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3:カラドカス公爵家

(どうしたらいいの?)

 私が静かに絶望と戦っている間、隣にいる二番目の姉が訊ねている。

「ザイオンお兄様は、おいくつですの?」


「十七だよ」

 と、ザイオンが答えた。


 歳の順にテーブルに着いた私達三姉妹の前に、公爵夫人であるお母様、お兄様、ザイオンという順で座っているので、ザイオンは私の真ん前にいる。

 お父様は、お母様の斜め前、テーブルの上座だ


 この和やかな会話もあり得ない。

 ザイオンは『誰にも心を開かない孤高の冷徹王子様』という設定なので、「お前に答える義務はない」「それがお前と何か関係あるのか?」「さあな」という類いの台詞、あるいは完全無視という塩対応が、デフォルトなのだ。


(ゲームのザイオンよりも、若いからなの?)


「ドミリオお兄様が十八ですから、ザイオンお兄様が弟になりますわね」

 二番目の姉、エロイーズは、小柄で地味顔の兄と、真逆のザイオンを交互に見て、ニコニコした。いつもは控えめな姉にしては、よく喋っている。ザイオンを気に入ったということなのか。


「弟か」

 ドミリオお兄様は、まんざらでもない様子。

「兄として私が、教え導いてあげよう」

 いつも私達三姉妹に押され気味だったから、男性陣の味方が増えたとでも思っているのだろう。


「それは心強いですね」

 ザイオンは、完璧な笑みを返したが、元々の性格を知っている私は、それが逆の意味を持つのでは無いかと勘ぐってしまう。



「私はお兄様なんて呼ばないわよ」

 一番上の姉は、甲高い声でそういう。

「卑しい生まれの者が、この私の兄弟だなんて、私は認めない」

 どうやら、一番上の姉の中ではまだ、父の庶子だという考えが生きているらしい。


「君は十三歳だと聞いたけれど」

 ザイオンは、怒るどころか、感心したように言う。

「難しい言葉を知っているんだな」


 姉が、むっとした顔になる。

「馬鹿にしてるの?」


「まさか。俺の知っている十三歳は、君のように流暢には喋れないんだ。君は、本をたくさん読むの? 友達はいる? 本を読むのと、友達と喋るのとでは、どちらが言葉を多く覚えられるのかな」


 ザイオンの表情は真剣で、一番上の姉を皮肉っているのか、それとも本気でそう言っているのか、私にはわからない。友達がたくさんいるとは言えない姉は、揶揄われていると思ったのだろう、怒りで顔色を変えた。

 どちらにしろ、会話が成り立っている時点で、ゲームのザイオンとは異なる。


「ノーマ。貴族としての礼節を忘れぬようにしなさい」云々と、父の説教代わりの長い講釈が始まった。

 公爵の講釈。


 転生してまで何言ってんの私。

 それにしても、今日まで全く気づかなかったけれど、私達日本語で喋ってる。

 ゲームが日本製で、日本語で書かれているからなのね。


「ザイオンは、我が家で貴族としての礼節と知識を身につけた後、マクシミリアン第一王子の側近として務めると言っただろう。ノーマ、お前が彼を認める認めないの話ではないのだ」


 マクシミリアン第一王子?


 第一王子は、設定上、死んでいたのではなかったかしら。

 プロローグのCG動画で、小さな子どもが寒い冬、火のついていない暖炉の前で死んじゃうシーンがあった。言葉を喋れないはずの子が、最期に『かあさま……』と小さく呟いて、ホロリときた事を覚えている。

 その『かあさま』、つまり王妃が、喋れないマクシミリアン第一王子に失望して、死に追いやったんだけれどね。


(どうして生きてるの……?)


 第一王子が生きているという事は、将来第二王子が廃嫡され、ザイオンが王子として表舞台に出るストーリーが成り立たない。

 つまり、ザイオンが王子としてカプリシオハンターズ共和国に留学し、ゲームスタートとなる展開の、障害になる。




「ザイオンお兄様、先ほどのお話ですが」

 公爵の長い講釈が途切れ、私はどうにか発言することができた。

 食事もほぼ終盤、デザートが皆の前に並んでいる。


 とっくに終わった話題だったので、父も兄姉達も、何の話だという顔をした。

「喋るための言葉の獲得の方法としては、本を読むよりは、お友達とお話しする方が、より良いのではないかと、私は思います」

 マクシミリアン第一王子は、喋れなくて王妃に疎まれたのだから、さっきザイオンが言った十三歳の子というのは、彼のことに違いない。


「どうしてそう思うの?」

 4DXザイオンはやっぱり、ゲームの『ザイオン』とは違って、会話を拒まない。口元に浮かんだ笑みにも、新しい家族に気を遣っている様子がうかがえた。そんな気配りも、ザイオンらしくない。


