番外編:バッドエンド
長い戦いは、敗北に終わった。
辛うじて生き残ったアメリアとザイオン、マクシミリアンは、瓦礫だらけの大地に立っている。
仲間達の殆どは、強大な魔王の力になすすべもなく倒れ、今は瓦礫と共にある。
エルフ族、人族、獣人族、竜人族と、特徴がわかる者はまだましだ。
炭化して、四肢が砕け落ちてしまった遺体もある。
召喚獣は主を守ろうと死力を尽くしたが、立ったまま息絶えてしまった。
更には、時折魔王の放つ黒い炎が、瓦礫や遺体を襲う。
装飾品も、身体も鎧も、防護用に刻まれた魔法陣も全てが、その炎に触れると消えてしまう。質量を吸い取り、魔王の消費するエネルギーに変換されているのだ。
とっさにザイオンを突き飛ばして、召喚獣の亡骸越しに襲ってきた炎から救ったのは、マクシミリアンだった。
「マクシー!」
悲痛な声が呼んだ。
鎧に刻まれた防御用の魔法陣が、ほんの一瞬だけ、炎に抵抗した。
マクシミリアンは炎の中で、微笑んで見せた。
あにうえ。
そう言葉を形作った口元が見えた気がした。
それきり、彼の身体は塵の一つさえ残さずに、蒸発した。
アメリアはザイオンの方を振り向く事ができなかった。
彼を、彼らをここまで連れて来たのは、彼女だ。
全てお前の責任だと、責められる事が怖かった。
「……嘘だ」
現実を受け止めまいとする、ザイオンの呟き声が聞こえる。
「……こんなの。夢だ。嘘だ。……夢だよな?」
瓦礫の上に膝を突く音がした。
「嫌だ。こんな……こんなの。酷すぎる……マクシーが?」
ザイオンが、壊れていく。
力任せに、何度も地面を叩く。
「あああ。なんでだ! 酷すぎる。……マクシー! マクシー! 嘘だ! こんなの嘘だ! 酷すぎる!」
弟の名を呼びながら慟哭するザイオンに、アメリアは声を掛ける事ができない。
(貴方が主人公だから、責任を果たせと? 泣いている暇があるのなら、できる事をやれと? 私には無理……無理だわ!)
黒い炎は止んだが、振り仰いだ空には、無数の亀裂が走っていた。
裂けた空の向こうに見えるのは、漆黒の闇と、銀色に光る真円。
その正体は、恒星の遺骸だ。
強力な磁場とエネルギーを持ち、この距離で実体化すれば、大陸はおろか、惑星ごとバラバラに引き裂かれてしまうだろう。
強い風が巻き起こり、立っていることが難しくなり始めていた。
⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈
猛烈な勢いでベッドの上に飛び起きたアメリアは、寒い時期なのに汗をかいていた。
熱でもあるかのように、身体が小刻みに震えて、涙が止まらない。
(バッドエンドが変わった……?)
違う。
あれは、ただの夢だ。
ゲーム本来のバッドエンドでは、皆が死んで、生き残ったザイオンとヒロインが時を巻き戻す魔法を使う。
巻き戻った世界でもう一度やり直し、ハッピーエンドにたどり着く。『誰にも心を開かない孤高の冷徹王子様ザイオン』は今この世界に生きているザイオンとは違って、ヒロインに心を許し、ゲームキャラクターらしい台詞を吐き、冷静に魔法を使いこなしていた。
(魔王が復活してバッドエンドを迎えるのは、ハードモードだった。私はいつも、ハードモードをプレイしていたけれど、この世界はゲームじゃない。マクシミリアン王子は生きているし、ザイオンのキャラは違うし、ハードモードを選ぶプレイヤーが存在しないもの。ザイオンと闇の魔術師が接触し、魔術師が打ち倒された時点で魔王復活の魔法は途切れるから、ハードモードにはなり得ない。さっきのは、ただの夢)
アメリアは、生々しい夢を必死で否定した。
(この世界はいずれ、デフォルトのカジュアルモード用エンディングを迎えるはず。カジュアルモードは一度だけプレイした事がある。確か闇の魔術師が、お前の母親を拉致したのは私だと憎しみを煽ったせいで、ザイオンは彼をドラゴンの炎で焼き尽くして、エンドロールを迎える。母親関連はザイオンの地雷だから、この世界のザイオンもきっとそうする。魔王をこの世界に呼び込む魔法陣は魔術師の体内に刻まれているので、骨まで焼き尽くさないといけないんだけれど……ザイオンは、ドラゴンを召喚したわよね? 共和国に亡命して何年も経つし、攻撃魔法も召喚魔法も、とっくに覚えた事でしょう)
アメリアは不安を押し殺す。
(私はただのモブ令嬢。世界の何かを変える事なんてできない。せいぜい、ヒントを一つ二つ出すぐらいが、ちょうどいい。一度失敗して懲りたもの)
近いうちにアメリアは、ザイオンの居る大陸に行く事になっていた。
だが、彼に会いに行くのではない。
ルグウィン公爵家令嬢の様子を見に行くのだ。
居場所がはっきりしている訳ではなかったが、彼女を探しに行った第二王子が拘束された街に行けば、何かわかるだろう。
第二王子とその側近達は、『友好を深める』ために訪れた共和国で傷害事件を起こしたため、現地の法律で裁かれるという通告があった。表向きアメリアは、事実関係を調査する官僚に同行して、結果を記録する役目を担う。
(アレクサンドラに会って、謝罪して、経済的に困っていたら援助して、帰って来たがっていたら、カラドカス公爵家で身元を引き受ける話をしよう)
大陸は広い。
正確な面積は知らないが、モスタ王国の何倍もあるはずだ。
偶然ザイオン達に出くわす事など無いと、アメリアは思っていた。
⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈
その後の話は、本編【スローライフの終わり】に続きます。