ」

 ザイオンは、テーブルと同じ装飾のガーディアンチェアに横向きに座って、背もたれに半分抱き付いていた。

「うーん、よし」

 そう言って、ザイオンは立ち上がった。

「いい事を思いついた」


 彼が向かった先は、国王陛下とお父様のところだった。

 少し離れているが、ある程度声は聞こえてくる。

「お父様」

 と、ザイオンは、ニコニコしながら私の父である公爵に向かって呼びかけていた。

 実の父親の目前で。


「我が家の東屋も、あのように緑で覆ってみてはいかがでしょうか。ほら、我が妹アメリアが、立体の絵画に入ったように見えてとてもかわいい」

 そう言ってザイオンは、私の方を指さす。


 ザイオンの実の父親である国王は、今にも死にそうな暗い顔をしていた。

 お前など父親ではないと、ザイオンはにこやかに宣言しているのだ。

 その片棒を担ぐ事になった私のお父様は、困り果て、あーとか、うーとか唸っている。


「まあ。お兄様ったら」

 私は、彼らから見えないところまで身を引く。

 ゲームのザイオンとは違うけれど、やっぱり彼は彼だな、と思う。

 拒否一辺倒で冷たいだけの、ゲームのザイオンよりも、今のザイオンの方が人間らしくて、案外好きになれそう──。


「お前なんかキライだ!」

 唐突に背後から声が聞こえて、私は振り返る。


 知らない子どもがいた。

 私より少しだけ年上の、男の子だ。

 アッシュブロンドの髪に、紫紺の瞳は、国王によく似ていた。

 

 その男の子はなぜか上半身裸で、目にいっぱい涙をためて、私を睨み付けている。

「死んじゃえ、ブス」


「なんですって?!」

 突然の罵倒に、私は思わず感情的になる。

 中身はアラサー女だが、身体は十歳の少女。記憶は大人でも、情緒面は未発達だった。

「いきなりなんなの? どうして裸なの? 変態? 人のことをブスとか言う前に、服をちゃんと着るべきね。そのままじゃ貴方、人類としても失格よ!」


「キライ! お前はキライだ!」

 その子は、手に持った何かを私に投げてきた。

 石か、と一瞬身構えたが、頭に当たったそれは、ぐしゃりと割れた。


 割れた殻の中から、ドロリとした液体と、半分できあがった鳥の胎児が流れ出し、私の髪を伝って流れた。


 悲鳴を上げてしゃがみ込んだ私のところへ、一番に駆けつけたのがザイオンだった。

「アメリア!」

 ザイオンは、私を庇うように立った。

 泣き声のような、男の子の声が聞こえた。

「兄上……」


「二度と俺をそう呼んだら」

 低く、くぐもったザイオンの声は、私とその子にしか聞こえなかった。

「お前を置いて、一人で遠い国に行くと言ったはずだ」


 お父様とお母様も駆けつけてきて、泣いている私の状態を確認すると、侍女に拭く物を持ってくるよう言いつけた。下に落ちた卵の殻と中身は、見えないところに隠されて、片付けられる。

 ザイオンは、男の子を引きずってどこかへ行ってしまっていた。


 お父様はその様子と、卵の残骸を見たはずだが、他の人達には、娘に鳥の糞が落ちたようだと説明していた。屋根がついているのに、そんなわけないでしょう?


 私はお母様の膝に抱かれて、涙にくれた。

 中身はアラサー女でも、身体は十歳の少女。

 精神は身体に宿る、という事を知った。


「あらあら」

 お母様が、綺麗に拭いた私の髪を撫でてくれた。

「赤ちゃんになってしまったわねえ」

 それほどに、初めて見た卵の中身が、私には衝撃的だった。アラサーだった頃の私が見ても、平気ではなかっただろう。




 あの容姿と、王宮の庭にいた事と、ザイオンとのやりとりから、男の子は『マクシミリアン第一王子』に違いなかった。


 彼は、ザイオンを『兄上』と呼んで、ザイオンは、その事を叱りつけた。

 当然だろう。ザイオンが、国王陛下の子どもだとばれたら困るのだ。マクシミリアン『第一王子』に、兄がいるはずがない。


 ……なんで困るんだったかしら?

 側妃を迎えたことだし、ザイオンの事も、庶子だと発表すれば済むはずなのに。

 よく思い出せない。


(こんな事なら、もう二、三回はプロローグを見ておくべきだったわ)


 早くアクションに移りたくて、私は毎回、プロローグはスキップした。

 黒幕の魔術師が、くっくっくっくと笑いながら、二作目のヒロインが生んだ赤ん坊をさらって、他国へ売り飛ばすシーンが始まると、コントローラーのスタートボタンを押しまくった。

 SSS評価がつくまで、何十回も繰り返したので、あの『くっくっくっく』が耳にこびりついている。


 それよりも私がひっかかったのは、ザイオンがマクシミリアン王子に言った台詞だ。


『お前を置いて、一人で遠い国に行く』


 この台詞からわかる事は、二つ。


 マクシミリアン第一王子は、ザイオンに置いていかれたくない。その事をザイオンは知っているから、脅しとして使っている。エピローグの道筋から外れた二人の関係は、思ったよりも親密なようだ。


 それから、遠い国へ行く話が、これまでにも二人の間で会話されていたのではないか、という事。これは、ゲームの舞台となる、カプリシオハンターズ共和国行きのフラグは立っているという事かしら。それなら、少しは安心できる。

 焦って、あの王子を排除することはないかも知れない。


 人を一人殺すのは、まだ十歳の公爵令嬢である私には難しい。

 証拠を残さないよう、うまくやらなければ、公爵家の立場も危うくなる。幸いこの世界は中世ヨーロッパに近いから、指紋や血液型なんていう科学捜査技術はないが、殺さずに済むのならそうしたい。


(一方的に罵倒してきた事は、許せそうにないけれど)


 卵をぶつけられた事は、見通しの悪い東屋で、目撃した人がほとんどいなかったので、私が鳥の糞を引っかけられてびっくりした、という話で確定してしまった。


 私一人泥を被ってませんかねこれ。

 あれから私は、茹で卵が食べられなくなった。


 うん、やっぱり、許せない。

 殺してしまった方がいいんじゃないかしら。

 向こうだって私に、死んじゃえって言ったんだもの。


(そうだわ──!)

 身体は十歳の少女だが、中身はアラサー女の私。

 裸で城内を徘徊するような王子なら、比較的安全かつ簡単に、排除できる方法があることに、気づいた。











⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

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