 この差違の元凶を、私は知らなくては。


「たとえば、このスプーンを例に、お話させていただきます」

 私は、プディングに添えられたスプーンを手に持って見せる。


「小さな子どもに、これはスプーンよ、と家族が言うと、子どもは、これが何かと考える過程を飛ばして、スプーンという言葉を覚えます。でも、本を読んでスプーンだと覚えた場合は、『スプーン』という言葉は、すぐには出てきません。この形を見て、これは何かと考えてから、本から得た知識を引っ張り出してくるので、少し時間がかかります。それだと、なかなか会話で使うまでには至らないのではないかと思うのです」

 前世で、中学生程度の英語を喋れなかった私の実体験だ。


「もちろんこれは、会話をする、という点を重視した考え方になります。学問として言葉を使用する場合は、本から幅広く獲得する方が効率が良いでしょう」

 受験英語の場合は、いちいち会話して学んでいては間に合わない。

「つまり、言葉を覚える目的に合わせて、方法を変える必要があります」


「凄いな。十歳とは思えない」

 ザイオンが感心したように言うが、何か馬鹿にされているように聞こえる。一番上の姉の気持ちが少しわかった。


「確かに、アメリアの言う通りかもしれない」

 お父様が頷いた。

「焦らずとも、これからは大勢の人と接することになるので、殿下も今後成長なさることだろう」


「殿下、と言いますと、お父様」

 私は驚いた顔をしてみせた。

「さきほどおっしゃっていた、マクシミリアン第一王子殿下のことですの?」


 ちょっとわざとらしかったかも知れない。

 ザイオンが、笑みを消した。

 これこそゲームでよく見たザイオンの、氷のように冷たい表情だわ、と私の中の人がうるさい。

 テーブルを挟んでザイオンの探るような視線と対峙している私は、肝がひんやりと冷えている。


「マクシミリアン王子は、すこしおっとりした方でな。先日思いも寄らぬ怪我をされたため、国王陛下が、護衛騎士を付け、側近を増やす対策を採られた。ザイオンも、その一人になる」

 お父様の説明に、少し顔色を悪くしたのが、公爵夫人──私のお母様だ。

「でも、貴方。私達公爵家は、王位継承権をお持ちの方々とは、ほどよい距離感でお付き合いしましょう、というお話だったのではありませんか」


 権力とは近過ぎず遠過ぎずの安全圏で、平穏に暮らしてきた公爵家が、危険地帯へ足を踏み入れようとしている事に、お母様は気づいたらしい。

「なかなかそうもいかないのだ」

 公爵は難しい顔をする。


「殿下のお怪我は、大丈夫なのですか?」

 私は無邪気な顔をして訊いた。

 怪我をしたタイミングで護衛騎士を付けた、ということは、誰かに狙われたに違いない。対抗馬の第二王子派貴族か、王妃が手配した刺客だろう。


 あるいは、ゲームシステムの自浄作用か。

 第一王子が生きているとゲームがスタートしないので、この世界そのものが、彼の存在を排除する方向へ動いているのかも知れない。

 私が前世の記憶を持って転生してきた事も、彼を殺すために世界が呼び寄せたのだ、と考えることだってできる。


 そんな私の考えを読みとろうとするかのように、ザイオンの視線は私に向けられたままだ。


 私は、いたいけな十歳の少女、アメリア・カラドカス。

 おけがをされた王子様のことを、心から心配しているだけです。

「私も、この間転んだ時には、とても痛かったのですよ」


「もちろん、殿下は大丈夫だ。もうほとんど回復しておられる。お元気過ぎて困るほどだと、護衛に当たっている騎士が言っていたよ」

 娘の言い分を一ミリも疑わない公爵が、厳格な表情をやや緩ませて言った。


「じゃあ、もう痛くないのですね。安心しました」

 私は十歳の仮面を被ったまま、プディングに夢中なふりをして、食べる。


 マクシミリアン第一王子の話をしている時、ザイオンの雰囲気が明らかに変わった。

 これは、王子の生存が、王位継承権問題だけでなく、ザイオン自身にも影響を与えているという事ではないだろうか──。


 まだ圧倒的に、判断するための材料が足りない。

 当面は情報収集に徹しよう。

 状況を把握してから、この世界を救うための対策を講じなくては。


 第一王子を亡き者にするかどうか決めるのは、それからでも遅くは無い。











⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

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