エピローグ:モブ令嬢はお邪魔な王子を排除する
カラドカス公爵家では、平穏ですが、以前とは微妙に違う日常が過ぎていきます。
一番上の姉ノーマは、それまでの享楽的な生活を一変させ、取り憑かれたように勉学に励んでいます。それはそれで、良いのかもしれません。
ドミリオお兄様は、気の強い婚約者と揉めている様子。婚約者の令嬢は、男友達と遊び歩いているという噂も流れているため、いずれは破談になるでしょう。
お父様は騎士団の第二師団団長について、不正行為、部下への理不尽な扱い及び素行の悪さを調べ上げ、その地位から追い落としました。温厚なお父様の、新たな一面を見た思いがいたします。
お母様は、これまで以上にお茶会へと出かけるようになりました。第二王子派閥に対抗するための情報集めと人脈作りに忙しいようです。
私、アメリア・カラドカスは、これからは公爵令嬢としての人生を、精一杯生きればいいのだと思っていました。
その年の冬のある日。
王城から帰ってきたエロイーズお姉様は、とても浮かれた様子でした。いつもなら、叔母様に借りた本を大切に持ち、さっさと自室に籠もって読み始めるのですが、今日は様子が違います。
居間の暖炉前でウロウロしながら、エロイーズお姉様は家族の様子を窺っていました。
どうやら、何か言いたい事があって、そのタイミングを計っているらしいのですが、お母様は年明けの新年パーティーに着ていく服について、侍女長と打ち合わせており、ノーマお姉様は自分の新しいドレスについての要望をその会話に割り込ませようと、頑張っていました。
お父様とお兄様はまだお仕事から帰ってきてはいませんので、エロイーズお姉様の話し相手は必然的に、私となりました。
「まだ内緒なのだけれど」
私の居るソファまでやって来て、隣に座ったエロイーズお姉様は、声を潜めて言いました。
「叔母様が子どもを授かったの」
「それは、つまり」
内心の衝撃を、必死で隠そうとしながら、私は確認します。
「王子様か、王女様が、お生まれになるという事ですね?」
「ええ」
エロイーズお姉様は、幸せそうに微笑みました。
「私達にとっては、いとこに当たりますわね。今からとても楽しみ!」
「お姉様」
私はエロイーズお姉様の手を取って、そっと囁きます。
「その話は、絶対に内緒にしておいてくださいね。この夏、私はマクシミリアン第一王子殿下を付け狙う四人の殺し屋に、殺されそうになりました。王位継承者は、命を狙われる危険があるのです」
エロイーズお姉様は目を見開き、それまで纏っていた幸せそうな色は、次第に不安一色になっていきました。
「そう……そうでしたわ。まあ。どうしましょう。私、ただ嬉しくて、……何も考えていなかったわ」
「誰かにお話しする時は、周囲に誰もいない事をよく確かめてください。それから、強い人をたくさん雇って、殺し屋が来ても叔母様を守れるように、お父様にお願いしていただけますか? 毒殺にも対処できるように、詳しい人を付けた方がいいです」
握り返してきたお姉様の手は、心の中の動揺を表すように、少し震えていました。
「ええ……ええ、もちろん。私……」
やがてお姉様の目に、強い意志が宿り始めました。
「私、お父様にお願いしてみる。叔母様を、絶対に守ってみせるわ! このお屋敷の警護も、念には念を入れて、確認しておかなくてはなりませんね」
毅然とした足取りで居間を出るお姉様を見送りながら、私は、叫びたくなるのをこらえていました。
(披露宴パーティではやつれた雰囲気を醸し出していたくせに、あのエロ国王! 不幸な子どもを量産してんじゃないわよ!)
私には想像もつかないようなラブ展開があったのか、それともただ流されたのかはわからないけれど、できてしまったものは仕方がない。
新たな王位継承者の誕生が、私達の未来に影を落とすのは確実だった。
私は、安穏と公爵令嬢としての日常を送っている場合ではない事を悟った。
モスタ王国では、王女でも王配を得て女王となり、国を治めた前例があるから、叔母の子どもの性別がどちらであろうと、第二王子派閥の勢力にとっては脅威と見なされてしまう。
マクシミリアン第一王子が、王太子としてモスタ王国にとどまり続ける間はまだいいが、彼がザイオンと共にカプリシオハンターズ共和国へ亡命した後、王宮の勢力図は大きく変わるだろう。
第一王子がいなくなる事で、第二王子派は波に乗り、勢力を伸ばすに違いない。第一王子派だった対抗派閥と、カラドカス公爵家は、叔母とその子どもの後ろ盾になる可能性が高い。
カラドカス公爵家は叔母と関係が近い分、熾烈な権力争いに巻き込まれざるを得ない。お人好しのお父様が、その争いを無事に生き残れるかどうかは、大いに疑問だ。
今のところ、マクシミリアン王子とザイオンの亡命予定を知っているのは私だけ。未来の王宮勢力図を予測して対抗措置を用意できるのも、私だけだ。
ゲームではどうだっただろうか。
マクシミリアン第一王子は幼い頃に亡くなっていて、第二王子は男爵令嬢との真実の愛に目覚めて廃嫡され、他の兄弟姉妹は存在しておらず、反王妃勢力がザイオンを北の離宮から担ぎ出した。
マクシミリアン第一王子とザイオンが同時に亡命してしまうであろうこの世界では、必然的に第二王子と叔母の子どもの一騎打ちとなる。
私が出会ったあの暗殺者達のような手合いが差し向けられたとして、叔母とその子どもが、マクシミリアン王子のように躱しきれるとは思えない。
私は、お腹の下辺りにヒンヤリとしたものを感じる。
それは、恐怖だった。
マクシミリアン王子が本来は、王妃にネグレクトされて死んでいたはずだという事と、実際に差し向けられた殺意の両方を知っている私は、叔母親子と、二人を守ろうとしたお父様、連座するお兄様とカラドカス公爵家に降りかかる悲劇を、正確に予測する事ができた。
数日の間私は、その恐怖を抱えて過ごし、なんとかして逃れられないものかと考える。
第二王子を排除できれば良いが、私一人の力では、到底無理だ。
マクシミリアン王子の殺害計画を立てた時には、転生の記憶を取り戻したばかりで万能感に酔っていたとしか思えない。一人の人間を、しかも厳重に警護された王子を殺す事なんて、普通の令嬢には不可能だ。
けれども、このまま恐怖を抱えて、悲劇を待ちながら無為に過ごすなんてできなかった。
私は、マクシミリアン王子が淡々と敵を排除していった姿を思い出す。
恐怖も、悲嘆も絶望も不要だ。
ただ無心に、自分自身と家族を守ろうと、私は心に決める。
ゲーム上では、第二王子は貴族学園卒業式で、真実の愛を見つけたと婚約破棄して廃嫡になった。今から八年近く未来の話になる。
第二王子に接近した男爵令嬢の名前は思い出せないが、全ての展開が変わってしまっている今、彼女がゲーム通り貴族学園に姿を現すかどうかは、不確定要素だ。
それなら、私が確定要素としてしまえばいい。
叔母の身辺警護は、エロイーズお姉様を通じて、お父様により強固にするよう取り計らってもらったが、私自身も、自分の身は自分で守れるぐらいに、もっと強くならなくては。
あと八年。第二王子が貴族学園に入学するまでは、五年。
私は、じっくりと計画を練り始めた。
To be continued..
本編『改題】~二進法原初魔法~テンプレギャフンイベントが始まったので悪役令嬢もの?と思ったけれど魔法で怪物を倒すゲーム世界でした【バイナリ・アーキマジカ】』
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